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代替肉、米国で強烈な逆風 「サステナブル」イメージに疑念 「社会の分断に巻き込まれた」との指摘も

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:ロイター/アフロ)

サステナブルなイメージで注目を集めてきた植物肉や培養肉などの代替肉が、その発祥の地とも言える米国で、大苦戦を強いられたり激しいバッシングにあったりしている。一体、何が起きているのか。

赤字続きで、株価も低迷

代替肉大手ビヨンド・ミートが8日に発表した2024年1-3 月期の決算は、売上高が前年同期比18%の減少、最終損益は5440万ドル(1ドル=150円で約82億円)の赤字だった。2023年も1年を通して3億3800万ドル(同約507億円)の赤字だった。

2009年創業の同社はエンドウ豆などを主原料とする植物由来の代替肉を開発し、一躍脚光を浴びた。

折しも米国では、本物の肉、特に牛肉に強烈な逆風が吹き始めていた。環境面では、牛のげっぷに含まれるメタンガスが地球温暖化の元凶だとして、牛肉の消費量を減らすべきだという論調が目立ち始めた。健康面では、世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関が2015年、牛肉や豚肉など「赤身肉」は「人に対しておそらく発がん性がある」と発表したことなどを受け、「肉=健康に悪い」というイメージが強まった。

ビヨンド・ミートへの注目度は一気に高まり、2019年の株式公開では予想を上回る高値を付け、2008年のリーマン・ショック以降「最も成功した株式公開」ともて囃された。

ところがその後、多くの期待に反して売り上げが伸び悩んだ。株価も急落し、そのまま長期低迷。株価指数が史上最高値を更新する中、「蚊帳の外」状態だ。

パッケージの色を変えて出直し

2011年設立で、ビヨンド・ミートのライバルと目されてきた植物肉大手のインポッシブル・フーズも苦戦を強いられている模様だ。

未上場のため詳しい財務状況は不明だが、2021年と言われていた株式公開は、いまだに実施されていない。一昨年から昨年にかけてはリストラの報道が相次いだ。今年、商品パッケージの基調の色を、環境をイメージする緑から肉をイメージする赤にガラッと変えたことも、「出直しを図った」と受け止められている。

コロラド州を拠点とする農業信用組合のコバンクは2023年8月にまとめた代替肉市場に関する報告書の中で、「植物由来の代替肉市場は初期の拡大期が終了した。売上高は2020年がピークで、市場は転換点を迎えている」と述べている。

失速の理由は、普通の肉より割高なことに加え、企業側が喧伝するサステナブル・イメージや健康イメージと、消費者が抱くイメージとの間にギャップがあることが大きいと多くの調査機関やメディアは指摘する。

結局、超加工食品との指摘

例えば、インポッシブル・フーズは大豆に含まれる化合物「ヘム」を遺伝子組み換え技術によって培養したものを主原料にしている。遺伝子組み換え食品を避ける消費者は米国でも多い。それを意識してか、同社はこれまで消費者が直接商品を手にする小売店ではなく、外食産業への販売を重視する戦略をとってきた。

ビヨンド・ミートは遺伝子組み換え技術は使っていないが、代わりに多くの種類の原材料や食品添加物を使っている。有力紙ワシントン・ポストは「植物肉は結局、多くの原材料からなる超加工食品だ。超加工食品に対しては肥満や不健康というネガティブなイメージを抱く消費者が多い」と人気失速の原因を指摘する。

実際、超加工食品に関しては健康への悪影響を示唆する研究論文や報道がこのところ相次いでおり、植物肉のイメージに影響を与えた可能性がある。

コンサルティング大手デロイトの調査によると、植物肉は本物の肉より健康によいと考える消費者の割合は2021年の68%から2022年は60%に低下した。環境によりよいと考える消費者も70%から65%に減少。消費者の半数以上は依然、植物肉は健康や環境によりよいと思っているものの、それに疑念を抱く消費者が増えているのも事実のようだ。

