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引退宣言のフューリー 世界ヘビー級を席巻する”ユニコーン”が見据える未来とは?

杉浦大介スポーツライター
Mikey Williams / Top Rank

4月23日 英国・ロンドン ウェンブリー・スタジアム

WBC世界ヘビー級タイトル戦

王者

タイソン・フューリー(イギリス/33歳/32-0-1, 23KOs)

KO6回2分59秒

指名挑戦者

ディリアン・ホワイト(イギリス/35歳/28-3, 19KOs)

ランキング1位の強豪に快勝

 KOパンチとなった右アッパーは、フューリーのキャリアを彩るパンチとして記憶されていくのだろう。

 伝統のウェンブリースタジアムに実に94,000人と伝えられた大観衆を集めて行われたヘビー級タイトル戦は、大方の予想通り、王者の圧勝に終わった。右一発にチャンスを見出そうとするホワイトを相手に、フューリーはロングレンジからの左ジャブ、右ストレートでペースを掌握。一時はクリンチの多い乱戦になりかけたが、6回終了間際に王者はワンパンチで決着をつけた。

 「ホワイトはいずれ世界王者になるだろう。ただ、私は史上最高級のヘビー級選手だ。残念ながら彼は今夜、私と対戦せねばならなかった」

 デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)以外の選手との対戦は2019年以降では初めてだった王者は、試合後にそう勝ち誇った。芝居がかった物言いだが、フューリーは実際にここで改めて底知れない力量を示したといっていい。

 長期間にわたってWBC1位にランクされてきたホワイトは、過去にアンソニー・ジョシュア(イギリス)にこそKO負けを喫したものの、ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)、デレック・チソラ(イギリス)、ロバート・ヘレニウス(フィンランド)、オスカル・リバス(コロンビア)といった多くの著名選手を下してきた実力派。一度はKO負けを喫したアレクサンデル・ポヴェトキン(ロシア)にもリベンジしており、層が厚いとはいえない現代のヘビー級では紛れもなくトップ選手である。歴史的パンチャーであるワイルダーに2連勝したのに続き、ここでもそれだけの強豪を寄せ付けなかったのだから、フューリーはやはり”時代の覇者”と呼ばれるにふさわしいのだろう。

Mikey Williams / Top Rank via Getty Images
Mikey Williams / Top Rank via Getty Images

サイズ、身体能力を兼備した万能ボクサー

 現代ヘビー級の頂点に立つフューリーは、ほとんど“ユニコーン”と呼んでも遜色ない特異な能力を持った選手である。身長206cm、リーチ216cmというサイズに恵まれ、それでいて身体能力とフットワークも備える。ワイルダーとの2、3戦で証明した通り、前に出て打ち合うこともできる上に、パンチャーという印象こそないものの、パンチ力も実際は標準かそれ以上のものがある。

 タイプ的に被る部分も少なくないモハメド・アリ(アメリカ)が身長190cm、リーチ203cmだったことを知れば、この選手の持つアドバンテージの大きさが伝わってくるはず。ボクシングの歴史を振り返っても、これほどのサイズとオールラウンドな能力を兼備した万能王者は類を見ない。

 トップでの活動期間、エリート選手相手の勝ち星の数では過去のレジェンドたちとは比較できないため、“史上最高級のヘビー級選手”という自己評価には同意できないファンも多いかもしれない。それでも剛軟を兼備したフューリーが、過去のどんな強豪にとっても容易なマッチアップではないことは事実ではないか。

引退宣言の行方

 WBC王座の2度目の防衛を果たしたフューリーは、ヘビー級選手としてはまだまだ働き盛りの33歳。ホワイト戦でも3364万500ドルという大金を稼ぎ、本来であればもうしばらくは全盛期を謳歌しても不思議はないところではある。

 ところが、今回の試合前から「これが最後の試合」と言及し続けたのは盛んに報道された通り。ホワイトに勝利後も、リング上で改めて引退宣言を行った。

 「14年連れ添ってきた愛妻パリスとワイルダーとの第3戦後にこれで終わりだと約束したんだ。実際にそのつもりだった。ただ、地元ウェンブリーで戦うオファーを受け取り、この一戦は自身と英国のファンのために行われるべきだと思った。その試合も終わり、今、自分の言葉に忠実でなければならない」

