【私と朝ドラ『虎に翼』➀】――ある日豪夫婦はどう観たか
通常、朝ドラ(NHK連続テレビ小説)をあまり観ない、あるいはこれまで1度も観たことがないという人も巻き込むムーブメントとなっている『虎に翼』。女性法律家のさきがけ・三淵嘉子をモデルとした、吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演の異色の朝ドラに関するつぶやきが、SNSでは日々溢れている。
そんな中、日本人の妻・Kさんと共に日々『虎に翼』を視聴、夫婦で互いの考えや意見をぶつけ合っているのが、2010年より日本に暮らすオーストラリア人男性・Mさんだ。朝ドラ歴は「ちょこちょこ。妻が会社に行く前に観るのを傍から少し観るか、土曜まとめて観るくらい」という彼が、なぜ『虎に翼』にハマったのか。インタビューした。
「女性の立場や権利の問題みたいな話を、NHKの朝ドラでやるなんて興味深いなと」
「朝ドラとの初めての出会いは、オーストラリアで1980年代に放送されていた『おしん』を母親が熱心に観ていたこと。僕自身は小さかったから、あまり記憶にないけど、母親は悲しくて悲しくて毎日観ながら泣いていた。『おしん』が大好きだ、日本のドラマは素晴らしいねとよく言っていましたよ」(Mさん)
オーストラリアでは夕方や週末の朝に、子ども向けの10分〜15分程度のドラマはあったが、朝ドラのように毎朝、しかも大人が観るものはなかったと言う。そんなMさんが『虎に翼』にハマったのは、おそらく母親の影響もあるのではないかと、妻・Kさんは推測する。
「夫のお母さんは女性の権利に詳しい女性で、夫も日本基準だとたぶんフェミニストになると思います。でも、オーストラリアではそれは全然珍しくないようです」(Kさん)
Mさんの興味の入り口は……。
「『虎に翼』を観て、女性の立場や権利の問題みたいな話を、NHKの朝ドラでやるなんて興味深いなと思いました。それに正直、寅子は日本の一般的な女性と違う考え方なのが面白いなと」(Mさん)
Mさんが言う「一般的」とは、ドラマの描く時代ではなく、現在のこと。その例として、こんなエピソードを挙げる。
「以前勤めていた会社に23~24歳くらいの日本人女性の同僚がいたんです。彼女は両親と一緒に暮らしていて、かなり遠くから通っていて大変そうだったので、『なんでもっと近くで暮らさないの?』と聞いたら、『お父さんが1人暮らしはダメというから』と。オーストラリアでは18歳になると家を出ていけと言われるのが普通なので、大人なのに、なんで自分のことを自分で決めないの?と不思議でした」(Mさん)
西洋と日本の「闘う女性」のとらえ方の違い
第3週では「闘う女性」と「闘わない・闘えない女性」を分断せず、口々に弱音を吐き出し、連帯していく様が描かれた。男女の分断でも、女性同士の分断でもなく、苦しみを抱える者同士が連帯していくのが『虎に翼』の大きな魅力の一つだが、Mさんの見方は少々違っている。
「女子部が寅ちゃん(伊藤沙莉)の家に集まって、花江ちゃん(森田望智)が泣くシーンがありましたよね。僕は『花江ちゃんもそうしたいなら(寅ちゃんたちみたいになりたいのだったら)できるよ。頑張れ!』と思いました。オーストラリアの女性に一番近いのは、自分の力で闘う、間違っていることは間違っているとはっきり言うよねちゃん(土居志央梨)。オーストラリアの女性は強いっていうか、怖いくらいだから(笑)。でも、もし僕が女性で、ドラマの時代を生きていたら……やっぱりよねちゃんみたいに間違ってるとは言わず、黙っていたかもしれない。あんなふうに強くなれるかわからない」 (Mさん)
一方、Kさんはこう補足する。
「社会の状況が違うから 一律には言えないけれど、例えば西洋などでは女性が働きながら学校に行くことも多く、闘うじゃないですか。でも、日本の女の人は、昔からあまり闘うことを良しとされていないから、『私さえ我慢すれば』と思っちゃうのではないでしょうか。時代的な違いは当然ありますが、チャレンジは素晴らしいという社会と、身の程を知れという社会の違いはある気がします」(Kさん)
