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大人の日帰りウォーキング 意外と知らない便利な交通手段は高速バス 楽で便利に移動して楽しむ歩く旅

わか子ライター
中央道 談合坂SA付近の旧甲州街道

都心の代表的なターミナル駅の1つである新宿駅。そのすぐの近くにバスタ新宿がある。日本最大のバスターミナルであるバスタ新宿は2016年に出来た比較的新しい建物であるが、ここが出来てからは高速バスに乗るのが驚くほど便利になった。バスタ新宿から出発するバスの行先は39都府県300都市。その日本最大のバスターミナルは新宿駅南口より国道20号甲州街道を挟んだ向かいの大変便利な場所にあり、数多くの路線が乗り込んでいる新宿駅なので、乗り換えにも便利としか言いようがない。
新宿駅すぐ隣にこんな大きい建物が立てられる場所があったのだろうかと疑問に思っていた。バスタ新宿が立てられている場所は、新宿駅を走っている線路とそのホームの上であり、以前はホームの上は空であった場所。その線路とホームの上に覆いかぶさるように建てられているのがバスタ新宿であり、建物の事実上の一階がJRの線路とホームという事になる。

JRの線路を高架橋で渡る甲州街道に面しているバスタ新宿(東京都新宿区)
JRの線路を高架橋で渡る甲州街道に面しているバスタ新宿(東京都新宿区)

良人と由美子夫婦は、東京新宿にあるバスタ新宿を朝7時05分出発の高速バスに乗っている。今日は山梨県上野原市の中央道談合坂SAにある野田尻バス停に向かっており、約1時間後の8時10分の到着予定である。東京から山梨県上野原市まで1時間で行けるのはかなり便利であり、電車で移動するより少し早く到着出来る。しかし、交通量が多い中央道が渋滞しないかと心配になるのは当然の話なので、渋滞しやすい時間をさけて朝早い時間のバスで出発した。

もうすぐ定年を迎える良人と由美子夫婦は、これからの趣味の1つとして街道ウォーキングを始めた。江戸時代に造られた五街道の1つである甲州街道を、江戸東京日本橋より出発して日帰りで歩き繋いで今回で6回目になる。
これまでの移動手段は電車だったが、今回は歩いている旧甲州街道の場所がJR中央本線と離れてしまっているので、高速バスを使っての移動する方が便利だと気付いた。気になっていた運賃はバスの方が若干高く、予約をする手間はかかるけれど、全席指定で必ず座れて乗り換えなしで移動できるのは価値があると思う。中央道が渋滞しなければの話でもあるけれど。

高速バス野田尻バス停(下り談合坂SA内)
高速バス野田尻バス停(下り談合坂SA内)

高速バスの野田尻バス停は中央道の談合坂SAにある。談合坂SAは東京方面から山梨方面へ向かって走ってくると初めてのサービスエリアであり、いつも賑わっている印象があると同時に、渋滞情報でも良く聞く名前である。

この日は予定通りの時間で野田尻バス停に着いた。高速バスを降りた2人は恐る恐る辺りを見回すと、下りの高速バスのバス停がある場所は談合坂SAの片隅であり、大型車用の駐車場の向こう側であった。普段、中央道を車で走る際に立ち寄ることが多い談合坂SAの中にこんな場所があったのかと改めて思ったが、高速バスが立ち寄るバス停だと考えると安全で効率の良さは申し分ないのかもしれない。バス停のすぐそばには、人が通れるだけの幅で作られている地下道があり、そこを抜ければSAの外に歩いて出られるような作りになっている。

野田尻バス停(下り)に直結している地下道への入り口
野田尻バス停(下り)に直結している地下道への入り口

甲州街道で20番目になる野田尻宿は1703年の江戸中期に出来た山間の小さな宿場である。明治時代の大火で建物は焼失しているが、旧甲州街道の両脇に建つ街並みを眺めると、当時は宿場であった雰囲気が良く分かる。

甲州街道 野田尻宿(山梨県上野原市野田尻)
甲州街道 野田尻宿(山梨県上野原市野田尻)

上野原宿の宿場を抜ける場所にとても立派なお寺がある。ゆっくり訪れたいと思うけれど、今日のお出かけウォーキングは歩きはじめたばかりなので、先へ進むことにした。中央道を橋で渡り、人が歩ける程度の道幅で未舗装の古道が残っており、当時の旅人気分を楽しんでいると、今日初めての一里塚があった。街道の脇に木柱が立てられていて、説明版はもう少し進んだ先に建てられている。

