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ジョンソン英首相、EU離脱の大幅遅延阻止狙って解散総選挙実施へ―11月28日投票案が浮上(3/4)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

ジョンソン英首相(左)は10月17日、新離脱協定でEU(欧州連合)と合意し、ジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(右)と共同記者会見に臨んだ=英BBCテレビより
ジョンソン英首相(左)は10月17日、新離脱協定でEU(欧州連合)と合意し、ジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(右)と共同記者会見に臨んだ=英BBCテレビより

英国とEU(欧州連合)が10月17日に新離脱協定で合意するまでの動きをまとめると、ジョンソン首相は10月2日、マンチェスターで開かれた与党・保守党の大会で演説し、ここで初めて北アイルランドのバックストップ条項(EU離脱後も英領・北アイルランドにEUルールを適用させることでアイルランド共和国(EU加盟国)とのハードボーダーをなくすという解決方法)に代わる新提案を正式発表した。その後、新提案は一部内容が修正され譲歩案となり、この段階からEU執行部との集中協議を経て新離脱協定の合意に至っている。

 新協定の内容はテリーザ・メイ前首相の旧離脱協定のうち、バックストップ条項(安全策)の部分を削除し、それに代わる新しい仕組みに入れ替えたもので、旧協定に盛り込まれた390億ポンド(約5.4兆円)の手切れ金(離脱費用)やEUルールの「人の移動の自由」の撤廃による移民規制の導入、英国在住のEU市民の在留権の保証、また、離脱後の激変緩和措置として、離脱後から2020年12月まで移行期間に入ることなどは変わっていない。移行期間中、英国はこれまで通りEUの単一市場と関税同盟に残るが、その間に離脱協議の次の段階である「EUとの将来の関係(自由貿易協定)」の大枠を示した政治宣言に従って自由貿易協定の協議に入る。

 ただ、新協定では政治宣言も一部修正された。メイ前首相のディール(旧離脱協定)ではEUと経済パートナーシップを構築し、「関税率ゼロ、輸入枠の撤廃」による摩擦の無い貿易関係を目指すとしていたが、ジョンソン首相のディール(新離脱協定)では関税率ゼロ、輸入枠の撤廃の原則に基づく自由貿易協定を目指すことは変わらないが、貿易障壁などについては英国独自の貿易ルール・規制の適用を念頭に置いた上で、EUと距離を置く形となっている。また、2020年月1日までに不公平な漁業協定を見直し、新しい漁獲量を決める。現在、英国周辺海域で水揚げされた漁獲量(年間約300万トン)の約75%がEU漁船団によって占められているため、英国の漁業関係者は是正を求めているからだ。

 話は前後するが、新協定で合意する前、ジョンソン首相が最初にEUに提示した新提案に対し、ジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長らEU執行部や欧州議会、当事国のアイルランド共和国は新提案には問題点が多いとして冷ややかな対応を示していた。このため、ジョンソン首相は10月10日、アイルランド共和国(EU加盟国)のレオ・バラッカー首相との対面会談で、新提案に対する譲歩案を提示した。

 この両国首脳会談について、ブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏は10月17日の英国との合意後の記者会見で、「南北アイルランドの間に関税チェックのボーダーを設置しないことで合意したことが離脱協議の転換点となった」と述べ、これを機にEU執行部がEU加盟27カ国から全権一任を受け、ジョンソン首相の譲歩案をたたき台に協議に入ったことを明らかにした。

 もともとのジョンソン首相の新提案というのは、10月末のEU離脱を大前提とし、EU離脱後の激変緩和措置としての移行期間が終わる2021年1月以降、北アイルランド(英国領)が2025年までの4年間、EUの単一市場として残り、農業と工業製品に関するEUの単一市場ルールが適用され、欧州司法裁判所(ECJ)の管轄下に入るというものだった。この案では北アイルランドと英国はともにEUの関税同盟から離脱するため、北アイルランドとアイルランド共和国との間には関税チェックが設けられる。ただ、大半の通関手続きは国境から遠く離れた出発地と到着地のオフィス内で行われる。もしEUがそれに応じない場合、南北アイランドを往来する貿易製品に電子タグをつけ、通関手続きを電子化する。また、この案では、2025年まではイギリスと北アイルランドの間に国境が設けられることになる。このため、新提案は“2つの国境提案”と呼ばれた。

 また、2025年とそれ以降は4年ごとに、北アイルランド議会がEU単一市場に残るか、英国ルールに戻るかを選択できる。また、英国とEUは移行期間中に自由貿易協議を行い、移行期間終了後、双方で結んだ自由貿易協定に移行することを目指す。英国は2021年時点で独立した貿易政策を行使し、EU以外の世界各国と自由貿易協定を結ぶことができるようになる。また、移行期間の延長は求めないとした。

 しかし、EUはこの新提案に対し、2つの大きな問題(「二つのノーノ―」)があると主張した。一つは、グッドフライデー合意(1998年4月に英国とアイルランド共和国との間で結ばれた、英国の北アイルランド6州の領有権主張を認める和平合意)を崩す恐れがあること。もう一つは北アイルランドとアイルランド共和国との間に関税チェックを設ける、つまり、もう一つの国境を設けることはEU単一市場を危うくするという問題だった。

 このため、ジョンソン首相の譲歩案では北アイルランドだけが事実上、EU関税同盟に残り、英国がEUに代わって関税を徴収する仕組みに修正された。ただ、この結果、英国本国と北アイルランドの間に通関チェックの国境ができることになる。その代わり、北アイルランドは英国がEU以外の国と結ぶ自由貿易協定の恩恵が受けられるというものだった。

 この譲歩案はバックストップ条項に代わるものだが、もともとはメイ前首相当時に政府内で浮上していた、北アイルランドを含む英国全体が関税パートナーシップ(NCP)に入るという案をダウンサイズ化し、北アイルランドだけに適用するもの。NCPでは北アイルランドがEU関税同盟の一部として残る(部分的な残留)ことを意味し、北アイルランドからEU行きの物資にEU関税をかけ、EU単一市場のルールや規制、スタンダード(基準)を適用する。しかし、貿易品が最終的には英国かあるいはEU市場に到達するかを見極める追跡技術が不可欠で、専門家はこの技術は2023年までに完成しないとみている。(続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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