また、女子部法科の同級生の中で二度目の高等試験にのぞんだのは寅子とよねだけ。弁護士になれたのは、寅子だけだった。能力的にも経済的にも家族関係にも恵まれた寅子は「持てる人」に見えたが、Mさんのこんな見方にKさんはハッとさせられたと語る。
「『よねちゃんだって、寅ちゃんだって、足におもりをつけている。でも、よねちゃんはその足のおもりを持ち上げ、自分の推進力にしている。寅ちゃんだって、本当は足におもりがついているでしょう。人前で明るく振る舞うとか、自分の悲しみや苦しみを隠さなきゃいけない、頑張らなきゃいけない、弱みは見せられないというのが寅ちゃんの足枷でしょう』と言うんです。私は寅ちゃんにはおもりがないと思っていた。だからこそ真っすぐにゴールに向かって走っていると思っていたけど、確かにそうだな、と。それを寅ちゃんも推進力に変えているんだなと思いました」
奇しくもこの取材後、共に弁護士になった女性の先輩たちも家庭との両立に苦しみ、弁護士をやめていく。そして、寅子がたった1人女性法曹の道を背負い、やがて押し潰される地獄が待っていた。まるでMさんが予言していたかのように。
「会社・仕事を家族より先に守る。なんで?」
ところで、Mさんは「腹が立ってくるところもある」と言う。
「寅ちゃんのお父さんの直言さんには腹が立ちました。(贈収賄の容疑について検察に強要され、自白したことを)黙っていた方が家族に迷惑をかけるに決まっているのに話さない。会社・仕事を家族より先に守る。なんで?と思いましたけど、それが日本的であるとも思いました」(Mさん)
Mさんは、オーストラリアでは家族が第一という考え方が一般的だと言い、その理由をこう説明する。
「なかには経営者もいるかもしれないけど、一般的に会社は他者が作ったものでしょう。でも家族は自分が作ったもの。自分が作ったものを守る責任は自分にある。それなのに、自分が守るべき家族を後回しにして、会社や仕事の事や人を優先するのがわからないし、家族に正直に、本当の事を言わないのもわからない。日本人は『家族だから許される』とか『言わなくてもわかる・理解してくれる』と思う。でも、それはありえない。みんな思ったこと、考えていることはちゃんと言葉で言うべき。そうじゃないとわからない」
奇しくも寅子の兄・直道(上川周作)の言葉「思っていること口に出していかないとね。うん、その方がいい!」がここで登場した。
また、「共亜事件」の際、穂高教授(小林薫)に「君にしかできないことがある」と言われた寅子は、直言が予審で虚偽の自白をしたことについての検証を行い、直言から真実を聞きだした。その場面については、
「いや、寅ちゃんは娘でしょ。お父さんにしてみれば何より大事なものでしょ。だからなんで寅ちゃんはお父さんにまず直接聞かないの? なんでお父さんは寅ちゃんに真実を話さないの?と。あれだけ寅ちゃんを可愛がってるお父さんなんだから、寅ちゃんの言うことは聞くでしょと思っていましたよ」(Mさん)
直言の「懺悔」、高等試験の結果……夫婦の意見の相違点
終戦後、直言は栄養失調と肺炎で衰弱していく。そんな中、寅子は直言が隠し持っていた優三の死亡告知書を見つけてしまう。しかし、優三の死と、直言がそれを隠していた理由に向き合えずにいる寅子の背中を花江が押したことで、直言は寅子に謝罪。弱く、ズルく、情けない本音や秘密の数々を「懺悔」し、スッキリしてこの世を去る。しかし、寅子が法曹の道に進むことを家族の中で唯一応援してくれたのも、寅子のことを可愛い・凄いといつも言ってくれたのも、そんな弱くてダメな父だった。
ちなみに、この直言の懺悔について、Mさんは「謝りながら誰のことも考えず、その上『自分はダメな男』と言って許してもらおうとしている。いつも大事なことを言わないし」と辛口だが、Kさんは「人間って、ダメな部分も多分にあるから」とフォロー。夫婦の中で意見が分かれるポイントだったようだ。
それから、Mさんが少々引っかかったと言うのは、高等試験の結果。
