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「新・ガザからの報告」(12)(24年8月1日)ーハマス最高指導者・ハニーヤ暗殺の反応ー

土井敏邦ジャーナリスト
(暗殺されたハマス最高指導者、イスマイル・ハニーヤ/撮影・土井敏邦)

【ハニーヤ暗殺を悲しむ人と喜ぶ人】

(Q・ハニーヤの暗殺に民衆はどう反応していますか?)

 ハニーヤが暗殺されたのは、7月31日、ガザでは夜中の2時ごろでした。だから、その時はほとんど誰も反応しませんでした。しかし朝になってSNSでみんなそのことを話題にし始めました。

 人びとの反応を知るために、私は2度マーケットに行きました。通りを歩き、人びとの会話を聞き、隣人や親戚たちの反応を聞きました。

人びとの感情は入り混じっています。悲しむ人もいます。そのほとんどはハマス支持者たちです。ハマス支持者でない人の中にも悲しむ人がいました。

 他の人は喜んで、祝っています。デイルバラ町やマワシ地区でテント暮らしをしている避難民の中にはスイート(甘いお菓子)を配っている者もいました(祝う表現の1つ)。中には冷たい水を配っている人もいました。それは今とても貴重なものです。電気もなく水を冷やすことが難しいからです。冷たい水をコップで配っているのです。デイルバラ町のコーヒーショップでは青年がコーヒーとタバコをふるまっていました。ハニーヤの暗殺を祝っているのです。

 だから人びとの反応は複雑で入り混じっています。ある者は喜び、ある者は悲しんでいる。この違いを目の当たりにするのは自然なことです。

 悲しんでいる人たちは、政治的にイスラム運動を支持している人たち、ハマス支持者やイスラム聖戦を支持する人たちです。しかしファタハ支持者やどんな政治組織にも属さない人たちの多くはそれを喜んでいます。喜んでいる人たちも複雑です。ちょっと喜んでいる人もいれば、キャンデーなどを配っている人、冷たい水、コーヒーやタバコをふるまうほどにとても喜んでいる人もいる。これが全体を見渡したときの住民の反応です。

【ハニーヤは政治的、宗教的な指導者】

(Q・どちらが多数派なのですか?)

 喜んでいる人が多いと思います。しかし80~90%がそうだというのではありません。60~65%くらいでしょうか。だからハニーヤの死を悲しんでいる人たちは少数派とも言えませんが、しかし多数派は喜んでいます。しかしそれは大多数というわけではありません。60~65%です。

(Q・どういう根拠で60~65%という数字を推測するのですか?)

 私は多くの人の意見を聞きました。SNSで何百という意見も見ました。そして言えるのは、ハニーヤの死を悲しみ残念に思っている人は少数派ではないということです。「10例のうち1例に過ぎない」と言っているのではありません。「少数派」というより多い。しかし少なくとも彼らは半分以下です。「少数派」でも、「半分以上」でもない。だから私は35~40%と言っているのです。悲しんでいる人は半分を超えてはいません。同時に彼らは「少数派」でもありません。5~7%というわけでもない。私の政治的な意見を抜きにあなたに伝えています。

(Q・多くの人が喜んでいるのはなぜですか?)

 私の家族も喜んでいます。私たちの家族は2人を失いました。弟と義弟です。ハマスの正気を失った行為のためにです。2人はハマスによって殺されたようなものです。だからそれは自然の感情です。母はスイートを作り、とても喜んでいます。ガザの多くの家族が同じように喜んでいます。どれだけハマスが住民に害を与えたか、また与えているかあなたは想像できないと思います。

 この戦争だけの話ではありません。2007年以来、ガザはハマスによって奪われ、私たちの声は沈黙させられ、批判する声を上げることもできませんでした。この政権に抑圧され、失業に苦しみ、人々は貧しく、飢餓状態になりました。これが私の家族のハマスに対する印象です。

(Q・悲しんでいる人たちがいるのはなぜなのか?)

 2つの理由があります。1つは、彼らはハマス支持者たちだからです。ハマスやイスラム聖戦、他のイスラムの組織の支持者です。もちろんハニーヤはハマスの最高指導者です。イスラム組織の考えでは、彼は「アミール」(指導者)でもあります。ハマスやイスラム聖戦の支持者たちはその「アミール」、つまりハニーヤに忠誠心を持っています。だからそのアミールを失った悲しみを抱いています。

 ハマスや他のイスラムの政治的な組織の支持者でない者たち、どの政党の支持者でもない人たち、PFLP(パレスチナ解放人民戦線)など左派に属する人たちの中でハニーヤの死を悲しんでいる人たちは、ハマスがパレスチナの解放のための戦いをしていると信じている人たちです。彼らはアルジャジーラなどのメディアの報道を信じ、ハニーヤがイスラエルからの解放のために戦っていると信じているのです。だからハニーヤの暗殺を悲しんでいる人たちには2種類がいます。

【停戦交渉は停滞する可能性】

(Q・最も安全なはずのイラン国内でハニーヤが暗殺されたことに対する民衆の反応はどうですか?)

