「マイ標本木」のすすめ 学校や家庭で季節の記録を残しませんか
先日、大阪城公園に行ってきました。様々な種類の木々が並び、大阪市民の憩いの場です。ちょうど今、木々の葉の色づきが鮮やかになっていました。
鳥や虫の鳴く声、季節ごとに異なる木々や花のようすを五感を使って感じたくて私もよく足を運ぶのですが、この公園にある植物は気象台の観測に利用されているものもあります。
全国の気象台・測候所では、植物や動物のようすを気象台周辺で観察し、季節の遅れ・進みを知る方法のひとつとして記録しています。これを「生物季節観測」と言います。
春になると「○○で平年より××日早く、サクラが開花しました」というニュースが伝えられます。それが生物季節観測の結果です。例えば植物の場合、各気象台で予め観測する木を何年もかけて下調べし、観測対象として選定します。これを「標本」と呼んでいて、木の場合には「標本木(ひょうほんぼく)」と呼んだりもします。(「標準木」と誤記されることがありますが、正しくは「標本木」です。)
気象台の構内にある場合が多いですが、気象台の近くの公園などにある植物から選ばれることもよくあります。サクラ(ソメイヨシノ)は、東京では靖国神社、大阪では大阪城公園西の丸庭園に植えられている木の中から標本木を選定しています。
なお、動物の場合は、大雑把に言えば「気象台の近所で今シーズン初めて、姿を見たり、鳴き声を聴いたり」した日を記録します。植物のように同じ場所にずっとあるものではないので、近所で「今季初めてツバメの姿を見た」や「アブラゼミの鳴き声を聴いた」など、一定のエリア内で観測が行われています。
生物季節観測の役割
冬になれば、気温は下がります。夏になれば、気温は上がります。○○℃という数字で観測されて、記録として永久保存されますが、数字だけでは必ずしも十分に季節感を伝えられるものではありません。ひと言で言えば「ピンと来ない」のです。
日々の生活のうえでは特にそうです。数字で言われるよりも「この春は、サクラの開花がいつもの年より10日も遅い」と言われれば、「今年は春の訪れがかなり遅いのだなぁ」と分かりやすく実感できます。
また、1日だけ暑い・寒い日があったとしても、植物は簡単にはだまされません。それまでの気温や日照時間などの変化を経て、開花や満開といった現象を起こします。そういった意味でも、「季節」という幅のある現象を把握するには適した観測方法なのです。
さらに、数十年分の記録があれば「気候の変化」もより理解しやすくなります。例えば、30年前の平均と今の平均とを比べることで、地域の気候はどう変化したか、昔に比べて冬は暖かくなったのか・寒くなったのかなど、生き物の営みを通して把握することもできるのです。
全国の気象台でまとまった生物季節観測の記録があるのは、1953年から。つまり、約60年ぶんの記録があることになり、地域ごとに時代時代の気候を比べるひとつの手段にもなります。生物季節観測の記録は、生活情報としてだけでなく気候の情報としても活用されているのです。
気象台では各季節ごとに、植物ならばサクラ、ノダフジ、アジサイ、イチョウ、カエデなど、動物ならばヒバリ、ツバメ、ホタル、トノサマガエル、クマゼミ、モズなど、地域ごとに差はあるものの、様々な生き物のようすが観測され、記録されています。
こうした生き物を対象にした観測は、私の知る限り、外国ではそれほど多くは耳にしません。四季折々の変化が豊かな日本だからこそ、広く行われている観測なのかもしれません。
観測地点が減っている
「花が咲く」「虫が鳴く」といった現象なので五感を使って観察することになるため、特別な観測機器は要りません。しかし一方で、人間がいなければ観測ができないものでもあります。
かつては全国に150か所ほどもあった気象庁の生物季節観測の地点は、測候所の廃止・無人化(公務員の削減)に伴って激減し、今では約60か所。半分以下にまで減っています。サクラのような社会的関心の高いものは、測候所の廃止後も地元観光協会やNPOなどに観測が引き継がれることもありますが、残念ながらそうでない所が多いようです。
今年(2013年)3月末で人間による目視観測が終了した舞鶴(旧・海洋気象台)では、3月25日にギリギリで「サクラの開花」は観測しましたが、観測期間中に「満開」には至りませんでした。
機械では分からない、人間の目視でしかできない観測が生物季節観測ですが、今では各府県に観測地点がひとつという程度まで、その数が減ってきているのです。
