「覇道」によって「一強」を終わらせた自民党総裁選挙
フーテン老人世直し録(393)
長月某日
自民党総裁選挙は予想通り安倍総裁の圧勝で三選が決まり、安倍総理は2021年9月までの長期政権を視野に入れた。仮に任期満了まで政権を維持できれば明治期の桂太郎を抜いて憲政史上最長政権を手にすることになる。
このままいけば安倍総理は来年の2月23日に吉田茂を抜いて歴代4位、戦後2位の長期政権を実現するが、ついで6月2日には初代総理の伊藤博文を抜いて歴代3位となり、さらに8月24日に佐藤栄作を抜いて戦後1位、歴代2位、そして11月20日には桂太郎を抜いて史上最長を記録する。
安倍総理にとって来年は日本政治史における記録を自らが次々に塗り替える年になる。それを意識したせいか、安倍総理のこの総裁選に賭ける意気込みには尋常ならざるものがあった。
早くから自民党所属議員と次々に懇親を重ねて取り込みを図り、一方で抵抗する者には力で押さえつける方針が徹底された。力で押さえつける政治は古来から「覇道」と呼ばれる。孟子は「覇道」の対極に国民の暮らしや道義を優先する「王道」の政治を置いた。
欧米列強がアジアを植民地支配した帝国主義の時代、中国の孫文は「西洋の覇道に対し東洋は王道で結束すべき」と「大アジア主義」を説いたが、日本史をさかのぼれば戦国時代には織田信長や徳川家康が「覇道」の政治を、武田信玄が「王道」の政治を行ったと言われる。
この総裁選で安倍陣営は対抗馬となった石破茂氏を完膚なきまで粉砕すべく、閣僚から地方議員に至るまで石破氏を支持する者に圧力をかけ、自らを支持する者にも裏切りを許さない体制を敷いた。
斎藤農水大臣が暴露した「脅し」の一件は「覇道」が生み出した象徴的な出来事である。その問題がテレビの討論番組で取り上げられると、安倍総理は事実を否定する一方で、かつての「角福戦争」に言及し自民党では起こりうる事例だと述べた。
麻生副総理も「現職総理に逆らう閣僚は問題だ」と発言したから「覇道」を行うことは安倍陣営の共通認識だったのだろう。しかし「角福戦争」と同列に論ずることにフーテンは強い違和感を覚えた。
「角福戦争」は政権交代を望まない野党がいた時代で、自民党総裁選こそが事実上の政権交代選挙であった。官僚政治家と政党政治家が日本の国家運営を巡って争い、その象徴が大蔵官僚出身の福田赳夫と小学校卒で成り上がりの田中角栄の戦いだったのだ。国民が野党と錯覚していた社会党も公明党も野党ではなく実は角栄の「秘密応援団」だった。
しかし今では、頼りないが政権を狙う野党があり自民党はかつての自民党ではない。ただあまりにだらしない野党がいるおかげで、安倍陣営は自民党内の抵抗勢力を力で抑え込み一強政治をさらに強化しようと「覇道」を行ったのかもしれない。
これに対し石破茂氏は「国民のみを畏れ、国民に真実を語ることが政治である」と総裁選で繰り返した。「森友・加計疑惑」を念頭に権力を私物化する安倍政治を批判し、国民の信頼がなければ政治は行えないとの考えを前面に出した。経済政策でも上からのアベノミクスに対し地方からの経済再生を主張した。
フーテンは石破氏が安倍総理の「覇道」に対し「王道」を主張しているように感じた。従って総裁選は「覇道対王道」の構図とフーテンは見ていた。結果は「覇道」が勝った。しかし勝ったとはいえ予想を下回る勝利で、「一強」を補強するどころか自民党内には「一強」に抵抗があることを国民に印象づける結果になった。
まず常識として現職総理が勝つのは当たり前である。「冷めたピザ」と米国のメディアから酷評され、財政赤字を膨らませて「世界一の借金王」と自虐ネタを言った小渕総理は、現職総理に挑戦した加藤紘一氏を打ち負かした。その時の得票率が68%で今回の安倍総理の得票率68.8%と同程度である。
今回の選挙で安倍総理は、上からの締め付けで議員票の8割を獲得したが、党員票では55%しか獲得できなかった。小渕総理でさえ党員票の68%を獲得したことを思えば、地方党員の間で安倍総理は小渕総理以下の人気しかないことになる。それがこの選挙で明らかになった事実である。
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