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御嶽山噴火から3年、火山災害の驚くべき危険性

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(提供:防衛省統合幕僚監部/ロイター/アフロ)

 2014年9月27日11時52分、長野・岐阜県境の御嶽山で水蒸気爆発が起き、登山者など63名が犠牲となった。噴石による損傷が主な原因とされるが、まだ未解明な点も多い。この戦後最悪の事態を契機に火山災害に対する認識や関心が高まり、様々な対策が講じられた。例えば、登山者に対する適切な避難を盛り込んだ活動火山対策特別措置法の改正、火山活動に関する解説情報の見直し、火山災害の軽減に資する研究推進と人材育成プロジェクトの実施などだ。

 それでもなお、111の活火山が密集する「火山大国」の取り組みは極めて貧弱だ。私たちが火山と共に暮らしていく上で忘れてはならないことを考えてみる。

火山の寿命は日本史よりはるかに長い

 活火山とは、概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山をさす。以前は有史以来の活動記録に基づいて、休火山や死火山という呼び名も使われていた。しかし数十万年から百万年という火山の寿命を考えると、この分類は明らかに無意味だ。実際、かつては死火山とされていた御嶽山が1979年に水蒸気爆発を起こしたことで、休火山と死火山は死語となった。さらに火山の寿命からすると、活火山以外の火山でも噴火が起きる可能性は高い。日本列島にはこのような「待機火山」が数百はある。これらの火山は風光明媚で麓には温泉が湧くことも多いので、絶好の行楽地となっている。火山の恩恵を享受するのは結構なことだが、地下にマグマが息を潜めていることを忘れないでほしい。現状では噴火予知は極めて困難である。

火山は超巨大災害を引き起こす

 火山災害はそれほど頻繁に起こるわけではない。犠牲者10人以上のものを見ると、比較的信頼できる記録が残る18世紀以降だと20回程度、総犠牲者数は約2万人である。一方で同規模の被害地震は80回を超え、合わせると数十万人の命が奪われた。また毎年のように繰り返される豪雨災害では、戦後だけでも約2万人の犠牲者が出ている。

 戦後最悪の火山災害となった御嶽山噴火は確かに衝撃的だった。国もマスコミもそして多くの人々も、あらためて火山密集域に暮らしていることを痛感したことだろう。ただ、先に述べたような頻度や犠牲者数が頭にあるために、火山災害は他に比べて稀であり、たとえ起きたとしてもその被害は限定的であるという「勘違い」があるのではなかろうか?

 災害の危険性や対策の緊急性を比較する指標の1つが「危険値=想定犠牲者数×年間発生確率」だ。この値はある災害で平均的に年間どれくらいの犠牲者が出るのかを表す。だから、危険値が大きいものは減災対策などを速やかに行う必要があることになる。ちなみに、不幸にも毎年起きてしまう台風や豪雨災害の危険値は1年あたり約80人である(表)。この高い危険値のために、治水治山事業は国土強靭化の重要項目になっている。

火山災害の驚くべき「危険値」(筆者作成)
火山災害の驚くべき「危険値」(筆者作成)

 では火山災害の危険値はどれくらいなのか? 活動履歴が比較的よく分かっている富士山では、1707年の宝永クラスの大噴火と直近では2900年前に起きたような山体崩壊の年間発生確率は、それぞれ0.1と0.02%と決して高いわけではない。また、首都圏に最も近い活火山である箱根山は度々大火砕流を噴出する火砕噴火を繰り返してきたが、その発生確率はさらに一桁低い。このように、大噴火や山体崩壊は確かに稀な現象だ。しかし、その想定犠牲者数は極めて大きい。例えば箱根火山の場合500万人に及ぶ。だから、富士山や箱根の火山災害に対する危険値は、台風・豪雨災害に勝るとも劣らないのだ(表)。

