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「黒船」がJリーグファンに受け入れられた理由 スポーツチャンネルDAZNが考える2年目のシーズン

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
村井満Jリーグチェアマンとパフォーム・グループのジェームズ・ラシュトンCEO

■DAZNの新CMから垣間見える余裕と自信

 今日(2月23日)20時キックオフのサガン鳥栖対ヴィッセル神戸を皮切りに、2018シーズンのJリーグが開幕する。これに先立って19日より、DAZNが新シーズンに向けたCMをリリースした。舞台は江戸末期。「Jリーグ観戦を牛耳る将軍」に対して、黒船が開国を要求(艦長をサッカー解説者のセルジオ越後氏が演じている)。これに、三浦知良や内田篤人や槙野智章といった人気Jリーガーが幕末の志士に扮して「話を聞こう!」「ドイツでもDAZNだった!」「夜明けでござる!」と畳み掛け、旧勢力たる将軍や幕臣たちを圧倒する。

 今年が「明治維新150年」ということを意識したのだろうか。個人的に興味深く感じられたのが、DAZNが自らを「黒船」に見立てていたことである。DAZNのサービスを提供するパフォーム・グループが、17年よりJリーグと10年間で総額2100億円もの放映権契約を締結した際、日常的にJリーグを楽しんでいるファンの多くは、彼らを「黒船」と見なしていた。それが2シーズン目を迎えるにあたり、自らを「黒船」に見立てるCMを流すくらい、今のDAZNには余裕と自信のようなものが感じられる(とすると「Jリーグ観戦を牛耳る将軍」というのは……)。

 思えば去年の今ごろ、私を含めて多くのJリーグファンが、Jリーグの独占中継がスカパー!からDAZNに切り替わることに少なからぬ不安を抱いていた。従来の「放送」に慣れきっていた多くのファンにとり、ライブストリーミングサービスによる「通信」への視聴環境の変化は、(あえて今回のCMと重ねるならば)まさに「黒船来航」くらいのインパクトがあった。ところが、江戸末期の民衆が大政奉還や明治維新をすんなり受け入れたように、Jリーグファンも驚くべき柔軟性をもってライブストリーミングという新サービスを楽しんでいる(もちろん当初は「仕方がない」という心情もあっただろうが)。

「日本のファンは、きっとDAZNを受け入れてくれる」──当初よりそう確信していたのが、他ならぬ村井満Jリーグチェアマンであった。今年1月にインタビューした際、チェアマンは確信の根拠について、このように述べている。

「パフォーム・グループは、世界100カ国くらいにスポーツのダイジェスト映像を配信しているので、さまざまなデータを持っているんです。そうした中、日本人は世界的に見てもITリテラシーが高くて、高齢者でもスマートフォンを持っていて、スポーツへの関心が高いということをわかっていた。だからこそ彼らは、日本を選んだのだと思います。実際、彼らの言うとおりでしたよね」

DAZNのアカウント・ディレクター、ディーン・サドラー氏。
DAZNのアカウント・ディレクター、ディーン・サドラー氏。

■DAZNが考える「スポーツの民主化」と「ファンズ・ファースト」

 ではパフォーム側は、日本市場でのビジネス展開に、どれほどの可能性を感じていたのだろうか。取材に応じてくれたのは、DAZNのアカウント・ディレクターであるディーン・サドラー氏。サドラー氏はニュージーランド出身で、日本語が堪能。かつては東芝でラガーマンとして活躍していたこともあり、自身でマーケティングリサーチの会社を日本で立ち上げたのち、日本市場に関するナレッジを買われて14年からパフォームで働いている。

「現状を分析した上で、われわれができることを想定した場合、(日本で成功する)自信はありました。確かに、日本のユーザーの視聴習慣を変えるには、多少は時間がかかることも予想されました。それでも十分可能だと思っていましたよ。実際、DAZNへの接続は、簡単だったでしょ?(笑)」

 Jリーグの放映権を入札で獲得する際、ライバルとなったのがスカパー!とソフトバンクであった。国内で十分すぎる実績と知名度のある2社に対して、パフォームは完全なる「黒船」。しかも当時はまだDAZNという名前さえなかった。それでも彼らが入札に対してポジティブだったのは、自社が掲げる「スポーツの民主化」というポリシーに、絶対的な自信があったからだ。その具体的なコンセプトは3つ。

