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大番狂わせはなぜ起きた? 内山高志の対抗王者だった4階級制覇王者マイキー・ガルシアの顛末

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ガルシア-マルティン(写真:Malina Pizano/Matchroom)

無名の欧州王者に敗れる波乱

 「私が3ジャッジのスコアカードでリードしていたと思った。彼は私を負かせていない。でもジャッジたちの見方は違った。私はずっと前進を続けたし、彼はリングを動き回っていただけだから勝利に十分値すると思っていた。私が試合をコントロールした。これが現実だと受け止めるけど、間違いなくリマッチだ」

 こう言い残してぶ然とした表情でリングを降りたのが、メキシコ系米国人で複数階級王者だったマイキー・ガルシア。フェザー級を皮切りにスーパーフェザー級、ライト級、スーパーライト級の4階級を制覇したつわものだ。5階級目を狙って現IBF・WBC統一ウェルター級王者エロール・スペンスJr.(米)に挑戦し大差の判定負けを喫したが、識者によってはまだパウンド・フォー・パウンド・ランキングに彼を入れる者もいる。

 しかしガルシア(33歳)が欧州スーパーライト級王者サンドロ・マルティン(スペイン)に2-0のマジョリティー・デシジョン(2ジャッジが97-93、もう一人は95-95)で敗れる波乱が起こった。試合前のオッズは20-1でガルシア有利と出ていただけに大番狂わせと言っていいだろう。

 試合は16日(日本時間17日)米国カリフォルニア州フレズノのチュクチャンシ・パークで行われた。野外会場に8千人のファンが集まり、イベントは盛況だった。同州出身のガルシアには準ホームタウン登場とも言うべき設定ながら非情な結果が下った。米国メディアのほとんどはマルティン(27歳)が明白な勝利を得たとみている。中には99-91でマルティンの勝利と記す記者もいるほどだ。

負けるべくして負けた?

 ただ個人的にはスペイン人の完勝には映らなかった。ガルシアのコメントにあるようにマルティンはフットワークを駆使して距離を取り、いくつかのラウンドでサウスポースタイルから左ストレートを決めただけのように感じられた。アグレッシブに対処したのはガルシアで、何度か連打でマルティンをロープへ詰める場面があった。採点の仕方によっては判定が逆に出ていても不思議ではなかったと思う。

 それでもガルシアは負けるべくして負けた――と思えてならない。極端な話、ノックアウトするかストップ勝ちするしか勝利をつかむ手段はなかったのかもしれない。それはどうしてか?

 私はこれまで2度、直接ガルシアにインタビューしている。2回とも専門誌からの依頼で行ったが、自分自身でもガルシアには少なからず入れ込んでいた。ライト級王者に就くまでの強さは抜きんでていたと思う。「万能型」という言葉で表現するのは適切ではないかもしれないが、各ファクターが素晴らしく、とりわけカウンターの的確さとタイミングが印象的だった。

 最初に彼に会ったのはWBOスーパーフェザー級王者時代。当時のWBAスーパーチャンピオン、内山高志と統一戦が浮上していた。しかしガルシアは2年半にも及ぶブランクをつくってしまう。契約していた米国興行大手トップランク社とのトラブルが原因だった。復帰後WBCライト級王者に就き、IBF王座も統一。途中IBFスーパーライト王座を獲得し4階級を制覇した実績から「全盛期を無駄に過ごした」とは言えない。しかし現在の彼は純粋なボクサーと見なすよりもビジネスマンの印象が濃くなった。

ビジネスマンに徹する

 2度目のインタビューを申し込んだ時、最初「これから遠くへ飛んで試合の交渉が待っているから後日にしてくれ」と断りが入った。映画の「ロッキー」シリーズやモハメド・アリの伝記映画などで、選手がマネジャーやプロモーターとオフィスで話し込むシーンを私は想像した。プロフェッショナルボクサーとはジムで練習に励むだけではないと。同時にジムで切磋琢磨するよりもビッグマッチを成立させるための交渉に比重が移った様子がうかがえた。

 だからといって、ガルシアが実兄ロバート・ガルシア(元IBFジュニアライト級王者)とのトレーニングを疎かにしたことはないだろう。だが彼が全階級随一の強豪が集結し、高額なファイトマネーが期待できるウェルター級に執着する姿勢やマニー・パッキアオとの対決に固執した事実は見逃せない。インタビューが実現した時、「私は誰にも拘束されない。試合ごとに好条件を提示するプロモーターと組む」と彼は自信満々、語っていた。自分が売り手市場にいると言いたげだった。

 “交渉人マイキー”はその後、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)のイベントで2試合、前回2020年2月の元WBOウェルター級王者ジェシー・バルガス(米)戦と今回のマルティン戦はマッチルーム・ボクシング&ストリーミング配信DAZNのイベントでリングに上がった。バルガスとのメキシコ系米国人対決は中盤にダウンを奪って3-0判定勝ちしたが、仕留めに行かない姿勢や詰めの甘さが目立った。まずは快勝に見えたが、ジャッジの一人は114-113と1点差。今回の試合の伏線だったような気がしてならない。

パッキアオ戦は破談

 それから20ヵ月ぶりの試合。コロナパンデミックがリングから遠ざかった一因に違いない。だがこの間のガルシアは明らかに自分自身を売り込むビジネスマンに徹した。しかしパッキアオ戦はドバイで締結寸前だったと言われるが、交渉は成立しなかった。パッキアオはスペンス戦を選択し、スペンスの眼疾で代役のヨルデニス・ウガス(キューバ)がパッキアオの最終戦の相手を務めた。

試合のバナーまで作成されたパッキアオ-ガルシア戦(boxing247.com)
試合のバナーまで作成されたパッキアオ-ガルシア戦(boxing247.com)

 もしガルシアがビッグイベントにこだわらず、自身を見つめ直しキャリアを進めるならば、スーパーライト級に戻って再度チャレンジすべきではなかったか。マルティン戦はスーパーライト級とウェルター級の間の145ポンド(65.77キロ)契約の10回戦として行われた。最初は前WBAスーパーライト級王者レジス・プログレイス(米)が対戦候補だった。プログレイスは現在スーパーライト級の4団体統一王者ジョシュ・テイラー(英)とWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)決勝で接戦を演じた強豪。ガルシア戦はファン垂涎カードだったが、これも締結に至らなかった。

 マルティンに勝っていればプログレイス戦が再度話題になるはずだった。しかしガルシアの敗北後プログレイスは「マイキーとの試合は実現しない」ときっぱりと否定している。一時はノニト・ドネアをはじめ、最近次々と有望選手と契約を交わしているプロモート会社「プロべラム」を設立したリチャード・シェーファー氏との関係も深かったガルシア。八方美人的な行動のツケが今回、回ってきたのではないか。密室での“事務ワーク”が思わぬ結果を生んでしまった。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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