トランプ政権下で実は「脱炭素」が怒涛の勢いで進んでいた
気候変動問題に取り組む国際枠組み「パリ協定」から脱退するなど、国内の石油・石炭産業を保護するため、世界的な「脱炭素」の流れに背を向け続けたトランプ米大統領。ところが、米国ではこの間、実際には脱炭素の動きが怒涛の勢いで進んでいた。化石燃料に依存する経済からの脱却を掲げるバイデン新大統領の登場で、脱炭素の流れはさらに加速しそうだ。
全米最大の石炭州が脱炭素へ
全米一の石炭産出量を誇るワイオミング州。そのワイオミング州最大の電力会社パシフィコープ(本社オレゴン州)は昨秋、ワイオミング州内に所有する複数の石炭火力発電所を順次閉鎖し、代わりに風力発電と太陽光発電の設備を増強して再生可能エネルギーによる発電量を大幅に増やす計画を発表した。
計画は炭鉱労働者や石炭産業を支持基盤とする政治家らの猛反発を招き、州政府の「公共サービス委員会」が、計画内容の精査に乗り出す事態となった。
大統領選挙の投票日まで1カ月を切った先月8日、委員会は調査結果を発表。同計画が、発電所の閉鎖を決める前に原子力発電所の建設や二酸化炭素の排出量を抑える装置の導入を検討しなかったことなどを批判すると同時に、計画書に経済影響評価を加えることなどを求めた。だが、計画自体には反対せず、州がパシフィコープの事業計画にお墨付きを与える形となった。
発電量は9年間で30倍
ワイオミング州の事例は、けっして例外ではない。環境問題に取り組む非営利組織「Environment America」がこのほどまとめた報告書を見ると、この約10年の間に、米国でいかに脱炭素の動きが勢いよく広がったかが、よくわかる。
例えば、再生エネの中で最大のシェアを占める風力発電は、2010年から2019年の間に発電量が3倍となり、2019年の発電量は約30万GWh(ギガワット時)に達した。総発電量に占める割合も2%から7%に上昇。増加の勢いはトランプ大統領就任後も変わらず、就任前年の2016年と2019年を比べると、発電量は3割も増えている。
風力発電以上に伸びているのが太陽光発電だ。発電量は9年間で約30倍となり、2019年の発電量は11万GWh弱。総発電量に占める割合も0.1%未満から2.6%に拡大した。2016年から2019年の間の伸びは約2倍と、やはりトランプ大統領の下でも高成長が続いている。
地熱発電やバイオマス発電など、他の再生エネも加えると、再生エネ発電量は全発電量の10%に達している。
流れの中心は「赤い州」
この割合は、ドイツの30.5%、英国の約27.9%など、脱炭素で先行する欧州の多くの国と比較すると依然、大きな開きがあるが、8.1%の日本よりは上だ(独英日の数値は資源エネルギー庁調べ、いずれも2017年時点、水力発電を除く)。
注目すべきは、脱炭素の流れの中心が、環境意識の高い民主党支持者が多く住む、いわゆる「ブルー・ステート(青い州)」でなく、トランプ支持者の多い「レッド・ステート(赤い州)」であることだ。
例えば、2010年から2019年の間に風力発電量が最も増えた5州を上から並べると、テキサス、オクラホマ、カンザス、アイオワ、イリノイの順。5位のイリノイを除く4州は、先日の大統領選でトランプ氏が勝利したレッド・ステートだ。
州の電力消費量に占める風力と太陽光を合わせた発電量の割合でも、トップ5のカンザス、アイオワ、ノースダコタ、オクラホマ、ニューメキシコのうち、4位までは、やはりレッド・ステート。しかも上位3州は、割合が5割を超えるなど、再生エネがすでに主力電源となっている。
脱炭素が目立つ州の中には、経済を化石燃料に依存している州も多い。例えば、原油産出量トップ5は、テキサス、ノースダコタ、ニューメキシコ、オクラホマ、コロラドだが、再生エネの先進州とかなり重なっている。冒頭で紹介したワイオミングは、石炭産出量トップだ。
雇用の受け皿に
レッド・ステートで脱炭素が進んでいるのは、再生エネの推進に有利な自然環境が整っていることもあるが、技術革新や市場の拡大などで再生エネ発電コストが相対的に下がっていることや、企業の環境問題に取り組む姿勢に対する投資家や消費者の目が厳しくなっていることも、大きな理由だ。
さらには、再生エネ産業が新たな雇用の受け皿となっており、脱炭素が加速する背景となっている。
実際、米労働省の「最も成長している職業」ランキングによると、2019年から2029年の10年間で雇用の伸びが最も大きいと予想される職業の1位は、風力発電設備の設置や管理にかかわる技術者だ。2位の上級看護師を挟み、3位には太陽光発電設備の設置・管理技術者がランクインするなど、トップ3のうち2つを再生エネ産業が占めている。
トランプ大統領は自らの再選を懸けて石油・石炭産業を守ろうとしたが、世界的な流れには勝てなかったようだ。