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衰退する“トランプのアメリカ” “第3次世界大戦のストッパー”マティス氏の辞任が意味することとは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
マティス国防長官の辞任で、シリアはどうなるのか?(写真:ロイター/アフロ)

 マティス国防長官が1月1日をもって辞任する。10月、トランプ氏は「マティス氏は民主党員のようだ。辞めるかもしれない」と言って辞任をほのめかしていたが、それが現実のものとなってしまった。アメリカのメディアは大騒ぎしている。ロサンゼルス・タイムズ紙も、“マティスの辞任は、アメリカの終わりなき戦争の終わりの始まりなのか?”という見出しで疑問を投げかけた。

 筆者は、ボブ・ウッドワード氏の著書『恐怖』の中に描かれている、戦争を危惧するマティス氏の姿を思い出した。

 同著によると、マティス氏はトランプ氏に、韓国との貿易や韓国に米軍を駐留させたり、防衛システムを配備したりすることの重要性を説いたが、トランプ氏はそれを理解せず、“なぜ、韓国と仲良くしているんだ? この状況からアメリカは何を得られるんだ?”と考えていたという。そんなトランプ氏をマティス氏は、

「第3次世界大戦が起きるのを防ぐために、米軍を韓国に駐留させているんです」

と言って諌めた。

 また、2017年4月、トランプ氏は、ロシアが支援しているシリアのアサド政権が化学攻撃をしたことに憤慨し、マティス氏にアサド暗殺を命じたが、マティス氏はそれを無視して部下には何もしないよう指示したという。この時、トランプ氏は結局、限定的な空爆をするに留めたが、アサド大統領を暗殺していたらどうなっていただろうか?

危惧される在韓米軍の撤退

 マティス氏は戦争へと暴走しそうなトランプ氏の手綱を締める、“第3次世界大戦のストッパー”だったのだ。そんなマティス氏が政権から去ることになったのだから、トランプ氏が”暴れ馬”となって、第3次世界大戦に繋がるような行動をとることになったとしても不思議ではないかもしれない。

 マティス氏は、シリアに駐留している2000人の米軍撤退とアフガニスタンに駐留している14000人の米軍の半数を撤退させるというトランプ氏の予告もない独断に抗議して辞任したわけだが、ロサンゼルス・タイムズ紙は“トランプ氏の独断はエスカレートして、NATOへの支援を削減したり、韓国に駐留している28000人の米軍も撤退させようとしたりするかもしれない”と危惧している。

 少なくとも、シリアから米軍が撤退すれば、撤退後に生じる“空白”を巡ってコンフリクトが起きるだろう。アラビア語の衛星放送局アルジャジーラが、米軍のシリア撤退により、周辺諸国がどう動くか、以下のように予測している。

中東諸国の思惑が渦巻く北東シリア

 ロシアは北東シリアでの勢力回復に乗り出す。アメリカは、現在、支援しているシリア民主軍(シリアの反体制派グループでクルド人が中心となっている)の勢力が強い北東シリアで大きな影響力を持っているが、そこには、石油や天然ガス、水資源、ダム、発電所、肥沃な土壌がある。そんな資源に注目してきたロシアにとって、米軍撤退は願ってもないチャンスとなる。

 

 イランも北東シリアに注目している。イスラム教シーア派大国のイランは、アフガニスタン西部から地中海にかけて、勢力拡大のために「シーア派三日月地帯」を形成しようとしているが、ISの勃興により、それが妨げられていた。そのため、ISとの戦いではアメリカを支持してきたが、戦いが終われば、米軍が撤退することを望んでいた。アメリカが撤退すると、「シーア派三日月地帯」を形成すべく、北東シリアでの勢力拡大に乗り出すかもしれない。

 イスラエルも米軍撤退の影響を受けることになる。9月、ロシアのスパイ機がシリア軍に撃ち落とされるという事件が起きた。この時、ロシアの国防省は、イスラエルの戦闘機がロシア軍機の近くを飛行して危険な状況を作り出したと指摘し、責任はイスラエル軍にあると主張、敵対的な行為に対して報復すると表明した。米軍に依存しているイスラエルは、米軍撤退により、危うい立場に置かれることになる。

 サウジアラビアもシリアに戦略的利益を持っている。サウジ政府は、トルコやイランに対する均衡勢力となるため、北東シリアでの米軍の勢力を維持するようトランプ氏を説得してきた。米軍が撤退すれば、サウジ政府が米軍に代わってその役割を果たすことになる。

 トルコもシリアに注目している。トルコはアメリカが支援しているシリア民主軍が北東シリアに独立国を樹立しようとする動きを非難し、アメリカに、シリア民主軍の支援をやめるよう訴えてきた。2週間前も、トルコのエルドアン大統領は、国境を越えて、シリア北部にあるシリア民主軍の基地を破壊する軍事作戦を始めると警告したばかり。米軍が撤退したら、この警告を実行に移して、彼らの排除に出るかもしれない。

 周辺諸国の思惑が渦巻く中、シリアはIS勃興以前の状態に舞い戻り、周辺諸国の利権闘争に巻き込まれることになるのか。

プーチンの勝利

 アルジャジーラによると、中でも、米軍の撤退で、最も大きな影響を受けるのは、アメリカが支援してきたシリア民主軍だ。シリア民主軍はアメリカに見捨てられた形となったからだ。その結果、シリア民主軍は生き残るために、また、トルコの軍事介入を防ぐために、ロシア、イラン、シリア政権の連合にアプローチする可能性があるという。中東でロシアのプレゼンスが強まることは必至だ。

 ワシントン・ポスト紙も、“シリア撤退というトランプの決断はプーチンの勝利を運命づけた”という見出しで、中東でのロシアの勢力拡大を懸念している。

 トランプ氏はシリアからの撤退について、ヨーロッパの同盟国や支援しているシリア民主軍には事前通告していなかった。ドイツやフランスなどの同盟国は、ISを壊滅したというトランプ氏の判断とは裏腹、ISとの戦いはまだ続いていると考えており、米軍の撤退により、イスラム国が再建されることを恐れている。シリア撤退をめぐり、アメリカとその同盟国間で生じている不協和音は、2015年に、アサド政権を支援するためにシリア内戦に軍事介入し、中東で黒幕として暗躍してきたロシアに大きなチャンスを与えたのだ。

 行くつく先は、USA TODAY紙が憂いているような“衰退するアメリカ”か。同紙は「マティス辞任後、”トランプのアメリカ”は世界の舞台からコソコソと逃げ去る」という見出しで、「アメリカは衰退するスーパー・パワーとして、2019年に突入する。世界のジャッカルたちとハイエナたちはアメリカの弱さを嗅ぎつけ、包囲の輪を縮めている。アメリカの国家安全保障は、冷戦期以上に危険にさらされている」と警告している。

 マティス氏の辞任は、“トランプのアメリカ”の終わりの始まりを象徴しているのかもしれない。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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