Yahoo!ニュース

ヒーローが変身すると、それまで着ていた服はどうなるのだろう?『デビルマン』の例で考えてみた。

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

子どもの頃から不思議だったのは「人間がヒーローに変身したとき、それまで着ていた服はどうなったの?」という問題だ。

脱いだのか? 下に着ているのか? 肉体の一部になってしまったのか?

特にウルトラマンみたいに変身と同時に巨大化するヒーローは、人間サイズの服など決して着ていられないと思うのだが……。

この疑問に真正面から答えてくれた作品が、1972年に放送されたアニメ『デビルマン』であった。悪魔と合体した主人公・不動明が、人類滅亡を目論むデーモン族と戦う物語だ。

その変身シーンでは、不動明が「デッビ~ル!」と叫んで立ち上がるや、服がバリバリ~ッと破れて飛び散る!

そして瞬間的に裸になった後、身長12m、体重307kgという堂々たる体躯(たいく)のデビルマンが出現するのだ。

――人間が12mにも巨大化したら、そりゃあ服も破れるでしょう。理にかなった描写に、筆者は深々とナットクしたのだった。

だが、服というものは、そう簡単に破れるのだろうか。

またこのシーンでは、破れた服は細かい破片になって飛び散っているが、筆者はこれまでの人生で、そんな現象を見たことがない……。

そこでここでは、デビルマンが変身&巨大化するときの「服が破れて飛び散るフシギ」を考えてみたい。

◆「一瞬でバラバラ」は正しい!

不動明の変身シーンをつぶさに観察すると、全身の服は細かい破片となり、一斉に飛び散っている。

しかし通常、服のように柔らかいものは、バラバラの破片になって飛び散ることはない。そんなふうに飛散するのは、ガラスのようにモロい材質の特徴だ。

服というものは、どこか弱いところが裂けると、その裂け目が広がるように断裂していくはずだ。しかも種類や部分によって、伸び具合も強度も違うから、全体が同時にバリバリとは破れない。破れる限界に達した部位から、あっちがバリッ、こっちがビリッ……と、順を追って破れていくのではないだろうか。

そこで筆者は、Tシャツで実験してみた。

ハサミで首、袖、胸、腹のパーツに切り分け、それぞれを破れるまで引っ張って、破るのに必要な力と、破れる瞬間の長さを測定したのである。

不動明の身長を1m75cmと仮定し、彼が身長12mに巨大化するまでに1秒かかると考えた場合、Tシャツの各部位はどのように破れていくのか。

実験の結果から計算すると、変身開始後のシャツの破れ方は、次のようになる(カッコ内はそのときのデビルマンの身長)。

変身開始0.36秒後(身長4m31cm)首が破れる

変身開始0.40秒後(身長4m85cm)胸が破れる

変身開始0.44秒後(身長5m25cm)袖が破れる

変身開始0.46秒後(身長5m51cm)腹が破れる

なんといずれの部位も、身長が4m31cmから5m51cmに巨大化するあいだに破れている!

最初に首が破れてから、最後に腹が破れるまでの時間差は、わずか0.1秒だ。人間が瞬(まばた)きする時間である。

Tシャツの破断は、その短い時間で完了するわけで、これなら、普通の人間の目には「服が一瞬で飛び散った」ように見えるだろう。

デビルマンの変身は、やっぱり理にかなっているのだ!

◆変身はなかなかツライ!

などと筆者は喜んでいるが、実際に変身する不動明にとって、自分の巨大化によって服が破れるという事態は、生やさしいものではない。

上記の実験によれば、Tシャツの部位のうち、最初に破れるのは首のまわりだ。ということは、変身巨大化中の不動明は、まず首がキュ~ッと絞まる!

そして破れる瞬間に、首にかかる力は9.2t。即死はしないかもしれないが、頚動脈がキツく絞まるため、気絶してしまう可能性は充分ある。

変身の初期段階で気を失ったりしたら、デビルマンは気絶したまま登場し、敵のデーモン族にやられ放題……。これはなかなか苦しい変身だ。

経済的にも大変だろう。

Tシャツ、ズボン、ベルト、パンツ、靴下、靴。すべて買い揃えれば、1万円以上かかるのではないだろうか。変身のたびにそれらをビリビリにしていたら、週1で変身するとしても、月に4~5万円の出費になりそうだ。

不動明は高校生で美樹ちゃんの家に居候していたが、そんなお金が出せるのか……!?

さらにマズいのは、変身した現場に、証拠の品々が残ることだ。

ビリビリに破れた服の破片をそのままにして去ろうものなら、テレビ局がやってきて「この服を着ていた人を知りませんか?」などと、ヒーローの正体探しを始めるかもしれない。

正体を隠し通したければ、布切れ一片たりとも現場に残してはならない。デビルマンは、戦いが終わったら、ただちにお掃除に励むべし! 不動明に戻るとスッ裸になってしまうから、身長12mのままで……。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

こんなアヤシイ事態を避けるには、変身する前に服を脱ぐことをおススメしたい。

きちんとたたんでカバンにしまえば、まさか敵もそんな几帳面なヤツがデビルマンだとは思うまい。

お金もかからないし、正体もばれないし、何より痛い思いをせずに済む……って、なんだかどんどん『デビルマン』の世界観からズレていきますが。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

柳田理科雄の最近の記事