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ヴェネチアでダニエル・クレイグの脱ボンド作戦は成功したのか?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
ヴェネチア国際映画祭の『Queer』のフォトコールにD.クレイグが(写真:ロイター/アフロ)

現在、イタリアのヴェネチアで開催中の第81回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品されているルカ・グァダニーノ監督の最新作『Queer』のワールドプレミアに、主演のダニエル・クレイグが登場。9月3日に行われたレッドカーペットで、クレイグはスペインのハイブランド、LOEWEの白いドレスシャツに、多くのハリウッドスターが愛用するジャック・マリー・マージュのサングラス、ロングヘア、薄っすらと白い髭を生やして現れ、いつもとは違うルックでプレスの注目を集めた。実は、映画祭開催中、クレイグを含めて『Queer』の関係者は全員、LOEWEで通している。なぜなら、同ブランドのクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンが、グァダニーノの前作『チャレンジャーズ』(2024 年)に続いて『Queer』でもコラボしているからだ。

クレイグがエスコートするのは妻で俳優のレイチェル・ワイズ
クレイグがエスコートするのは妻で俳優のレイチェル・ワイズ写真:REX/アフロ

ワールドプレミアの前夜には、『Queer』のお披露目を祝うキックオフパーティが、ヴェネチアの名門ホテル、ホテル・チプリアーニのレストラン、イル・ポルティチョーロで開催された。オーガナイザーを務めたのは勿論、LOEWEで、その時も、クレイグや共演のドリュー・スターキー、レスリー・マンヴィル、ジェイソン・シュワルツマン、オマール・アポロ、そしてグァダニーノがLOEWEの最新ファッションを身につけて参加。また、映画祭ではお馴染みのプレス向け撮影会、フォトコールでも、参加者は全員LOEWEで登場。マンヴィルはブランドを象徴するアナグラム・ロゴでまとめ上げたリゾート風のプリントドレス、オマール・アポロはカーキ色のカーゴパンツ、グァダニーノはシャツ、ジーンズ、スニーカーをすべてデニムで揃えた若々しいコーデ、そして、クレイグは白いシャツにダメージが絶妙なジーンズ、スターキーは同じく白いシャツにプリーツパンツを各々組み合わせて、カメラマンのリクエストに笑顔で応えた。ここまで映画とブランドがスクリーンの枠を飛び越えて全面的にフィーチャーされたケースがかつてあっただろうか。映画と服の関係性が新しい時代を迎えたと言って過言ではない気がする。

『Queer』組は全員LOEWEで
『Queer』組は全員LOEWEで写真:ロイター/アフロ

特に、ダニエル・クレイグの変身ぶりには目を見張るものがある。今年7月、LOEWEのグローバルアンバサダーに任命された時のクレイグはセンセーショナルだった。トレードマークだった短めのヘアをロングヘアに、カラフルなニットセーター、ジーンズ、ハイカットブーツというスタイルでプロモーションビデオに登場したクレイグだが、カメラに目を向けるまで、彼があのダニエル・クレイグだと気づかないファンは多かったのではないだろうか。しかし、それを見たファンは『56歳にして”オタク風”スタイルに挑戦するなんて素敵』と高評価。そこには、ブリオーニやトム・フォードのスーツを几帳面に着こなしていたジェームズ・ボンドのイメージから解放されて、大胆に変身した自分を恐る恐る楽しんでいるボンドアクターがいた。俳優にとって、長く深くこびりついたイメージからの脱却はかくも過酷なものなのだ。

服への嗅覚が鋭い監督のルカ・グァダニーノ
服への嗅覚が鋭い監督のルカ・グァダニーノ写真:REX/アフロ

変身したのはスタイルだけではない。『Queer』は自らもゲイを公言しているグァダニーノが、ウィリアム・S・バロウズの同名小説を基に、1950年代のメキシコシティで若く美しい学生に溺れていく同性愛者で麻薬依存症のアメリカ人駐在員の葛藤を描いた野心作。これまでも『君の名前で僕を呼んで』(2017年)等で同じテーマに挑んできたグァダニーノが、タイトルもズバリ『Queer』(性的マイノリティ等既存の性のカテゴリに当てはまらない人々の総称)と銘打った作品の看板を、元ボンドアクターが引き受けているのだ。思えば、ボンド以前は性格俳優だったクレイグがボンドを演じたことも異例なら、ボンド後に同性愛者を演じるというのも異例。しかし、彼にとって今回の役柄が適役であることは、すでに多くのファンが気づいているはずだ。

カメラマンにも笑顔でサービス
カメラマンにも笑顔でサービス写真:REX/アフロ

9月3日のワールドプレミアでの上映後には9分間のスタンディングオベーションが巻き起こり、歓極まったクレイグが目を潤ませてグァダニーノと抱擁し合ったことが報告されている。プレスの評価はまちまちだ。『クレイグの大胆で滑稽で生き生きとした演技のトリックは、若き日のバロウズを体現している』(Variety)という批評もあれば、一方で、『クレイグが演じるバロウズは魅力的な若者を求めてバーを梯子するうちに、髪もリネンのスーツもぐちゃぐちゃになり、お世辞にも美しい役柄とは言い難い』(Vulture)と否定的なものもある。

しかし、ダニエル・クレイグは『Queer』でファッションアイコンとして、また俳優として新たな境地に踏み出したことは事実。そこが重要なのだ。現在、クレイグはジャスティン・リン監督、シャーリーズ・セロン共演の泥棒アクション『Two For The Money』 を撮影中で、話題の『ナイブズ・アウト3』は2025年の配信開始に向けて編集段階にある。

イメチェン作戦は成功?
イメチェン作戦は成功?写真:REX/アフロ

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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