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沖合で魚を育てる「オフショア養殖」の可能性を探る

石田雅彦科学ジャーナリスト
米国でのチョウザメの養殖(写真:ロイター/アフロ)

 魚介類の養殖と聞くと、沖合の生け簀にマダイなどを育成したり、ウナギの稚魚を捕らえて大きくさせたりするようなことをイメージするだろう。だが、日本の場合、現在の養殖業で大きな部分を占める静穏な内湾養殖がほぼ開発されつくされている。また、養殖による自家汚染で漁場が荒れ果ててしまい、これ以上、内湾養殖を拡大させることは難しい。

日本の養殖業は頭打ち

 日本には「持続的養殖生産確保法」(1999年に施行、2014年最新改訂)という法律があり、溶存酸素量、硫化物量、底生生物の有無に基づいた環境基準が定められている。だが、こうした海洋汚染の防止策は、まだ技術的に確立されていない。

 養殖技術については、近畿大学の「成果」などがマスメディアで大きく取り上げられ、日本が世界をリードしていると考える人も多いのではないだろうか。確かに日本の養殖技術はノルウェーやカナダ、チリなどの国々と比べて世界的にみても遜色はない。だが、養殖生産量や取引高は世界から大きく水をあけられている。

 世界資源機構(World Resources Institute、WRI)は、フランスやタイの研究機関や大学と共同で、世界で魚介類の養殖漁を2050年までに倍増しなければならない、とするレポートを出した。その中で、環境への影響を考慮しつつ、魚介類の生産量を増やすために、繁殖や孵化、病害防御、飼料、生産システムなどに対する技術革新と技術移転、世界規模での生産モニタリングや持続可能な開発へのサポート、ティラピアやマナズなど「低栄養型」の魚介類への消費シフトなど、5つの方策を提案している。

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世界の水産需要に応えるためには、養殖の量的拡大が必要だ。天然資源には期待できない。世界資源機構(World Resources Institute、WRI)などによるレポートより。

外洋を含めたオフショア養殖の可能性

 物理的にも技術的にも限界がきている内湾養殖から、別の養殖の方法を探さなければならない段階にある。そして、そのための技術革新がどうしても必要にもなってきているのだ。

 こうした技術革新の一つが、内湾ではなく沖合での「オフショア養殖」である。沖合での養殖は、海水の循環などがあり、食べ残した餌の一カ所への堆積を回避でき、環境への負荷も低減できる。オフショア養殖を含んだ世界規模での魚介類の漁獲量と生産量、それらに必要な海洋面積について、科学雑誌『nature』に新たな論文が出された。「海洋養殖の世界的な可能性を探る(Mapping the global potential for marine aquaculture)」という論文(※1)では、外洋での水産養殖の可能性と十分な漁獲量のための海水面域の定量化を示した、と書いている。

 この論文では、世界の海洋を特定面積で分割し、養殖可能な温度範囲、養殖されている魚類120種、二枚貝60種の成長速度を利用し、養殖可能な水産量を計算した(海運利用や海洋保護区などの海域を除外)。その結果、魚類に関しては1140万平方キロメートル、二枚貝に関しては150万平方キロメートルの海洋に開発の余地があり、そこから現在の世界の総海産物消費量の100倍超が得られる可能性があることが分かった、と言う。

 魚類と二枚貝が養殖できるであろう海洋面積は、領土と排他的経済水域と領海をあわせたカナダの面積(約1558万4000平方キロメートル)とほぼ同じだ。また、世界の全天然漁業による現在の漁獲量は、米国のミシガン湖ほどの面積から得られそうであることも明らかになった、と言う。

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論文が示す世界の魚類養殖のホットスポット。赤色の海域が魚類養殖で生産性が高いとされたアフリカのケニア南岸(b)、インドネシアのセレベス島(c)、フィジー周辺(d)。

世界のオフショア養殖

 もちろん、沖合でのオフショア養殖には技術的な課題がある。まず、飼料をどう貯蔵するかだが、運搬コストなどとの兼ね合いで現地に大量の飼料を保管しておけるかどうかが難しい。また、仮に貯蔵できた場合、そこから生簀へどう飼料を運び、適正な給餌ができるかどうかも問題だ。台風などで海が時化た場合、人が行けないのでその際に施設をどう管理し、どう給餌するかなど、遠隔地ならではの難問がある。