「スポーツファンに対して、より良いサービスを、観たいコンテンツを適切な料金で、しかも生活パターンに合致した形で提供する。この3つのコンセプトで、DAZNというサービスを立ち上げました。そしてサービス開始以降も、常にファンのことを考え、ファンの望むサービスを提供するために彼らの声に耳を傾けて、それに基づいたサービスの改善に結びつけていく。それが、われわれの考える『ファンズ・ファースト(Fan’s First)』なんです」

「ファンズ・ファースト」の具体例として挙げられるのが、今年から実装される予定のダウンロード機能。サドラー氏によれば、視聴者のリクエストでも常に上位にあったため、高い優先順位でサービス提供の運びとなったという。これが実現すれば、深夜に配信されたチャンピオンズリーグの映像をダウンロードして、翌朝の通勤の間にスマートフォンで視聴できる。サッカーファンにとっては、まさに夢のような話ではないか。

この1年でのJリーグとの関係性に「手応えを感じる」サドラー氏。
この1年でのJリーグとの関係性に「手応えを感じる」サドラー氏。

■目標は「Jリーグに投資して、さらに価値を高めていくこと」

 パフォームが10年で2100億円という大型契約を結んだ理由について、サドラー氏は「われわれはJリーグの放映権を得ることだけが目的ではなく、Jリーグに投資することで、現状からより(リーグの価値を)高めていきたいという明確な目標がありました」と語っている。つまり、それだけ彼らはコンテンツとしてのJリーグに、大きな可能性を感じていたということだ。果たして、ロンドンに本社を持つグローバル企業は、Jリーグのどのような面を評価しているのだろうか。サドラー氏の答えはこうだ。

「ひとつは、平均入場者数が世界的に見ても高いこと。観客に女性ファンの比率が高く、安全な雰囲気な中で試合が行われていること。それから同じチームが頻繁に優勝しないこと。つまりリーグ内の競争力が激しくて、毎年のように優勝チームが変わる。そういった(日本独自の)部分と、われわれが提供できる部分をマッチングすると、現状よりも何倍も良いサービスを提供できる。そういった確信がありました」

 実は村井チェアマンも、先のインタビューの中で「外資系企業という見方が先行しがちですが、パフォーム・グループは日本サッカーの発展に心底情熱を持ってくれています」と大きな信頼を寄せていた。おそらくパートナーシップを組んだ当初、Jリーグとパフォーム(そしてDAZN)は、互いの企業文化の違いに戸惑いを感じることも少なくなかったと思われる。それでも、両者が互いに補完関係にあることに気付いてからは、スムーズに物事が進むようになったとサドラー氏は語る。

「われわれには、UEFA(欧州サッカー連盟)や各国のサッカー協会との仕事の中で蓄積されたノウハウがありますが、日本については知らないことがまだまだあります。Jリーグはその逆ですよね。(パートナーシップを組んで)1年が経過して、われわれが考えた新しい施策について、Jリーグ側も前向きにとらえるようになりました。(昨年と比べて)一緒に考えていこうという姿勢が明確になったと思います」

 DAZN元年は、開幕節で視聴トラブルが起こるなど、問題がまったくなかったわけではない。それでも「黒船」と思われていた外資系メディアが、わずか1年の間に日本のファンに受け入れられたことを思えば、Jリーグとパフォームの目論見は概ね成功したと言えよう。当初からの「スポーツの民主化」に加えて、2年目の今季は「ファンズ・ファースト」をより意識しながら、さらなるサービスの向上を期待したいところだ。

 なお、サドラー氏へのインタビューの完全版を、有料ウェブマガジン『宇都宮徹壱WM』にて、3月1日と2日に掲載予定だ。この中でサドラー氏は、Jリーグへの入札に関する経緯や日本市場へのプライオリティが高かったことなど、これまであまり知られていなかった事実についても証言している。こちらも是非、ご覧いただければ幸いである。

※写真はすべて著者撮影

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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