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イスタンブール銃撃テロで顕在化したウイグル系イスラーム過激派のインパクト:ISが結ぶトルコと中国

六辻彰二国際政治学者
ISに襲撃されたイスタンブールのナイトクラブ(2017.1.1)(写真:ロイター/アフロ)

1月1日、トルコ最大の都市イスタンブールにあるナイトクラブで、新年を祝うパーティが襲撃され、39人が殺害されました。翌2日、イスラーム過激派「イスラーム国」(IS)が犯行声明を発表。

5日、トルコ政府は逃走中の容疑者について、ウイグル人という見解を示し、何人かのウイグル人を拘束しました。さらに8日、この容疑者がウズベキスタン国籍であることが発表されました。ウイグル人は中央アジアのウズベキスタンやキルギスから、中国の新疆ウイグル自治区にかけて居住する民族で、そのほとんどがムスリムです。

今回のテロ事件は、トルコと中国がそれぞれ抱える問題を浮き彫りにしました。トルコと中国にとって、ウイグル問題は最大の対立点であると同時に、ウイグル系イスラーム過激派の活動が活発化することは、それぞれ全く別の意味ですが、両国の国際的な立場に大きな影響を及ぼすものとみられます。

ウイグル問題とは

中国の西の果て、中央アジアと隣接する地域にある新疆ウイグル自治区では、人口の約半数をウイグル人が占めます。その数は720万人を超えており、中国55の少数民族のうち、最大規模を誇ります。さらに、ウイグル人は1944年に「東トルキスタン共和国」として独立した経験をもちます。

しかし、1955年に正式に中華人民共和国に編入され、その後のこの地では、特に冷戦終結後、分離独立を求める動きが活発化し始めました(ウイグル問題の沿革についてはこちら)。これらの民族運動を中国政府は「国家分裂を図るテロリスト」と位置づけ、「厳打」と呼ばれる鎮圧で臨んできました

中国政府による厳しい取り締まりを受けて、独立派ウイグル人のなかには、アフガニスタンのタリバンやパキスタンのパキスタン・タリバン運動といったイスラーム過激派に参加する者も現れました。2014年6月に「建国」を宣言したISには、約300名のウイグル人が参加したとみられています

ダライ・ラマという絶対的な精神的支柱を備えたチベット人の運動と異なり、ウイグル人の運動は一本化されていません。海外に拠点をもつウイグル系団体のなかには、世俗的・民主的な国家の建設を目指すグループもありますが、国際テロ組織と結びつき、イスラーム国家建設を目指す動きもあります。

トルコと中国の対立軸としてのウイグル問題

ところで、中国政府によるウイグル人への「厳打」に対して、人権問題にやかましい欧米諸国より、批判的な姿勢を隠してこなかったのは、トルコでした以前にも述べたように、トルコと中国の関係は、この数年で急速に悪化しており、その大きな背景にはウイグル問題がありました。

ウイグル人の祖先は、8世紀までに新疆ウイグル自治区にまで移り住んでいたトルコ系の人々で、現在でもその言語や習慣はトルコに近いものがあります。そのため、トルコは歴史的にウイグル人たちに同情的で、実際に初の在外ウイグル人団体「東トルキスタン亡命者協会」は、1954年にイスタンブールで創設されました。

特に現在のエルドアン政権は、世俗主義を旨とする同国にありながらもイスラーム色が強い一方で、ナショナリズムを鼓舞する姿勢が顕著です。この「ネオ・オスマン主義」のもと、エルドアン政権は歴代政権と比べてもウイグル問題に熱心で、これが中国との軋轢に発展することも珍しくありませんでした

例えば、2009年7月、新疆ウイグル自治区最大の都市ウルムチで大規模なデモが発生し、治安部隊の鎮圧で184名が死亡した際、エルドアン氏は「虐殺」という強い言葉でこれを非難。両国間の緊張は一気に高まりました。その後、トルコでは中国人観光客が襲撃されるなどの事件も多発しています。

「ウイグル人による犯行」がトルコにもたらすインパクト

この背景のもと、発生したイスタンブール銃撃テロ事件は、その被害の大きさだけでなく、犯人がウイグル人だったことで、沈静化していたトルコと中国の間の緊張を高める効果もありました。

これに加えて、今回のテロは、トルコにとって大きく二つのインパクトをもたらしたといえます。

第一に、これは先に述べた通りですが、トルコがISの主たる標的の一つになったことです。

ISはこれまで、トルコでのテロ活動にほとんど犯行声明を出してきませんでした。そのISが敢えて犯行声明を出した背景には、トルコがIS封じ込めのカギになったことがあります。先述のように、トルコは「ネオ・オスマン主義」に基づいて周辺国への影響力を強めており、昨年12月末にはロシアとともにシリア和平を主導するなど、「スンニ派の大国」としての地位を固めつつあります。しかし、これはISにとって、トルコを公式に「攻撃すべき敵」と位置付ける契機になったといえます。その意味で、今後のトルコでは、これまで以上に、ISによるテロ事件が発生しやすくなっているといえるでしょう。