 設備投資とインフラ整備などにかかる費用も、個人レベル漁協レベルではなかなか手の出せない額になるだろう。米国やドイツなどでは、使わなくなった石油プラントを利用したり、風力発電所との併設など、多用途での利用により、輸送面やコスト面などの課題を克服しようとしている。

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米国ミシシッピ州の沖合22マイルにある使われなくなった海上油田を利用したオフショア養殖のケージ。

 日本でも新日鉄住金エンジニアリングなどが、沖合養殖システムの海洋実証実験を行っている。2016年12月からはニッスイ(日本水産)などが協力し、鳥取県境港市の沖合でギンザケの養殖を試みている。この試験ではニッスイが開発した給餌制御システムを使っている、ということだ。

 また、新日鉄住金エンジニアリングは、2017年3月から「大規模沖合養殖の海洋実証試験」を実施している。これは三重県尾鷲市の沖合、水深約60メートルに生け簀システムを2基設置し、ブリを養殖する、というものだ。潮の流れのある沖合で、低密度飼育により富栄養化が低減され、赤潮などの被害を防ぐことが期待されている。

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三重県尾鷲市の沖合における大規模沖合養殖システムのイメージ図:新日鉄住金エンジニアリングの「大規模沖合養殖システムの生簀システム設置による海洋実証試験の実施について 」プレスリリース(2017年1月30日)より。

資源管理と養殖はトレードオフ

 日本の漁業と漁業者は、過去も現在も自国や国際的な海洋資源の乱獲を続けている。近年では海外とりわけ中国からの漁業者も乱入し、かなり危機的な状況になっている。日本が自国の資源管理をしっかりやる必要があるのは、そうしなければ海外の漁業者の乱獲を規制する説得力が乏しくなるからだ。

 水産資源が、世界的に危機に瀕しているのは事実だ。そのためにも資源管理と資源の再生産、つまり水産養殖がどうしても必要になる。ビジネスとしての養殖産業は、魚価の上下動や安定性に成否がかかってくる。養殖における生産管理やマーケティングはもちろん必要だ。一方、資源の乱獲で魚価が不安定になれば、養殖産業が成立しにくくなる。資源管理と養殖業の関係は密接不可分だ。

 今回の研究結果は、海洋における今後の水産養殖に上限を与えると同時に、内湾などに限定されず、外洋を含めたオフショア養殖の可能性を考慮に入れるべきだということを示唆している。そのためには、市場のマーケティング、技術開発や設備投資、養殖海域から市場までの輸送といったコスト、環境的要因などを考えなければならないだろう。

 ところで、2020年の東京五輪では、資源のサスティナビリティのため「持続可能性に配慮した運営計画」を決めている。大会中の食材などの調達についても基本原則を作成し、水産物についても絶滅危惧種を使用しないなどの環境負荷を考えるべきという理念のもとで調達方針が決められつつある。

 筆者はタバコ問題を記事にすることが多いが、IOC(国際オリンピック委員会)とWHO(世界保健機関)が求める「たばこのないオリンピック」を実現するためには、2020年までに受動喫煙防止対策を充実させなければならない。だが、日本政府と東京五輪の組織委員会は、この件について及び腰だ。水産資源のサスティナビリティについても、大会委員会は似たような対応を取ろうとしていて議論になった。

 東京五輪の水産物の調達基準によれば、加工食品については努力義務ですませてしまっている。冒頭で述べたように、水産資源の保護と管理は喫緊の課題だ。東京五輪をいい契機にし、日本政府はしっかりとした水産資源管理の対策をとるべきではないだろうか。

※1:Rebecca R. Gentry, Halley E. Froehlich, Dietmar Grimm, Peter Kareiva, Michael Parke, Michael Rust, Steven D. Gaines & Benjamin S. Halpern, "Mapping the global potential for marine aquaculture." nature ecology & evolution, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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