 さらにこれらよりずっと高い危険値を示すのが「巨大カルデラ噴火」だ。日本列島全体でも過去12万年間に10回しか起きていないのだが、ひとたび起きれば日本喪失を招きかねない。南海トラフ地震と共に日本列島を襲う災害の中で最も危険度の高い災害だ。しかしこの超巨大火山災害は、低頻度というだけで、全くと言っても良いほど自然災害として認識されていない。

課題が多い噴火予知

 日本列島で不可避の地震を予知することは現時点では不可能である。前兆現象を捉えることができないからだ。一方で火山の場合は、噴火に先立ってマグマなどの移動による火山性地震や地殻変動、それに磁場変化などを検知できる場合がある。しかし残念ながら噴火予知が確立しているわけではない。火山は個性が強く、火山毎に前兆現象の種類や程度それに噴火までのタイムスケールがまちまちなのだ。おまけに火山噴火は稀にしか起きないので、噴火前後の観測データが十分に揃っていない場合が多い。だからたとえ異常なデータが観測されても、それが噴火の前兆現象かどうかの判断が難しい。このことが3年前の御嶽山の悲劇を招いた一因だ。

 さらに噴火予知の実現には大きなハードルがある。現在の火山観測は、体の診察に例えると聴診や触診、それに血液検査のようなものだ。これだけでは変調を正確に診断するのは難しい。だから病院ではCT検査で病変をイメージング(可視化)してその様子を定期的にモニタリング(監視)する。一方で火山については、噴火の際にマグマを供給する「マグマ溜り」の位置や形を正確にイメージングした例はない。このイメージングとモニタリングが実現すれば、噴火予測は大きく前進するに違いない。しかもこれらは、CT装置で使うX線の代わりに人工地震波を使えば可能なはずだ。挑戦は始まっている。昨年から神戸大学は海洋研究開発機構などと共同で、最も直近7300年前に巨大カルデラ噴火を起こした「鬼界海底カルデラ」での、世界初のマグマ高解像度イメージングに向けた探査を開始した。

火山庁の設置と火山研究者の育成

 現状では火山の観測や研究は、気象庁(国土交通省)、産業総合研究所(経済産業省)、防災科学技術研究所(文部科学省)、大学、地方自治体など複数の機関で行われている。つまり、オールジャパン体制とはなっておらず、例えば観測データの一元的な解析が行われていない。これに対して他の火山大国、例えばイタリアやインドネシアそれに米国などでは、火山を統括する国立の機関が設置されている。火山大国かつ科学技術立国を標榜する我が国には、世界の火山観測研究をリードする機関、例えば「火山庁」が必須だ。この機関が戦略的に火山研究の推進と研究者の育成を行い、さらに国民へ正しく火山のことを伝えるべきだ。

 御嶽山の惨劇の後、国内の火山学者の数があまりにも少ない(「40人学級」と呼ばれた)ことが度々指摘された。そしてその原因の1つは、昨今の大学に蔓延する論文数至上主義だと言われている。火山に寄り添ってその「体調」を見守るホームドクターの存在は火山研究には不可欠である。国家戦略として少なくとも全ての国立大学法人に火山学を専門とする真っ当な教員を配置して、火山大国の名に恥じない火山学者を育成すべきであろう。

火山大国に暮らす心構え

 人間というものは誠に勝手なもので、自分にとって都合の悪いことはすぐに忘れ去り、自分だけは大丈夫だろうなどとたかをくくる性癖がある。いわゆる「正常性バイアス」だ。特に比較的稀にしか起こらない火山災害は、このバイアスの格好の対象となる。将来の試練(災害)より今日の恵み(温泉など)を優先してしまうのだ。おまけに日本人は巨大な災害に見舞われたとしても、「無常観」を持って諦めてしまう癖がある。

 火山からの恩恵には十分に浴した上で、その試練の甚大さをきちんと理解して、今後火山大国の民としてどうすべきかを考えたいものだ。よほど覚悟を持って対策を講じないと、これまで日本人が経験したことのない壊滅状態に陥ってからでは、後の祭りである。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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