第二に、ここでの文脈においてより重要なことは、これまでの「ウイグル擁護」がトルコにとって、裏目に出たということです。

特に冷戦終結後、トルコは民族的な結びつきを拠り所に、新疆ウイグル自治区だけでなく、ウズベキスタンやキルギスなどへも、「世俗主義とイスラームが融合したトルコ的国家システム」の輸出を試みるなど、アプローチを強めてきました。その結果、これらの国との往来は盛んで、中国を逃れたウイグル独立派も、ウズベキスタンキルギスで偽造パスポートを入手してトルコに入国しているとみられます。これはトルコにとって、民族運動への協力を通じて自らの影響力を増す手段だったといえます

しかし、当初は民族主義的な運動だったウイグル独立派の一部には、イスラーム過激派の影響が浸透してきています。イスラーム過激派のイデオロギーに傾倒したウイグル人にとって、民族的に近く、多少の義理があったとしても、トルコは「正しいイスラーム」からの逸脱に他ならず、とりわけエルドアン政権がIS包囲網において中心的な役割を担うようになったとなれば、なおさらです。つまり、少なくとも結果的に、トルコは自ら「敵」を招き寄せていたことになるのです。これに鑑みれば、今回の事件に象徴されるように、ウイグル系イスラーム過激派の活動が活発になることは、トルコにウイグル支援のあり方を再考させる要因になるとみられます。

中国にとってのインパクト

一方で、今回のテロは、中国にとっても、小さくないインパクトを持ちました。

とりわけ重要なことは、「テロリスト輩出国」とラベリングされるリスクが、これまで以上に高まったことです。

テロ活動を容認することはできません。しかし、テロを教条的なイデオロギーや個人の資質に矮小化することもできず、「貧困がテロの温床になる」という言葉に表されるように、貧困、格差、差別、抑圧などの不公正など、それを生み出す社会的土壌を無視できないことも確かです。これに鑑みれば、例えばISに世界中から1万5000〜2万人もの外国人戦闘員が集まったことは、彼らを輩出する国における不公正が、その国自身にとどまらず、グローバルな問題あるいは脅威になったことを示すといえるでしょう。

つまり、専制君主制の下で政治活動が極めて制限されているペルシャ湾岸諸国や、普遍的な人権が強調されながらもムスリムへの差別的な扱いが蔓延している欧米諸国のように、テロリストが多数生まれている国は、海外から「社会のあり方に問題がある」と非難されやすくなります。テロリストを数多く輩出することは、もともと敵対しがちな国に、非難の余地を与えることになるのです。

中国は国営メディアでも再三これらの国を、「テロリストを生み出す国=不公正が蔓延している国」として批判してきました。つまり、中国は米国や湾岸諸国などの暗部を批判することで、自らの国際的な立場を相対的に向上させようとしてきたといえます。

その中国にとって、ウイグル人が海外でテロ活動に関わることは、これまで自らが放ってきた、「テロリスト輩出国自身の問題」という批判が、海外から飛んでくることを意味します。さらに、チベット問題などとともに、ウイグル問題に関して欧米諸国から「人権侵害」という批判が寄せられても、それが国内問題である限りは、中国も「内政不干渉」を盾に、これを突っぱねることができましたが、国民が海外でテロ活動にかかわっているとなれは、話は別です。実際、今回のテロ事件以前から、ヨーロッパではすでに「中国人(中国籍のウイグル人)によるテロ活動」に警鐘をならす専門家もありました

この観点からすると、中国メディアで、今回の事件に関して「ウイグル人の関与」が浮上した時にこれに対する懐疑的な論調が目立ったことも、トルコ当局が犯人を「ウズベキスタンのパスポートをもっていた」と発表した時にそれを極めて簡単にそれを伝えて、それ以降この件についてほとんど取り上げられなかったことも、不思議ではありません(ただし、先述のように、中国を脱出してウズベキスタンやキルギスで違法パスポートを入手してトルコに入国するウイグル人が多いため、ウズベキスタンのパスポートを所持していたとしても、「本当に」ウズベキスタン人かどうかは不明のまま)。つまり、犯人がウズベキスタン人であることを伝えて、「中国内のイスラーム問題」にこれ以上の飛び火がないように、幕引きを図ったといえるでしょう。

こうしてみたとき、今回のテロ活動は、トルコと中国の両国関係だけでなく、それぞれの国際的な立場にとって、小さくないインパクトをもたらしたといえます。

今後、トルコが「スンニ派の大国」として振る舞うことも、中国を脱出したウイグル人が海外でイスラーム過激派に加わることも、増えこそすれ減ることはないと見込まれます。つまり、両国にとって、今回の事件は一つの通過点に過ぎず、ウイグル系イスラーム過激派の動向は、今後ますます両国にとって深刻な問題になると見込まれるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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