子どもたちを「数学ぎらい」にしてしまった学校での教え方は、日本の教育を象徴している
「数学ぎらい」、ごく当然のように受け取られている。むしろ、「数学が好き」と言ったりすれば、「そうとう成績が良い子」とか、はたまた「変人」とみられてしまいかねない。かくも日本は数学ぎらいで満ちている。しかし、そうなるには学校での教え方に、そもそもの原因があった。
|点数は取れても数学ぎらいの子どもたち
「数学ぎらいな子が多いのは、点数さえ取れればいいという教え方を学校でしてきたからです」と言うのは、桜美林大学リベラルアーツ学群の芳沢光雄教授である。
国際教育到達度評価学会(IEA)が4年ごとに、39ヶ国・地域の中学2年生を対象に行われているのが「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)」である。その2019年調査結果によれば、日本は4位の順位をおさめている。上位クラスの成績というわけだ。
その一方で、「数学の勉強は楽しい」と答えた割合は56%である。参加国・地域の平均が70%であることに比べれば、かなり低いレベルというしかない。つまり日本の中学2年生は、「点数は取れるけれども、数学の勉強は楽しくない」とおもっている傾向が強いことになる。芳沢教授の言うように、そういう教育を学校でしてきた結果でしかない。
なぜ、好きではないのだろうか。その疑問に、芳沢教授が次のように答えた。
「数学っていうのは、『分かった』という感動があってこそ楽しいし、好きにもなる。日本の学校での教え方は、クイズで答を当てるようなものにしかなっていない。ほんとうは分かっていなくても、ただ答が合っていれば良いとしている。理解させるのではなくて、やり方を暗記させるだけの教え方でしかないからです。それで楽しいはずがないし、必要がなくなれば、試験が終われば、大学生になれば、すぐに忘れてしまう」
|なぜ嫌いになるのか
芳沢教授は最近、『AI時代に生きる数学力の鍛え方-思考力を高める学びとは-』(東洋経済新報社)を上述している。そこに載せられている「4x-6=x+9」という方程式を、あなたならどのようにして答を導くだろうか。数学とは関係が薄い学部では、この問題に躓く大学生が少なくないという。
大半の人は、次のような式に置き換えて答を導くのではないだろうか。
4x-x=9+6
3x=15
x=5
こういう解き方になるのは、「右辺と左辺で揃えるために移行するが、移行のときには記号が変わる」という「やり方を暗記」しているからである。なぜ変わるのか、大事なところが疎かにされている。大事なところが疎かにされているから、おもしろくないし、必要がなくなれば「やり方」まで忘れてしまうのだ。
この問題の解き方について芳沢教授は著書で、最初の式のあとには次のように続くと記されている。
4x-6+6=x+9+6
4x=x+9+6
4x-x=x-x+9+6
4x-x=9+6
3x=15
x=5
揃えるために「動かす」のではなく、不必要なものを消していく。左辺の「-6」を消すためには6を加える。左辺と右辺は=なのだから、左辺に加えたものは右辺にも加えなければならない。これなら、「理解」できないだろうか。
上記のような教え方をしている教員もいないわけではないが、そこに重点が置かれるわけではなくて、「やり方を覚えろ」となってしまう。「理解」よりも「やり方の暗記」が日本の学校では重視されているのだ。これをはじめとする豊富な実例で、暗記数学の弊害を芳沢氏は著書で説明している。
|世界の非常識でしかない日本の数学教育
「数学は理解する科目なんだから、それを軽視して暗記に走らせれば楽しいはずがない。証明問題にしても、きちんと理解して証明してこそ分かるし、楽しくなる。ところが日本では、証明問題までを穴埋め式で答えさせている。暗記を試験しているにすぎない。『日本の常識は世界の非常識』でしかない」
理解できて楽しい数学を広めるために芳沢教授はボランティア授業や出前授業も実践しているが、なかなか広まらないのが現実だという。点数を取るには暗記数学のほうが手っ取り早いからのだろう。その点数だけを求めるのが日本の教育である。
点数は取れても楽しくない数学の授業が続いていけば、ほんとうの意味での学力にはならない。すぐに忘れてしまうだけのものでしかなく、知識も考え方も身につかない。「何のための勉強だったのか?」ということになる。
ほんとうの意味での学力低下は進行し、実は深刻な状況なのかもしれない。数学の教え方は、本質的なところから問いなおされなければならないようだ。