「寅ちゃんたちが1回目のライティング(筆記試験)にパスしなかったのはどういうこと? そんなバカなと思っちゃいました。1番許せなかったのは、このドラマは他の日本のドラマと違うと思っていたのに、結局、コレだと男性の方が優秀みたいな印象になってしまうこと。久保田先輩は、筆記試験には合格したけど口述試験で落とされているし。どうしても物語のために最初の高等試験に失敗したとしたいなら、寅ちゃんとは別の女性がパスしたとかでもいいんだけど、男性だけが受かっているのは良くないと思いました」(Kさん)
ただ、これについては、同じ点数だったら、男を選ぶと桂場(松山ケンイチ)が言っていたように、女性が受かるには同程度でなく、大差をつけて好成績をとらなければならなかったことが後にわかるが……。
それでも、今も東京医科大医学部の不正入試問題が明るみに出た一例に見るように、男女差別は続いている。
「オーストラリアやアメリカでもこういうこと(入試の男女差別)は全くないとは言い切れませんが、一般的にはあり得ません。女性は妊娠すると、その間働けない・給料も上がらない問題があるし、子育て中も働く時間が制限されるから、現実問題として女性のほうがキャリアを築くのが難しい状況は海外でもあります。実際にオーストラリアでもアメリカでも、女性が不利なことは多いかもしれない。でも、自然にそうなっちゃうから、制度として女性の点数を減らすとか、そういうずるいこと(性別による入試時の減点・加点等)はあり得ない」(Mさん)
梅子の夫は「ありえない!」「女性が活躍してくれるのはありがたいですよ」
また、気になったのは、梅子(平岩紙)の夫が妻の高等試験当日に離婚届を出したこと。妻が自分と同じ立場に並んでくることへの不安や不快感、脅威からだったろうが、ありえないと一刀両断する。
「女性が活躍してくれるのはありがたいですよ。だって、家族の中の誰かの地位が上がれば、より良い生活ができるようになるんだから、良いことでしょう? オーストラリアの夫婦は2人とも働いているのがデフォルト。2人で働くとダブルインカム)収入が倍)になりますから、家庭の経済も半分ずつ2人でサポートし合おうねという考え方です。とは言え、例えば働いているのが夫だけだとしても、イコール『夫は家事をやらなくて良い』とはならないことが多いです。家庭のことは2人の責任だから。妻が働いていても、いなくても、それは何も変わりません」(Mさん)
では、家事分担はどうするのかと聞くと、こんな説明をする。
「オーストラリアでは、例えば『今日僕が料理したから、明日はあなた。その次はまた僕』みたいに、曜日や日にちで交代が多いと思います。または先に帰ってきた人がやるとか。でも、それぞれかな。だからこそ家族でルールを決めなきゃいけなくて、それが喧嘩のもとになっている家族もたくさんいます(苦笑)。家族の中のルール決めで揉めるんです。でもそれは男女差って話ではないと思います」(Mさん)
そうしたルールも、家事に子育てが加わると、さらに変化するそうだ。
「極端な言い方をすると、日本では、子どもはなんとなく奥さんのものって感じが強い場合が多いですよね? でも、オーストラリアでは父親も『自分の子』という意識を強く持っているんですよ。だから、子育てを妻が一人でやると、『なんでそんな素敵なものを独り占めするの? ズルいよ』となります」(Mさん)
これらはあくまでMさんの考え方であり、夫婦のルールで、オーストラリアでも異なる考えの方ももちろんいるだろう。
日本国憲法第13条・第14条への思い
ちなみに、第45話(5月31日放送)を観て、夫婦の意見がぴたりと重なった部分もある。それは、日本国憲法第13条及び第14条を読み上げたシーンへの見解だ。
「我々は、『とは言え特権も差別もまだまだ続いてるけどね』と話していました。特に夫は『女性の権利を認めることは、結果男性も楽になるのに、何故わからないかな?』とも。まぁ(責任は果たさず) 特権を手放したくない人が多いからなんですけどね」(Kさん)
性別も年齢も、立場も環境も異なる者同士が対話するきっかけをくれる『虎に翼』。第一部は終了、「裁判官篇」がスタートするが、今後もリアル茶の間で、SNS等の仮想茶の間で、ますます数々の対話が生まれていくことだろう。
(田幸和歌子)