萩野の一里塚は江戸から20番目の一里塚であり、一里を3.927mで計算すると日本橋からここまでの距離は約78.kmになる。数字では結構な距離を歩き繋いできたと感じるけれど、当時の旅人では2日か3日で歩く距離であった。しかし、文明が進んだ今の世の中では時速60kmの車で走って1時間20分と計算する方が現実味はあると感じながら、自分たちは歩き繋いで6日目であることを頭から忘れようとしていた。ま、良いじゃないか。歩く旅を楽しんでいるし、運動にもなるから健康的だしね。

旧甲州街道は談合坂上りSA手前で再び高速道路を渡り、中央道の北側になる山の斜面を登る矢坪坂に向かっていく。もちろん、現在に残っている旧甲州街道が江戸時代から続いている旧街道であるが、この辺りは山腹と崖の間を道が入り込み、地形がけわしく守りに有利な場所であったと言う。江戸時代前の戦国時代、甲斐国の武田氏と相模国の北条氏が対立していたこともあり、1530年この矢坪坂で甲斐国の軍勢が相模国の北条氏を迎え撃つ激戦が展開されて甲斐国の軍勢が敗れている。説明版には、付近では時々矢じりが掘り出されることがあったと書かれている。
「矢じりで戦う…か」
当時の戦いでは当然のように使われていた武器だろうけれど、何だか切ない。

山道を歩き進む旧甲州街道
山道を歩き進む旧甲州街道

旧甲州街道はそのまま山道に入ってどんどん進んで行く。このまま進んでも大丈夫なのだろうかを思う程であるが、斜面に残っている街道には鉄で柵が作られているので大丈夫なのだろう。
山道を登り標高を上げながらどんどん進む。視界が開けた場所から見えた景色を眺めると、とても山深い場所であることが良く分かる。そして、青空と山並みが作る景色は美しい。江戸時代の旅人も、この険しい旧甲州街道を歩く途中でこの景色を眺めただろう。そして、昔から変わらない景色の中に、山から張り出す尾根を縫うように中央道が描く曲線もきれいだと感じる。

旧甲州街道から眺めた景色
旧甲州街道から眺めた景色

良人は、景色を眺めながらリュックのサイドポケットに入れていたお茶を一口飲んでいるが、妻の由美子はちらりと景色を眺めると先に進んで行った。良人が気付いた時には由美子の姿は視界には無かった。ま、大丈夫だろうけど、由美ちゃんは待ってくれないのね。
この場所に残されている旧街道の山道は比較的険しくて長かった。街道歩きと言うよりは登山を思わせられ、山の斜面を削って作られている旧街道の道幅も狭い。当時では難所と言われそうな場所であるのに、今日は出発したばかりで体力がまだ十分にあり、ハイキング気分で歩けるので気持ち良いとさえ感じる。落ち葉でふかふかになっている道を滑らないように気を付けながら歩き進んだ。

山の中を気持ちよく歩き進んだ先で突然、集落に出た。気持ちよく自然の中を歩いていて、江戸時代にタイムスリップしたような時間を楽しんでいたのに、文明社会に引き戻されたよう感じた。歩く旅の楽しみの1つは日常から離れる事だと感じる。普段いる場所から知らない場所に出かける。自然豊かな場所で、その場所を淡々と長時間歩いていると非日常を感じる。非日常は、日常の自分と距離を置く事が出来る時間であり、主観的になっている気持ちや考え方を客観的に戻すことが出来る貴重な時間ではないかと感じている。
山間の小さな集落には農家のような建物で蔵もある程の大きな家が街道脇に並んで立っているが、説明版などが見当たらず次の宿場ではなさそうだ。道の真ん中で気持ちよさそうにしている猫ちゃんを見つけて、静かな山間の集落の穏やかさを感じた。

※次の話:運動してお腹が空いて食べるおやつも美味しい 一日20kmを歩く日帰り旅

ライター

東京都在住のおばさんです。子育てが落ち着いてきた頃より趣味で登山や街道歩き等を始めました。歩く旅は大変だというイメージがありますが、歩く事で解る楽しみもあります。実際に歩く旅をして、歩く旅の楽しさをお伝えしたいと思っています。

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