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現代のKOアーティスト、“タンク”・デービスは“米リングの新たな顔”となるのか

杉浦大介スポーツライター
Esther Lin/Premier Boxing Champions

6月15日 ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

WBA世界ライト級タイトル戦

王者/3階級制覇王者

ジャーボンテ・“タンク”・デービス(アメリカ/29歳/30-0, 28KOs) 

8回KO

挑戦者

フランク・マーティン(アメリカ/29歳/18-1, 12KOs)

不可避の結末は8回に訪れる

 瞬間、MGMグランドガーデン・アリーナに充満したエネルギーが爆発したような錯覚を受けた。“タンク”の愛称で親しまれる人気王者の破壊的なKO劇。端的に言って、13.249人の大観衆はこの一瞬を共有するために集まったのだろう。

 「序盤は適切な距離を測っていた。(マーティンは)悪くないジャブを持っていたし、よく動いていた。だから徐々に崩していったんだ。彼の倒れ方を見て、もう立ってこないことはわかった」

 試合後のデービスはそう述べていたが、実際にこのKOシーンに至るまで、前半戦はマーティンの頑張りも目立った。ガードをしっかりと上げ、集中し、特に3ラウンドまではやや逃げ腰ながらも必死でアウトボクシングを完遂。必ずしも手数が多いわけではないデービスは比較的ラウンドを取りこぼすタイプの選手だが、今戦でも3人のジャッジは3回まですべてのラウンドをマーティンに与えていた。

 ただ、挑戦者が懸命の抵抗を続けている間も、最終的にデービスが仕留めるであろうという予感が常に漂っていたのは事実である。 

Esther Lin/Premier Boxing Champions
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 パワーには雲泥の差があり、序盤を終えてマーティンには自身にダメージを与えるパンチがないとデービスが確信した時点でほぼ勝負あり。6回以降は左を何度も打ち込んだデービスの一方的な流れとなり、だとすれば8回のKO劇ももう“inevitable(不可避)”なものだった。

 繰り返しになるが、この試合が盛り上がったのはマーティンの健闘があればこそだった。それでも最後はやはり主役が主役らしい結末を演出したことで、舞台は引き締まった。デービスが14ヶ月ぶりのリングでも名演を飾ったことで、ラスベガスのシアターは誰もが納得する形でのフィナーレとなったのである。

業界の看板の系譜を継ぐ王者

 今回の興行の注目ポイントの1つは、“タンク”がどのような形で“ベガスの顔”を務め上げるかだった。サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)のキャリアも終盤に入ったように思える今、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー(ともにアメリカ)、マニー・パッキャオ(比国)、カネロらが脈々と受け継いできた米リングの看板の役目を誰かが引き継がなければならない。

 現代のボクサーたちの中でその候補を挙げるなら、特に黒人層に圧倒的な人気を誇る“タンク”が最右翼なのではないか。 

 奇しくもマーティンとのタイトル戦はMGMグランドガーデン・アリーナで挙行される通算100度目の記念興行だった。MGMには多くのメモラビリアが展示され、ほとんど祝祭のよう。そのメインにデービスが抜擢されたことは、やはり単なる偶然とは思えなかったのである。

 「多くのレジェンドたちが戦ったこの場所に立てることに感謝している。とても特別なことだ」

 デービスも珍しく殊勝にそう述べていたが、実際に6月15日、現代のKOアーティストは“新たな顔役”の仕事を立派に果たしたと言える。台頭期の師匠だったメイウェザー同様、慎重なところがある選手でもあるが、最後には決まってド派手なKO劇で魅了してくれる。その決定力と勝負強さはスター性の証明。骨格的にスーパーライト級以上の昇級が難しそうなのがネックではあるが、マッチメイク次第で“タンク”はさらに人気、知名度を高めることは可能だろう。

次は“ウクライナの拳豪”との新旧対決か

 今後の対戦相手として、マーティン戦の前後からIBF世界ライト級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の名前が盛んに挙がっていた。実現すれば、名実ともに揃った最高級の好カードである。

 「(ロマチェンコとの対戦希望は)間違いないよ。これから検討するけど、誰とでも戦いたい。叩きのめしてやるさ」

 デービスのそんな言葉を聞く限り、ここまで(本人の意思ではないとしても)マッチメイクが少々微妙なことが指摘されてきた29歳もIBF王者との統一戦に依存はないようである。

 ターゲットの日程は11月。デービスを抱えるPBCとロマチェンコを傘下に持つトップランクの間ではすでに予備的な話し合いが催され、両陣営が好感触を得ているのだとか。テレンス・クロフォード(アメリカ)対ショーン・ポーター(アメリカ)戦、タイソン・フューリー(英国)対デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)戦を挙行したときのように、両陣営にメリットのある顔を合わせなら成立は可能なはずだ。

Esther Lin/Premier Boxing Champions
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 ロマチェンコがピークの間に激突していたら、と感じるファンは多いに違いない。ロマチェンコの熱心なファンの中には、この危険な試合がキャリアの現時点で組まれることを不安に感じるものもいるかもしれない。

 ただ、5月、ジョージ・カンボソスJr.(豪州)に完勝したウクライナの拳豪は36歳になった今でもまだ力を残していると証明したばかり。デービスにとってもこれまでのキャリアで最大の難敵に違いなく、依然として興味深いカードではある。両陣営にとって金銭的な恩恵は莫大な一戦でもあるだけに、比較的スムーズに交渉が進んでも驚かない。

 スーパースターが真の意味でメガスターになるには、レジェンド的な選手を支配的な形で下すのが今も昔も最善の方法である。“タンク”にとって、ロマチェンコがその相手になるのかどうか。スリリングな予感を感じつつ、新旧エリート王者の人生が交錯する一戦を今から楽しみにしておきたい。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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