 今回に限らず、欧米のプロボクサーの引退宣言を真剣に捉えていないファン、関係者は多いに違いない。トップボクサーが重要な試合の前後に引退を口にするのは珍しいことではなく、それもプロモーションの一貫の趣すらある。他ならぬフューリーが進退に言及したのもこれが初めてではない。

 すでに階級最強と呼ばれるようになったフューリーには、実際にはまだ明白な“やり残し”が存在する。4団体統一への意欲を述べてきたフューリーは、7月23日に予定されるWBA、IBF、WBO王者オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)とアンソニー・ジョシュア(イギリス)の再戦の勝者との対戦に向かうのが自然の流れに思えたのだ。 

昨年9月に行われたジョシュア(左)対ウシクの第1戦ではウシクが予想外の勝利で3冠王者になった。
昨年9月に行われたジョシュア(左)対ウシクの第1戦ではウシクが予想外の勝利で3冠王者になった。写真:ロイター/アフロ

 最重量級の4団体統一戦が成立すれば、とてつもない巨額を生み出す大イベントになることが約束されている。特に毛色の違った技術を持つウシクはやり辛い相手ではあるが、どちらが上がってきても、この最終決戦はフューリーが優位とみなされるに違いない。そんなメガファイトを前に、注目されるのが好きな英国人は本当に身を引くつもりだろうか。

 フューリーはトップランク/ESPNと良好な関係を保っているが、この強力タッグとの5戦契約はひとまず終了。今後はマッチルームスポーツ/DAZNと関係が深いウシク、ジョシュアともよりフレキシブルに交渉できる。

 5月7日、DAZNで配信されるサウル・カネロ・アルバレス(メキシコ)対ドミトリー・ビボル(ロシア)戦の際にはラスベガスの会場に来るつもりだとか。そんな背景を見ていくと、他の多くのボクサーたちと同様、フューリーも引退宣言を早々に撤回し、結局は次のビッグファイトに目を移すのではないかとも思えてくる。しかしーーー。

波乱のキャリアの終局は

 前述通り、極めてユニークなボクサーであるフューリーは、リング内外の様々な意味でサプライズが多い選手でもある。

 筆者が初めてフューリーを取材したのは2013年、ニューヨークでのスティーブ・カニンガム(アメリカ)戦。当時から独特のカリスマ性をまき散らしてはいたが、ヘビー級として一流とはいえないカニンガムに強烈なダウンも喫しており、正直、“時代の覇者”になっていく選手に見えなかった。それがその後、この選手に様々な形で驚かされていくことになる。

 2015年、WBAスーパー、IBF、WBO王者ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)への挑戦時には絶対不利とみなされながら、フューリーは安定王者を見事にアウトボックスして初戴冠。これで一気にスターダムに躍り出るかと思いきや、心身のコンディションを乱して約2年半にわたって戦線離脱してしまう。

 一度はすべてのタイトルを失い、このままフェイドアウトしていくのかと思えば、2018年、破格の強打で防衛を重ねていたワイルダーに挑戦。ここで歴史的なトリロジーをスタートさせ、世界王者にも返り咲いた活躍はご存知の通りである。こうして振り返っていくと、フューリーは本当にいい意味でも悪い意味でも期待、予測を裏切る選手であったことが見えてくる。

Mikey Williams / Top Rank via Getty Images
Mikey Williams / Top Rank via Getty Images

 だとすれば、これから先も、王道からあえて逸れていってももう驚くべきではないのだろう。33歳にして本当にリングに二度と戻ってこないとはどうしても考えにくいが、また一時的にボクシングから離れることはあり得るのかもしれない。本人が言及していた通り、UFCファイターとの対戦、WWEのリング登場を考慮するか。あるいは近年流行になっているボクサー以外の相手とのエキジビションに色気を見せるか。

 ウシク対ジョシュアの勝者との対戦ではなく、そういった方向に進んだとすれば、残念に感じるボクシングファンは多いに違いない。筆者もその1人ではあるが、こちらの思い通りの道を邁進してはくれないのが荒唐無稽なフューリーらしさでもある。

 通称”ジプシーキング”のジェットコースターに乗っているような人生はまだまだ続く。どこに辿り着くのかはわからない。同世代の私たちにできるのは、少し離れた場所から、その波乱のキャリアを静かに見守ることだけなのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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