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新型コロナウィルスでも紛争は止められない:シリアで続く小競り合いと感染症が生み出す新たな軋轢

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2020年4月4日

ロシアのヴラジミール・プーチン大統領とトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が3月5日に合意した停戦が発効して、4月5日でちょうど1ヶ月が経った。

英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、停戦発効以降、「決戦」作戦司令室の支配下にあるシリア北西部(イドリブ県)で、シリア・ロシア軍、トルコ軍の爆撃は確認されていない。

また、シリア軍と「決戦」作戦司令室は境界地帯で互いに散発な砲撃を続けているが、大規模な戦闘には至っていない。

「決戦」作戦司令室とは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)傘下の国民解放戦線などからなる武装連合体である。

各当事者が新型コロナウィルス対策に追われている――それが膠着状態の背景にある。

だが、このことは「新型コロナウィルスが戦闘を食い止めた」などという楽観論を許さない。人類史上稀に見る脅威を前にしても、いがみ合うのが人間であり、それは「今世紀最悪の人道危機」と言われて久しい諸外国の代理戦争の主戦場であるシリアでも例外ではない。

政府支配地域での新型コロナウィルス感染者19人に

まずは、シリアでの新型コロナウィルスの感染状況を確認しておこう。

シリアでは、3月22日に最初の感染者が確認されて以降、感染者数は徐々に増加している。保健省によると、4月5日現在の国内での感染者数は計19人に達している。このうち、死亡したのは2人(いずれも女性、3月29、30日に死亡)、回復したのは2人である。

シリア政府はまた、3月25日から追って通知があるまでの期間、夜間の外出を禁止、4月3日以降は休日(金・土)の午後の外出も禁止している。さらに、4月1日に2人目の死者が出たダマスカス郊外県タッル郡タッル中央区マニーン町を、2日には多くの感染者が発生しているとされるダマスカス郊外県ダーライヤー郡サイイダ・ザイナブ区サイイダ・ザイナブ町を封鎖している。

SANA、2020年4月5日
SANA、2020年4月5日

反体制派の主張、対応

しかし、シリア人権監視団によると、実際にはより多く人が感染しているという。

同監視団が「信頼できる複数の医療筋の情報」として4月5日に発表したところによると、ダマスカス県、アレッポ県、ラタキア県、タルトゥース県、ヒムス県、ハマー県、ダルアー県で新型コロナウィルスへの感染を疑われ、隔離されている住民は約325人に達しており、123人はPCR検査の結果、陰性と診断されたが、8人が肺炎などにより死亡したという。

また、ダイル・ザウル県南東部のマヤーディーン市では「イランの民兵」34人が感染し、うち19人が隔離されているという。

とはいえ、シリア人権監視団は、実際の感染者数については明らかにしていない。

一方、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体で、シリア政府と連携してシリア北東部を実効支配する北・東シリア自治局の支配地域では、感染者は確認されていないという。

また、シャーム解放機構が軍事・治安権限を握り、救国内閣が自治を担っているシリア北西部のいわゆる「解放区」、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域(アレッポ県北部)、「オリーブの枝」地域(アレッポ県北西部)、「平和の泉」地域(ラッカ県北部およびハサカ県北部)でも感染者はいないという。

しかし、これらの地域でも外出、移動、集会などが厳しく制限されている。

イラクで感染して死亡した女性の遺体がシリア北東部の特設墓地に埋葬される

こうした厳しい制限の一つが北・東シリア自治局による遺体搬送の禁止措置だ。

北・東シリア自治局は3月29日、新型コロナウィルス対策として、支配地域外で死亡し、域内に搬送される遺体に関して、(国境)通行所近くに建設される墓地に埋葬することを決定した。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、この決定を受け、イラク国境に面するチグリス川河畔(西岸)のスィーマルカー国境通行所(ハサカ県)から新型コロナウィルスに感染して死亡した女性の遺体が4月2日、北・東シリア自治局の支配地に搬送され、マーリキーヤ(ダイリーク)市近郊のカルバーラート村の近くに特設された墓地に埋葬された。

遺体の搬送と埋葬は、北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)とドイツに本部を持つクルド赤新月社(国際赤十字赤新月社連盟とは無関係のNGO)によって行われた。

ANHA、2020年4月2日
ANHA、2020年4月2日

トルコ軍による砲撃でシリア軍兵士2人死亡

しかし、戦闘は続いている。

ラッカ県では、シリア人権監視団やANHAによると、トルコ軍とその支援を受けるTFSAが4月3日、タッル・アブヤド市近郊のアフダクー村、クーバルラク村を砲撃した。

この砲撃で民家やシリア軍拠点が被害を受け、兵士2人が死亡、1人が負傷した。

ANHA、2020年4月3日
ANHA、2020年4月3日

トルコ軍とTFSAは4日にも、アフダクー村とクーバルラク村を砲撃、住民数十世帯が安全な場所への避難を余儀なくされた。

国民軍はまた、タッル・アブヤド市とアフダクー村を結ぶ街道で住民の車を襲撃・強奪したうえ、乗っていた住民3人を捉え、殺害した。

トルコ軍とTFSAはさらに5日、ラッカ県アイン・イーサー市近郊のシャルカラーク村の住民を強制退去させ、彼らが住んでいた住居を破壊した。

イドリブ県でもくすぶる火種

シリア北西部でシリア軍と「決戦」作戦司令室が散発な砲撃を続けていることは冒頭でも述べたが、シリア人権監視団によると、トルコ軍は4月5日、アレッポ県西部のシリア軍第46中隊基地の拠点に砲撃を加えた。

