ハリウッドスターが南半球へ移動。そこが"オージーウッド"と呼ばれる背景は?
『ゴジラvsコング』はヒット。『トップガン~』はまた延期
全国民へのワクチン接種が進んでいるアメリカでは、公共の場でのエンターテインメントが徐々に戻りつつある。まず、ロサンゼルスの映画館は1スクリーンあたり50%(または200人)までの入場が許されることになり、3月31日に全米の劇場と配信サービスのHBO Maxで同時に公開された『ゴジラvsコング』(日本での公開は5月14日)は、4月9日時点で興収が6000万ドルに到達した。これは『TENETテネット』の5850万ドルを抜いて、パンデミック下で公開された映画としては最高の興収だ。
しかし、その一方でパラマウントは『トップガン:マーヴェリック』の全米公開日を今年の7月2日から11月19日へ、同じトム・クルーズ主演の人気シリーズ最新作『ミッション・インポッシブル7』の公開を今年の11月19日から2022年の5月27日へ、さらに続く『ミッション・インポッシブル8』の公開を2022年11月から2023年7月7日へと再再延期することを発表した。それは、映画の興行がいまだ不確定である証拠でもある。
そして、ハリウッドスターは南半球へ移動
そんな中で、ハリウッドスターが次々と新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めることに成功しているオーストラリアとニュージーランドへと移動している。背景には、地元政府がハリウッド映画に限らず国際的なプロジェクトに報奨金を出すことで製作をバックアップしているという事情がある。オーストラリア連邦政府は映画製作の誘致を目的にしたロケーション・インセンティブとして、4億ドル以上を提供することを発表。すでに、マーベルの人気シリーズ最新作『マイティ・ソー/ラブ&サンダー』の製作チームが前作に続いてオーストラリア入りし、今回はニューサウスウェールズ州に本拠地を置き、主演のクリス・ヘムズワースがクランクインのタイミングに合わせて自分の画像をInstagramにアップ。去年のクリスマス直後には、ティルダ・スウィントンとイドリス・エルバがジョージ・ミラー監督の最新作『Three Thousand Years of Longing』の撮影のためにシドニーに。また、ロン・ハワード監督がタイの洞窟に閉じ込められたサッカー少年たちの救出劇を映画化する『Thirteen Lives』がゴールドコーストでクランクイン。Netflix製作、クリス・ヘムズワース、マイルズ・テラー共演のSFアクション『Escape From Spiderhead』はクィーンズランド州での撮影を終了し、ジュリア・ロバーツはジョージ・クルーニーと共演するラブコメ『Ticket to Paradise』の撮影のためにオーストラリアに入国する(物語の舞台はバリ島だがクィーンズランド州のウィットサンデー諸島で撮影)、等々。オーストラリアは今映画製作でかつてないほど活況を呈しているのだ。
海を隔てたお隣のニュージーランドも似た状況だ。パンデミックの影響で一時撮影が中断していた『アバター2』はニュージーランドに移動して撮影を続行し、今は来年暮れの全米公開を目指してポスト・プロダクション段階にあり、Amazonが製作する『ロード・オブ・ザ・リング』のプリクエルも現在ニュージーランドで撮影中だ。また、A24とアップルが共同で製作するジョゼフ・ゴードン=レヴィットのコメディドラマ『Mr.Corman』は、ロケ地をロサンゼルスからニュージーランドの首都、ウェリントンに移し、撮影の最終段階を迎えている。A24はさらに同じ地域で長編映画の製作を計画中だという。
それに従い、シドニー界隈ではハリウッドスターがあちこちで目撃されることに。イドリス・エルバがコンサート会場に現れ、『マイティ・ソー~』に出演中のナタリー・ポートマンがボンダイビーチでショッピング。ポートマンはすでにオーストラリアに移住したと言われているサシャ・バロン・コーエン&アイラ・フィッシャー夫妻と交流しているらしい。同じく『マイティ・ソー~』に出演しているクリス・プラットがホテルのパーティ会場で盛り上がっている様子が伝えられている。また、自身がリポーターを務めるNetflixのリアリティ・シリーズ『ザック・エフロンが旅する明日の地球』のシーズン2や、主演映画『Gold』の撮影でオーストラリアを訪れたことをきっかけに当地に居着いてしまったザック・エフロンは、L.A.の豪邸を売却し、ニューサウスウェールズ州のツイードバレーに約2億円で新居を建設する計画だとか。エフロンはオーストラリアで新しいガールフレンドを見つけた模様だ。一方、マット・デイモンは数年前から家族と共にオーストラリアへの移住を計画していたらしく、『マイティ・ソー~』への出演をきっかけに、オーストラリア最東端のサーフィン・スポット、バイロンベイに仮住まいを構えた。新居はクリス・ヘムズワース宅のすぐ隣だとか。
当地でビジネスを展開しようとしているスターもいる。マーク・ウォールバーグはオーストラリアとニュージーランドで自らの名前を冠したハンバーガー・レストラン”ウォールバーガーズ”をオープンする計画だ。このレストランチェーンはすでに全米で49店舗、カナダとドイツで1店舗ずつ出店していて、今回が初のオセアニア進出となる。”ウォールバーガーズ”はシネコンチェーンのユナイテッド・シネマとコラボし、ビルトイン型からチェーン展開をスタートさせる計画だという。
ロサンゼルス群が映画の現場に課した感染対策は依然厳しい
マーク・ウォールバーグのハンバーガー・ビジネスは余談だとしても、多くのスターが公私共にある程度の自由が約束されているオーストラリアやニュージーランドに向かう背景には、ハリウッドでの映画製作が依然厳しい管理下に置かれているという事情がある。ロサンゼルス郡の公衆衛生局が定期的に更新している映画製作現場でのCOVID-19対策の最新版が、去る4月5日にアップされた。それによると、すべての製作現場にはCOVID-19コンプライアンス・オフィサーと呼ばれる衛生部の派遣員が常駐していなければならず、彼らは安全対策が遵守されているかをチェックし、問題点を見つけ出した場合は即時に対策の見直しを指示しなければならない。製作スタッフとキャストは最低でも毎週PCR検査を義務付けられ、撮影時等を除いて他者と接触する際にはフェイスマスクの着用が求められる。感染リスクが高い高齢者や基礎疾患を有するスタッフには、可能な限りリモートワークを割り当てる、等々。一般企業ならまだしも、映画製作の現場ではかなり不自由な決まり事が、最新のガイドラインには依然明記されているのだ。
映画館で座れる席は少しずつ多くなってきたとは言え、肝心の映画がコンスタントに作られない今、多くのスターが南半球へと移動するのは避けられないことかもしれない。皮肉にもそこは、昨年3月、新作映画を撮影中にハリウッドスターとしては初の新型コロナウイルス感染者として報告されたトム・ハンクス&リタ・ウィルソン夫妻が滞在していた場所である。そして、今そこに住む同業者たちは、新たな映画の現場または居住地をハリウッドならぬオージーウッド(Aussiewood)と呼んでいるという。これがコロナ時代のニューノーマルになるかどうかは、アメリカに於けるパンデミックの動向次第だ。