今月初めに筆者がサンフランシスコ市内の中華料理店で食べた、インポッシブル・フーズ製の肉で作った「インポッシブル点心」。メニューにその旨が説明されていた(筆者撮影)
今月初めに筆者がサンフランシスコ市内の中華料理店で食べた、インポッシブル・フーズ製の肉で作った「インポッシブル点心」。メニューにその旨が説明されていた(筆者撮影)

温室効果が普通の牛肉の25倍

動物の可食部の細胞を培養して作る培養肉も、そのサステナブルなイメージに疑いが持たれ始めている。

カリフォルニア大学デービス校の研究チームは昨年発表した論文で、医薬品の製造に用いられる高度なバイオ技術で生産される現在の培養肉は、温室効果の程度を数値化した地球温暖化係数(GWP)が、普通の牛肉に比べて最大25倍も高いと指摘した。同チームは、「培養肉はサステナブル」と言えるようにするためには、エネルギー消費量の小さい食品製造用の培養技術を開発する必要があると述べている。

より具体的な逆風も吹き始めた。

フロリダ州など販売禁止に

フロリダ州でこのほど、培養肉の生産・販売を禁止する州法が成立した。ロン・デサンティス知事が1日、法案に署名した。培養肉を禁止するのは同州が初めて。7日には、アラバマ州でも同様の州法が成立した。

背景にあるのは畜産業界の強い危機感だ。ワシントン・ポストは、州の動きは「伝統的な食肉生産者がこれらの新製品に市場シェアを奪われることを恐れていることの表れ」と報じた。

同紙によると、2018年以降、少なくとも十数州で、植物由来の原材料や研究室で製造された肉から作られたハンバーガーやソーセージを「肉」と表示することを違法とする法案が議会で可決された。モンタナ州やテキサス州などでは、培養肉は商品パッケージにそう表示するよう義務付けた。

米社会分断を反映

ただ、フロリダ州やアラバマ州のさらに踏み込んだ規制は、「肉問題」が、環境問題や中絶問題と同様、米社会の分断を利用して政治的な得点を稼ごうとする勢力のたくらみに巻き込まれた結果と指摘する専門家もいる。

実際、デサンティス知事は法案署名後に出した声明の中で、世界経済フォーラムが温室効果ガス排出削減などのために肉の消費を控えるよう世界に呼び掛けていることを念頭に、「フロリダ州は今、世界のエリートたちが彼らの権威主義的な目的をかなえるため、シャーレで育てた肉や昆虫を世界の人々に強制的に食べさせる計画に、反撃している」と政治色の強い表現を使った。

デサンティス氏は環境や中絶、LGBTQの問題でも保守派を強く意識した政策を推進しており、一時は今年の大統領選における共和党の有力候補者だった。

これに対し、2018年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏はオピニオンコラムニストを務めるニューヨーク・タイムズ紙への寄稿の中で、「フロリダの新しい州法は、今日の米国の保守主義が、排他的資本主義、文化戦争、陰謀論化、科学の否定の融合の上に成り立っていることを示す完璧な例だ」と述べ、培養肉禁止の背景に政治的な思惑があることを批判的に示唆した。

業界の懸念は続く

同様の議論は、植物肉に関しても起きている。2022年、保守的なテネシー州を拠点とするレストラン・チェーンがインポッシブル・フーズ製の「インポッシブル・ソーセージ」をメニューに加えようとしたところ、「woke(ウォーク)」との批判が相次いだ。

ウォークはもともと、人種差別や性差別など社会的不公正に対する意識が高い人を指す言葉だが、最近は保守派がリベラル派を批判したり揶揄したりする際に使うようになり、米社会の分断を象徴する言葉となっている。

今秋の大統領選を控え、あるいは大統領選後も、米社会の分断はより深まる恐れがあるだけに、関係者は気が気でないに違いない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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