観測の立場からはとても残念なことなのですが、前述の通り、生物季節観測は特別な機器は必要ありません。つまり逆に言えば、誰でもその気になれば、簡単に観測記録を残せるものでもあるのです。
マイ標本木を決めて、季節の記録を残しませんか
家の近くの公園に、春になると美しい姿を見せてくれるサクラはありませんか? 秋になると鮮やかに黄色く色づくイチョウの木もあるかもしれません。一戸建てにお住まいの方なら、庭に植えられている木々の中にはウメやサルスベリなど、季節を知らせてくれる種類のものもありそうですね。
また、通勤通学や日々の買い物など家の近所で、若葉の季節になればツバメがスイ~ッと飛ぶ姿を目撃したり、真夏が近づけばセミの鳴き声を耳にしたりすることもあるでしょう。気象台の観測項目にはありませんが、クスノキの爽やかな香りや、キンモクセイの甘い香りにハッと気がついた経験もあるかもしれません。
こうした記録を毎年つけておくと、年が経つにつれて非常に貴重な、立派な観測記録・統計となります。日記をつけていらっしゃる方は、そこに書き加えるのも良いと思います。
気象台では、観測方法が定められた「生物季節観測指針」というマニュアルに則って観測をしていますが、難しいものではありません。「開花」の定義は5~6輪以上(サクラなど小さな花をつける植物)など、ちょっとしたコツがあるだけで、誰にでもできます。このやり方で記録をつければ、全国の正式な観測地点の記録とも同じように比較もできるのです。
また、ただ個人的に記録をつけるだけならば、この方法を厳密に守らなければならないというものでもないと私は思います。毎年記録をつけること、それをまとめておいて見比べられるようにすることのほうが、個人的な記録という意味では、観測の厳密さよりも重要に感じるからです。難しく考えず、気軽に始めてみませんか?
私も家の近所で、「クマゼミの初鳴」や「キンモクセイの初香」など観測を続けていて、古いものでは約6年ぶんの記録があります。まだまだ気象台の記録には及びませんが、それでも、「今年はここ数年のうちでは遅いな」とか「気象台の観測の数日後に、うちの近所でも観測することが多いな」とか、特徴も見えてきています。続ければ続けるほど、価値が高まり、面白くなってくるものです。
子どもたちの理科教育に活用を
マイ標本木・生物季節観測を私が強くオススメしたいのが、学校など教育の現場です。子どもたちの理科離れが叫ばれて久しいですが、自然観察の教育として生物季節観測が有効ではないでしょうか。
日々の理科の授業に組み込むのは容易でないにせよ、児童会・生徒会や科学クラブ・生物クラブなどの活動で、観察を続けて記録していくことが可能だと思います。都合の良いことに、学校の校庭には様々な種類の木が植えられていますね。しかも、サクラはどの学校にでもあると言っても良いくらいでしょう。
小学校に入学後、お兄さんお姉さんの指導を受けながら観察をし始めたら、卒業する時には6年ぶんの記録ができていて、それがまた次の世代に引き継がれていくのです。
こうした気象観測はすぐには成果が出ないので、どうしても敬遠されがちです。ただ、5年・10年と辛抱強く続ければ、先輩たちから受け継いできたその学校唯一の貴重な記録が出来上がっていることになります。
温暖化や都市化の影響を知るうえで、気象台のデータを利用して学ぶことはできます。でも、それはやはり「借り物」のデータです。もし自分たちで観察・記録した身近な地域のデータを利用できれば、子どもたちの心にどれだけ残ることだろう、と思えて仕方がありません。
学校の校庭には今でもよく「百葉箱」を見かけますが、温度計が入っておらず「もう使っていないよ」という学校も多いようです。一方で、校庭にサクラの木が無くなったという学校は少ないでしょう。サクラの花が咲いたか・セミの鳴き声が聴こえたかというのは、気温を日々記録するよりも、ある面では手軽にも思えます。
気象台・測候所に問い合わせて職員の方にアドバイスを求めたり、そこから派生して、温暖化や都市化の出前授業を相談したりするのも良いかもしれません。学校の先生方、いかがでしょうか?
(生物季節観測について)
・気象庁本庁の解説ページ
http://www.data.jma.go.jp/sakura/data/
・大阪管区気象台の生物季節観測のページ(開花・満開などの定義も掲載)