ハリルホジッチ氏の名誉を回復するために 「通訳の兄」がメディアで発信する理由
「ハリルのやるサッカーにすべてを服従して(代表に)選ばれていく、そのことの方が僕は恥ずかしいと思っているので」
NHKで5月14日に放映された『プロフェッショナル 仕事の流儀』の中で、日本代表の本田圭佑はこのように発言している。もしヴァイッド・ハリルホジッチ前監督が解任されていなかったら、果たして番組ディレクターはこのコメントをそのまま流しただろうか? いくら本田とはいえ、チームの根幹を揺るがしかねない選手個人の発言が、必要以上にクローズアップされることに、どうしても恣意的なものを感じてしまう。
ハリルホジッチ氏が、4月27日に記者クラブで行った会見に関する報道についても「恨み節」とか「私への敬意がない」といった見出しが踊り、TVニュースでも前監督を「感情的で言い訳がましい(だから解任もやむなし)」という見せ方の映像が目についた。さらにひどいケースでは、ハリルホジッチ氏が再来日した際、通訳が感極まった場面を捉えて、笑いのネタにするバラエティ番組もあった。
そんなメディアの現状に対して、ひとり異議申し立てをしている人物がいる。樋渡類(ひわたし・るい)氏は、ハリルホジッチ氏の通訳だった群(ぐん)氏の兄に当たる。当人はサッカー経験者ではあるものの、専門家でもなければジャーナリストでもない。そんな彼が『Mr.サンデー』(フジ)、そして『グッド!モーニング』(テレ朝)の取材に相次いで応じたのはなぜか。ご本人に話を聞くと「ハリルホジッチさんの名誉を回復したいからです」という明快な答えが返ってきた。
「最初の取材依頼は『ハリルホジッチ氏が再来日した際、空港で出迎えた弟さんが涙を流した理由を知りたい』というものでした。その時点で、すでに弟からは理由を聞いていましたが、世間で推測された中に『ハリルホジッチさんの人柄や、日本への深い愛情を感じたから』という観点が完全に抜けていました。そうした報道を是正するには、弟本人が難しければ、私から説明すべきだろうという責任感が沸いてきました。つまり、弟への誤解や揶揄を止めたいという気持ちも多少はありましたが、それ以上に『ハリルホジッチさんの名誉回復のために』という思いがありました」
弟の群氏は、代表チーム通訳としての任は解かれたものの、今もJFA(日本サッカー協会)のスタッフであり、本件に関して直接コメントすることは立場上難しい。だからこそ類氏は、メディアの取材に応じたわけだが「私は弟の代弁をしているわけではないんです。そこは誤解のないように」と念押しする。
「私は通訳の家族として、ハリルホジッチさんと直接の親交を持っていました。彼の日本における友人のひとりとして、フランスでもボスニア・ヘルツェゴビナでも受勲されるような立派な方であるという一面を、もっと皆さんに知ってもらいたいと考えています。またハリルホジッチさんは、日本のサッカーファン、そして日本でサッカーをする子供たちの未来のために尽力してくれていた人格者でもあります。解任の妥当性や理由がどうであれ、そのような人物を歪んだ報道で貶めることは、まったく許されることではありませんから」
TV出演をきっかけに、類さんは新たなtwitterアカウントを作った。そして、複数のサッカーライターやオピニオンリーダーとの連携を模索している。突然の解任が報じられた直後、大手メディアが「解任やむなし」の流れに傾く中、ネットでの論調はかなり違ったものに感じられたと類氏は語る。
「解任が報じられた直後、ネットで情報収集していた範囲では、サッカーライターやコアなサッカーファンの多くが、問題点を十分に理解されているんだなと感じました。twitterアカウントを作って、影響力がありそうな人たちに拡散もお願いしたり、すべてのリプライを返したりしたのは、そういった思いを同じくする方々との連帯感を持っておきたかったからです。私が求めているのは、ハリルホジッチさんの人間性や仕事内容が、過不足なく認められること。もちろん今の日本では、かなり難しいということも理解しています。ですが、心あるライターさんやファンの人たちを中心に、ハリルホジッチさんが日本に残したかったものが、いつか再評価されることを期待したいですね」
名誉回復を求める戦いは今後も続く。当のハリルホジッチ氏も、弁護士を通じてJFAに質問状を送付し、回答次第では訴訟を起こす意向であることが報じられていた。最後に、この件についても類氏に聞いてみた。
「ハリルホジッチさん側が求めているのは、『解任理由の説明』と『解任決定の手続きの妥当性』です。それらについては明らかにされてほしいですし、それが日本サッカーの将来のためになるとも考えています。JFAは公益認定を受けている財団法人ですので、常に社会に対してオープンな組織であることが必要。もちろん、失敗も含めてです。JFAによる代表監督へのサポートが途中から不足していたこと、そして代表チームに対する方針がブレたことなどは、多くのジャーナリストが指摘するところです。それらが事実であれば、潔く認めて今後の改善を約束し、実行していくことこそが、公益財団法人の責務ではないでしょうか」
なお、樋渡類氏へのインタビューの完全版を、有料ウェブマガジン『宇都宮徹壱WM』にて、5月17日と18日に掲載予定。この中で類氏は、家族ぐるみでのハリルホジッチ氏との絆や、解任報道をめぐるメディア・リテラシーの問題についても興味深い言及をしている。こちらも是非、ご覧いただきたい。
※写真はすべて著者撮影