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あえて今問う、「文理融合」

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
テクノロジーがこれまで以上に社会に浸透してきている(写真:アフロ)

 日本でも、近年、AIやICTなどのテクノロジーの進展によって、大学をはじめとした教育機関などで文理融合の動きが高まっている。また、いくつかの企業などにおいても、今後のビジネス展開を踏まえて、AIやICTなどの社内教育のための試み等がはじまってきている。

 これまでは、日本では、大学などでも文系および理系の学部が明確にわかれていたり、 社会や企業内等でも文系および理系の職種シフトの変更は非常に少なかったが、上記のようなテクノロジーの進展およびそれに伴うビジネスや社会におけるその重要性や影響の高まりなどにより、 変化が生まれてきているのである。

AIなどへの関心が高まってきている
AIなどへの関心が高まってきている写真:アフロ

 日本のこのような動きに先立ち、国内外でも(日本国内でも広まりつつあるが、特に海外では急速に普及してきている)、「STEM教育」「STEAM教育」の必要性が叫ばれ、実際に学校の授業などに取り入れられてきている。

 それらの教育は、コンピューターなどを活用して自ら学び取る教育のことであるが、テクノロジーの急激な進歩で、STEMを統合的に使いこなせるスキルを有する人材の育成が需要な課題となり、90年代ごろから米国で提唱されたものである。

 なお、「STEM」は、「S:Science(科学)、T:Technology(テクノロジー)、E:Engineering(工学)、M:Mathematics(数学)」を意味する。STEM教育で育成されるのはロジック思考であり、それを飛び抜けた発想は生まれない。そこで、その限界を突破し、それを超えて、新しいものを生み出すものとして「A:Art(芸術、アート)」を加えたのが、「STEAM」である。

 これらの教育は、米国のオバマ大統領(当時)が強力に推進し、ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグら著名人も、その流れに関連する動きに賛同し、世界中に広まってきているのである。

「STEM」教育などへの注目が集まってきている
「STEM」教育などへの注目が集まってきている提供:イメージマート

 このような理系教育の重要性が高まると共に、テクノロジーやサイエンスの社会やビジネス等での役割や影響力が加速動的に増すなかにおいて、日本でも「文理融合」教育の重要性が高まってきたのである。

 しかしながら、このような「文理融合」の方向性が打ち出されてくるなかにおいて、特に日本における動きのなかでやや違和感というか、偏りを感じることがある。

 それは、日本における「文理融合」という場合、文系の学生や文系人材がAIやICTを学ぶことが必要であることばかりが強調されているように感じる。昨今のテクノロジーの進展およびその社会的影響力の急速な高まりのなかではある程度仕方ないというか、当然の面もある。しかしながら、「文理融合」の本来の意味からすると、それだけでは不十分だ。

 近年は特に、AIやICTなどに象徴されるテクノロジーが、社会生活のなかに従来のテクノロジー以上に浸透し、影響し、社会や人間生活を変化させてきている。そこにおいては、理系人材(従来の意味での理系を主に学び、その分野で社会的に活躍する人材)であっても、否、であればこそ、社会や人間について知り、考えられることが必要であり重要になってきているのである。

 その意味では、そのような理系人材も、人文系や社会科学の素養や理解力を有する必要があり、それらがない限り、自分の専門分野のテクノロジーやサイエンスを活かして、社会的に意味があったり、社会的に成功できる新しい製品やビジネスなどを生み出し、創り出していくことはできないのである。理系人材が、それらの素養などを得ることがこれまで以上に重要かつ必要になってきているのだ。

理系人材も社会について知り、理解することが重要になってきている
理系人材も社会について知り、理解することが重要になってきている写真:アフロ

 上述したように、文系人材や文系の教育機関・部門等における理系要素の充実の方向性が生まれてきている状況にある現在だからこそ、「文理融合」の本来の教育や社会の実現のためにこそ、今述べたような理系人材や理系の教育機関・部門等における文系的要素の充実の必要性を強調しておきたいところである。

 日本社会が、短期的なかつ狭隘な視野から、教育や社会・ビジネスにおいて、偏った方向に向かえば、またぞろこれからの社会で活かされない人材を作り出してしまうかもしれない。そうすると、日本は、本来進むべきであるクリエーティブでかつイノベーティブな社会の実現(近年、その要素を急速に失いつつあるのだが)はさらに不可能であるといえるだろう。「文理融合」の本来の意味に立ち返り、人材の育成をし、社会を方向付けていく必要がある。

 今の日本には、そのような偏った方向に向かいアイドリングするための余裕ある時間も、資源も、人材ももうないのである。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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