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玄米の米糠に含まれる「γ-オリザノール」に認知機能改善の効果が。琉球大学の研究

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 玄米の米糠には、多くの栄養素が含まれることが知られているが、米糠に含まれるγ-オリザノールという物質に認知機能改善効果があることが、琉球大学などの研究によってわかった。

米糠の大きな可能性

 米は日本のみならず、世界114以上の国で年間約6億5000万トン以上生産されている主要な穀物だ(小麦は年間7億トン以上)。ほとんどの場合、米の7%から11%程度が米糠などとして除かれ、途上国では米の副産物として家畜用飼料などに使われている(※1)。

 白米から除かれた米糠には、ストレス軽減、睡眠の質の改善、血圧低下などの作用があるGABA(γ-アミノ酪酸)、抗酸化作用、肥満抑制作用、血中コレステロール低下作用などがあるγ(ガンマ)-オリザノールなどが含まれる。そのため、これら栄養素を含む玄米や発芽玄米のほうが、精製白米よりも健康を維持するために適していると考えられている(※2)。

 米糠には大きな可能性があるというわけだが、琉球大学の研究グループ(※3)は米糠に含まれるγ-オリザノールを実験動物のマウスに食べさせることで認知機能の改善効果があることを明らかにし、この技術で特許取得したことを発表した

 実験では、ヒトの50歳代後半に相当する50週齢の実験用マウスを、通常食群(比較対照群)、ラードを主体とする高カロリーの高脂肪食群(高カロリー群)、1%のγ-オリザノールを含有する高脂肪食群(高カロリー+γ-オリザノール群)の3つの餌を与えた3群に分けた。そして、それぞれの餌で4カ月間、飼育後、短期記憶能力を評価するY字迷路試験を行った。

γ-オリザノールが認知機能低下を防止

 その結果、通常食の比較対照群に比べ、高カロリーだけの群では短期記憶能力の指標となる空間作業記憶率が約20%と有意に低下した。だが、高カロリー+γ-オリザノール群は、高カロリーだけの群に比べ、空間作業記憶率が顕著に改善し、通常食群のレベルまで回復した。

 また実験後、マウスの脳から海馬領域を取り出して様々な遺伝子のmRNA発現濃度を検討した結果、高カロリーだけの群では中枢神経系で免疫を担当するミクログリアのIba1という炎症マーカーが顕著に増加していたが、高カロリー+γ-オリザノール群では全く増加していなかった。

 さらに、代表的な神経の新生マーカーとして知られるDCXおよび神経幹細胞マーカーとして知られるTet2のmRNA濃度は、高カロリー群に比べ、高カロリー+γ-オリザノール群では約1.5倍と明らかに上昇していた。

 これらの実験と検証により、γ-オリザノールを一定期間、実験用マウスに経口摂取させると、加齢と高脂肪食にともなう海馬の炎症を抑制し、神経新生を促し、認知機能の低下を抑制する効果につながる可能性があることがわかったという。

 γ-オリザノールは吸収しにくいという問題があるが、同研究グループは株式会社SENTAN Pharmaが開発した生体適合性ナノ粒子にγ-オリザノールを含有させ、マウスに投与する実験を行った。その結果、経口投与期間を短縮することができるとともに、少量の投与でも同等の認知機能改善効果を発揮させられることがわかった。

 このナノ粒子は、小腸の粘膜層や消化管壁、腎臓、脾臓に停留しやすく、経口摂取したγ-オリザノールが消化管、腎臓、脾臓などで長期間、持続的に作用したため、効果を発揮したと研究グループでは考えている。また、この成果を基に同研究グループは、株式会社SENTAN Pharmaとサプリメントの開発にも成功し、この研究成果は2024年1月24日に特許を取得した(特許第7426036号)。

 同研究グループは、γ-オリザノールを摂取すると加齢や高脂肪食性肥満にともなう脳の海馬のミクログリア炎症を抑制し、神経新生を促すなどにより、認知機能の低下を予防したり、回復に役立つ効果があると考えている。

 認知症は、症状などによって前兆(軽度の認知障害)→初期(軽度の認知症)→中期(中等度の認知症)→末期(重度の認知症)と進行する。前兆や初期の段階で認知機能の悪化を食い止め、改善する治療をすることが重要だ。今回の成果はそのための手助けになるかもしれない。

※1:Muhammad Sohail, et al., "Rice bran nutraceutics: A comprehensive review" Critical Reviews in Food Science and Nutrition, Vol.57, Issue17, 13, June, 2017
※2-1:G S. Seetharamaiah, N Chandrasekhara, "Studies on Hypocholesterolemic activity of rice bran oil" Atherosclerosis, Vol.78, Issue2-3, 219-223, August, 1989
※2-2:潮秀樹ら、「米抽出物γ-オリザノールおよびGABAの新たな生理作用」、美味技術研究会誌、第12巻、21-25、2008
※2-3:Christelle Lemus, et al., "γ-Oryzanol: An Attractive Bioactive Component from Rice Bran" Wheat and Rice in Disease Prevention and Health, 409-430, 2014
※2-4:Hyun Soo Kim, et al., "Self-enhancement of GABA in rice bran using various stress treatments" Food Chemistry, Vol.172, 657-662, April, 2015
※2-5:Hiroaki Masuzaki, et al., "Brown rice-specific γ-oryzanol as a promising prophylactic avenue to protect against diabetes mellitus and obesity in humans" Journal of Diabetes Investigation, Vol.10, Issue1, 18-25, January, 2019
※2-6:Mtabazi G. Sahini, Eric Mutegoa, "Extraction, phytochemistry, nutritional, and therapeutical potentials of rice bran oil: A review" Phytomedicine Plus, Vol.3, Issue2, May, 2023
※3:琉球大学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)の岡本士毅助教(研究グループリーダー)、益崎裕章教授ら

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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