 暗殺のあと、民衆はこの話をしています。テヘランで彼はどのように殺されたのか。イランの情報機関や軍や革命防衛隊などに守られていたはずです。そんなテヘランの地区で暗殺されたことにとても驚いています。テヘランでも最も安全な地域だったはずです。そこでどのように殺されたのか。どうやってイスラエルの空軍機がイラン領空に侵入し、自由に移動できたのかわからない(注・当時まだ「ハニーヤはイスラエル軍の戦闘機のミサイル攻撃で暗殺された」と思われていた)。どうやって攻撃し無事にイスラエルに帰還できたのか。イランの防空システムの妨害も受けることもなく。この不思議な暗殺についてたくさんの疑問を抱いています。

(Q・ハマスはトップを失い、何が起きるだろうか?あなたは「ハマスをコントロールしているのはハニーヤだ」と言っていたが、そのハニーヤを失って、今後ハマスはどうなるだろうか?)

 これはハマスを崩壊させることにはなりません。すべての指導者はアシスタンス(副官)がいます。トップがいなくなれば、副官が代わり、その人物が新たなハマスの指導者になります。しかしハニーヤがいなくなったことはハマスにとって大きな痛手です。ハニーヤは普通の人物ではありません。とても強力な指導者で、ハマスの中でもとても重要な人物でした。アハマド・ヤシンの時代からです。海外でのハマスの行政を一手に引き受けていました。政治的にも、経済的にも、財政的にも、全てを掌握していました。だから彼の死はハマスを組織的に弱体化させるでしょう。

(Q・イスラエルとの交渉にどんな影響を及ぼすだろうか?)

 交渉は遅延するでしょう。しかしこれで停戦の交渉が消えるわけではないが、間違いなく遅れることになるでしょう。この数週間はカタールやエジプトが間に入っても、どんな交渉も不可能でしょう。ハマスは「これ以上の幹部の暗殺は許さない」というメッセージをイスラエル側に送るためにボイコットするでしょう。しかし交渉がキャンセルされるわけではありません。

(Q・ハニーヤ暗殺を喜んでいる人は、停戦が早まると期待しているのだろうか?)

 100%そうです。それが人びとが喜んでいる理由です。ハニーヤの暗殺が停戦を早めると期待しているのです。

 住民が喜んでいるもう一つの理由は、ハマスの政治的な政権が終焉すると期待しているからです。ハニーヤの暗殺によって、ガザにおけるハマスの政治的な力が終わると期待しているのです。

(Q・どうしてそう言えるのですか?シンワールがいるではないですか?)

 シンワールは遅かれ早かれ、暗殺されます。外国にいるハニーヤの暗殺は最も困難なことでした。イランという遠い場所にいたのですから。それに比べシンワールの暗殺は簡単なことです。だから人びとは喜んでいるのです。ハニーヤの暗殺は停戦を近づけたと思い、人びとは楽観的になっています。

 しかし私はハニーヤの暗殺によって停戦が近づくという考えには同意できません。この戦争はすぐには終わりません。イスラエルはこの戦争を終えるつもりはないでしょう。ネタニヤフもイスラエル軍も、ハマスの軍事力を完全に破壊する決意だからです。ガザから撤退するつもりもなく、ガザから1発のロケット弾を撃ちこまれることも許しません。ハマスのすべての武器、ロケット弾も、あらゆるトンネルも、あらゆる軍事指導者も破壊するつもりだからです。地方司令官の2人はまだ生き延びています。ガザ市とラファの地区の司令官です。2人はまだ暗殺されていません。シンワールもそうです。まだハマス軍事指導者の半分が生き延びています。

 イスラエル軍はそのゴールを達成するまで、この戦争を止めるとは思えない。彼らのゴールは明確です。第一は人質を解放すること。第二は、ハマスの軍事能力を完全に破壊すること。第三は、ハマスがガザを政治的に支配することを阻止すること。これがイスラエルの3つの主要な目的です。この戦争の終結を語るのは早すぎると思います。ハニーヤの暗殺はネタニヤフにとってとても助けになりますが、しかしこれはハマスを崩壊させることにはつながらず、この戦争の終結を早めるものではありません。

(Q・ハマスの財政、政治すべてを海外のハニーヤが握っていて、ガザ内のハマスの首根っこをハニーヤが握っていたとすれば、ハニーヤが消えた後、どうやってガザのハマスは生き残ることができるだろうか?)

 ハニーヤには副官がいました。ハニーヤの後、彼らが昇進しハニーヤにとって代わるでしょう。ハーレド・メシャールがハニーヤにとって代わるでしょう。彼はハニーヤの前のハマス代表でした。彼には経験があります。

 ハマスはこれまでのトップが何度も暗殺されてきました。暗殺直後、副官がそれにとって代わりました。この暗殺はハマスにとって大きな打撃となります。それは大地震のようなものです。しかし2~3カ月すればハマスは回復するでしょう。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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