シリア軍が「決戦」作戦司令室の支配地(イドリブ県ザーウィヤ山地方)を砲撃したことへの報復だという。

トルコは3月5日のロシアとの停戦合意に従い、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線での両軍合同パトロールを実現するとの名目のもと、この1ヶ月で道路沿線の村々に11カ所の拠点を新設、これにより、監視所・拠点の数は56カ所はとなった。

監視所・拠点が設置されている場所は以下の通りだ。

監視所

  • イドリブ県:サルワ村、サルマーン村、ジスル・シュグール市(イシュタブリク村)
  • アレッポ県:登塔者聖シメオン教会跡、シャイフ・アキール山、アナダーン山、アレッポ市ラーシディーン地区(南)、アイス村(アイス丘)、タッル・トゥーカーン村
  • ハマー県:ムーリク市、シール・マガール村
  • ラタキア県:ザイトゥーナ村

拠点

  • イドリブ県:マアッル・ハッタート村、サラーキブ市(3カ所)、タルナバ村、ナイラブ村、クマイナース村、サルミーン市、タフタナーズ航空基地、マアーッラト・ナアサーン村、マアッラトミスリーン市、マストゥーマ軍事キャンプ、タルマーニーン村、バルダクリー村、ナフラヤー村、ムウタリム村、ブサンクール村(2カ所)、ナビー・アイユーブ丘、バザーブール村、バータブー村、ラーム・ハムダーン村、アブザムー町、ムシャイリファ村、タッル・ハッターブ村、ビダーマー町、ナージヤ村、ズアイニーヤ村、ガッサーニーヤ村、クファイル村、ズアイニーヤ村、バクサルヤー村、フライカ村
  • アレッポ県:アナダーン市、アレッポ市ラーシディーン地区、ジーナ村(2カ所)、カフル・カルミーン村、タワーマ村、第111中隊基地、アターリブ市、ダーラ・イッザ市、カフル・ヌーラーン村
  • ハマー県:ムガイル村

このほかにも、トルコ軍はこの1ヶ月間でM4高速道路沿線に監視ポスト14カ所を設置している。

Facebook(イブラーヒーム・ハミーディー)、2020年3月6日
Facebook(イブラーヒーム・ハミーディー)、2020年3月6日

新型コロナウィルス対策をめぐるシリア政府と北・東シリア自治局の軋轢

一方、新型コロナウィルスへの厳しい対応策は新たな軋轢を生み出している。

ハサカ県では、シリア人権監視団やANHAによると、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるカーミシュリー市のサブア・バフラート交差点近くで4月4日、国防隊が北・東シリア自治局のアサーイシュと交通警察(トラフィック)の車列に向けて発砲、アサーイシュとトラフィックの隊員3人が負傷した。

国防隊はシリア軍を支援する民兵組織。

発砲を受けたアサーイシュは反撃し、国防隊の隊員複数が負傷したという。

ANHA、2020年4月4日
ANHA、2020年4月4日

その数時間後、国防隊は再び、アサーイシュ、トラフィック、医療関係車からなる車列に向けた再び発砲、アサーイシュの隊員1人が死亡した。

車列は新型コロナウィルス対策チームで、国防隊は車列が検問所を突破しようとしたために発砲したという。

事態悪化を受けて、ロシア軍部隊が現場に駆けつけ、対立の収拾にあたった。

シリア人権監視団、2020年4月4日
シリア人権監視団、2020年4月4日

また、4月5日には、ダマスカス国際空港からの旅客便がカーミシュリー国際空港に到着、北・東シリア自治局の緊急事態対応チームが乗客約20人を「出迎え」、新型コロナウィルスへの感染を確認するための初期検査を実施、その後隔離センターに移送した。

北・東シリア自治局の責任者によると、隔離された乗客は、14日間センターで滞在し、感染が確認されなければ、センターから出られ、感染が確認されれば、感染者を隔離するための施設に移されるという。

ANHA、2020年4月5日
ANHA、2020年4月5日

一方、シリア人権監視団は、北・東シリア自治局が新型コロナウィルスへの感染を確認するためだとして、ハサカ県北部のトルコとの国境地帯に派遣されるシリア軍兵士複数人を「連行」し、外出と外部との接触を禁止していると発表した。

シリア軍は、2019年10月のトルコ軍による侵攻作戦(「平和の泉」)作戦)での停戦に際して、トルコ軍と北・東シリア自治局の武装部隊であるシリア民主軍を引き離すかたちで、ロシア軍とともに国境地帯に展開している。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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