「北朝鮮に原発建設を推進」…韓国政府'削除ファイル'の実態とは
韓国の産業部が監査の過程で隠蔽したファイルの中に、北朝鮮に原発建設を推進するような内容が含まれており、韓国社会に波紋が広がっている。その背景を整理した。
●真夜中に削除したファイルの中に…
28日晩、韓国のテレビ局『SBS』が20時のメインニュースのトップで取り上げた探査報道(調査報道のことを韓国ではこう呼ぶ)ニュースが、小さくない注目を集めている。
報道の概要はこうだ。韓国政府が原発『月城1号』を早期閉鎖する際に問題がなかったのか監査院が監査する過程で、19年12月1日深夜に産業通商資源部(以下、産業部。日本の経済産業省にあたる)の公務員3人が関連ファイルを削除したかどで告訴されていたが、『SBS』がその告訴状を手に入れたというものだった。
31ページにわたる告訴状には、3人の公務員の行為の他に、削除した530に及ぶファイルの目録があったといい、同社はニュースの冒頭でこれを詳細に報じたのだった。
そしてその内容は、北朝鮮に関する17(重複を除くと13)のファイルがあり、「北韓(北朝鮮)地域での原発建設推進方案」といったものが含まれていたという衝撃的なものだった。
このニュースは今朝の時点で、同社のサイトの中で他のニュースよりも5倍以上多く読まれている。
『SBS』の該当ニュース(韓国語)。
●11年ぶりの南北対話の裏で…
『SBS』は同日、ホームページを通じ削除ファイルの目録を全て公開した。筆者が目を通したところ、北朝鮮に関するファイルの名前は以下の通りだ。
・180515_北韓地域原発建設推進方案_v1.2
・関連専門家目録-産業部要請_原子力研究院
・2018.05.02_KEDO関連業務経験者名簿
・180514_北韓地域原発建設推進方案_v1.1
・180502_エネルギー分野南北経済協力専門家_原子力
・180502_(韓国電気研究院)_履歴書_南北韓関連課題目録含
・北韓電力インフラ構築のための段階的協力課題
・北韓電力産業現況およびドイツ統合事例
・180502_エネルギー分野南北経済協力専門家_原子力
他に、2007年に統一部が発刊した『KEDO軽水炉事業支援白書』に関するものが8つあった。
この目録から読めるものはズバリ、韓国が非核化への対価として、北朝鮮地域に原発建設を推進しようと検討していた可能性があるということだ。
そして『SBS』は、このファイルが作られた時期にも注目している。日付が分かるものだけでも18年の5月2日から15日となるが、この時期は南北対話が急速に進んでいる時期だったからだ。
18年4月27日に韓国の文在寅大統領と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正恩委員長は板門店の南側施設で首脳会談を行い『板門店宣言』を発表した。これは11年ぶりに、さらに金正恩政権になって以降はじめて開かれた首脳会談として、とても意味があるものだった。
[全訳] 「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」(2018年4月27日)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180427-00084545/
中身も画期的だった。南北首脳の合意にはじめて「南と北は完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認した」という一文が含まれ、金委員長が非核化の意志を明確にしたと注目され、次のステップである米朝首脳会談(6月12日にシンガポールで実現)につながった。
●なぜ原発か
有名なNASA(米航空宇宙局)の写真に代表されるような、北朝鮮の未整備かつ老朽化した電力インフラが引き起こす電力不足については、既に世界中が知っている。
韓国の統計庁によると北朝鮮の2019年の発電量は238億kWh。前年度の249億kWhよりも落ちている上に、2008年の255億kWhにも、1990年の277億kWhにも及ばない数値だ。
北朝鮮も電力の確保を最優先の課題として認めてきた。2016年7月の第7次党大会で発表した国家経済発展5か年計画では重点産業と位置づけられていた。
さらに今年1月5日から12日にかけて行われた第8回党大会でも電力生産は「自立経済の基本動力」とされ、「経済建設を促進し人民生活を高めるための先決条件」として金正恩委員長により言及されている。
つまり、「明るい未来」のためには電力事情の改善は欠かせないということだ。北朝鮮は以前からこの難題を解決するための方案として、原発建設に興味を持ち続けている。1月の党大会でも細部の産業別目標の電力部門に「核動力工業の創設」という項目を挙げている事も意味深だ。
簡単に歴史を振り返ると、1980年代には旧ソ連に200万hKw規模の原発建設支援を要請し合意に至ったが、旧ソ連の崩壊により立ち消えになった。
また、94年の『米朝枠組み合意』により核兵器開発を放棄する対価として受け入れたKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)による軽水炉事業は、韓国や日本から多額の資金が投入されたが、結果として北朝鮮の核開発意志貫徹により2006年5月に中断となっていた。
そして韓国側も電力が北朝鮮の弱点の一つであり、これを提供することが強力な交渉力になることを過去の経験から熟知していた。
2005年から稼働を始め、2016年2月の全面中断に至るまで北朝鮮労働者5万人以上の雇用を実現した開城工業団地では、韓国側から全ての電力が供給されたが、さらに開城市全体をカバーするという北朝鮮にとっての恩恵が工団の安定運営を支えていた。同工団の閉鎖後に開城市の水道がストップしたのは有名な話だ。
また、05年7月には時の鄭東泳(チョン・ドンヨン)統一部長官が北朝鮮に対し、核兵器保有能力を放棄する場合に北朝鮮に電力200万hKwを供給する「重大提案」を行い、交渉の突破口にしようとしたことも知られている。
さらに、18年4月の南北首脳会談の際に、文大統領が金委員長と40分以上にわたり野外で単独会談を行ったが、この際にも北朝鮮の電力事情改善についての言及があったとされる。この時に文大統領は金委員長に「韓半島新経済構想」を込めたUSBメモリを渡している。
●専門家は「聞いたことがない」も待たれる公開
このような事情から、今回明らかになったファイルの「目的」についての関心が高まっている。
昨年11月に初めて「北朝鮮への原発推進疑惑」を報じた『朝鮮日報』は当時の記事で、「統一などを念頭に置いた長期的な観点から事前に検討した報告書である」という産業部関係者のコメントを紹介している。
同記事ではしかし、前述したようなファイル作成時期が南北関係改善のさ中であったことを根拠に「長期展望報告書と見るには難しい」という前職の経済関連高官の視点を示した。
専門家の見方は懐疑的だ。28日、国策シンクタンク『統一研究院』の趙漢凡(チョ・ハンボム)先任研究院は「KEDO以降に北朝鮮に原発を作るアイディアが存在したか」という筆者の質問に「聞いたことがない。(核廃棄の頓挫で)KEDOが失敗したのにそういう話が出るというのはおかしい。余りにも先に行き過ぎた話だ」と答えた。
今回、『SBS』によるとファイルを作成した産業部は取材に対し「捜査中なので答えられない」と答えたという。
その上で「南北関係の改善状況で作られた単純に検討するレベルの文書だったとしても、監査院に提出せず深夜にこっそり削除しなければならなかった理由が何か究明されるべき」と結論付けている。
専門家も聞いたことがないファイルの内容に何があったのか。韓国が南北関係改善のために用意した「ウルトラC」ではなかったのか、興味は高まる。
なお、これらのファイルは検察によりすべて復元されている。今後、その具体的な内容が明らかになるのが待たれる。