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天空の覇者だった「巨大トンボ」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 恐竜よりも前の古生代の地球は、シダ植物と巨大昆虫の世界だった。中でも最大は両翅を広げると約70センチにもなる巨大トンボで、チョウゲンボウなどの小型の猛禽類と同じくらいの大きさだ。今回、古生代の巨大トンボの生態について新たな考え方が示された。

昆虫が地球を支配していた時代

 地球の地質年代は大きく先カンブリア時代(約40億〜約5億4100万年前)、古生代(〜約2億5190万年前)、中生代(〜約6600万年前)、新生代に分けられ、古生代はカンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、ペルム紀に分けられる。

 生物が本格的に海などの水中から陸上へ出てきたのが石炭紀(約3億5890万〜2億9890万年前)といわれ、石炭紀からペルム紀(約2億9890万〜約2億5217万年前)にかけての地球で現在の昆虫の祖先である節足動物が主人公となっていた。

 ただ、生命の樹形図の中で約4億8000万年前に出現したと考えられる昆虫の祖先はまだはっきりとしない。あるときに脊椎動物と分岐したと考えれば、約5億4100万年前までの先カンブリア時代にはすでに節足動物の祖先が誕生していたはずだ(※1)。

 いずれにせよ、地球上で昆虫の仲間は爆発的な進化を遂げて多様性を広げ、現在もその隆盛は続いている。昆虫に魅せられた人は多いが、その姿形や色、生態などに驚かされる。夏休みの自由研究に昆虫をテーマに選んだ子どもも多いだろう。

 その中でもトンボ(トンボ目、Odonata、トンボ亜目、Anisoptera)は、大きさや色の多様性、肉食であること、水中のヤゴからの不完全な変態、飛行中の様子、複眼と翅の精緻さ、興味深い生殖など、昆虫の中でもスター級の魅力を持っている。

 トンボの祖先で最も巨大かつ現在でも飛行する昆虫で最大のものは、メガネウロプシス・ペルミアナ(Meganeuropsis permiana)で、約2億8350万〜2億9010万年前のペルム紀前期に生息していたと考えられている。

 この巨大トンボの化石が最初に発見されたのは、1880年でフランス中部にあるコメントリー(Commentry)という場所の炭鉱だ。1885年に巨大な翅脈(Nerve)を意味するメガネウラ(Meganeura)と名付けられた(Meganeura monyiなど)。

 一方、米国のカンザス州からオクラホマ州にかけてのペルム紀前期の地層でも古生代の巨大な昆虫の化石が多く発見される(※2)。

 メガネウロプシス・ペルミアナの化石はカンザス州エルモの発掘サイトから1937年に発掘され、片方の翅の長さが33センチの化石が1939年にメガネウロプシス・ペルミアナとして初めて記載された。この翅から全幅は71センチに達し、全長も43センチになるのではないかと推測され、巨大トンボとして一躍有名になる。

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米国カンザス州のペルム紀前期の地層から発見されたメガネウロプシス・ペルミアナの翅。現在のトンボはど翅脈は複雑ではない。Via:Frank M. Carpenter, "The Lower Permian Insects of Kansas. Part 8: Additional Megasecoptera, Protodonata, Odonata, Homoptera, Psocoptera, Protelytroptera, Plectoptera and Protoperlaria." Proceedings of the American Academy of Arts and Sciences, 1939

天空から睥睨する巨大トンボ

 このように古生代の巨大トンボの分類と現在のトンボやカゲロウ(Mayfly、Ephemeroptera)、カワゲラ(Plecoptera)との関係についての研究は長く混乱してきた。

 例えば、米国で発見されたメガネウロプシス・ペルミアナはフランスのメガネウラと混在し、最初はメガネウロプシス・アメリカーナと名付けられ、当初、メガネウロプシスとメガネウラも同じ絶滅したトンボ目(Protodonata、オオトンボ目)とされた。また、これら巨大トンボが現在のトンボやイトトンボ(Zygoptera)の直接の祖先なのか(科や種レベル)、カゲロウ目やカワゲラ目も含めた広い範囲での種(Palaeoptera)の祖先なのか(目レベル)について議論が続いている。

 その後、古生代のトンボについて、系統的な関係が翅脈の形状などから次第に整理され始めた。同時に、現在のトンボとの翅や生殖器の形態や機能の違い、またそこから推測される交尾の方法などから、これらの巨大トンボはドラゴンフライ(Dragonfly)と呼ばずにグリフィンフライ(Griffinfly)とすべきという提案もなされている(※4)。グリフィン(あるいはグリフォン、Griffon)は、ライオンの身体にワシやタカなどのような翼を持つ西洋の伝説上の生物だ。

 現在まで巨大トンボのヤゴの化石は発見されておらず、彼らの不完全変態の生態がいつから始まったのかわかっていない。古生代のトンボは実はジュラ紀や白亜紀などの中生代まで生き残っていたかもしれないという説もあり(※5)、絶滅した化石昆虫全体の分類もようやく端緒についたばかりといえる(※6)。

 では、これらの巨大トンボは、どのような生態を持っていたのだろうか。

 それについて、フランスのソルボンヌ大学などの研究グループが化石の分析研究から、現在の鳥類の猛禽類のように獲物を捕食するハンターだったのではないかという論文を出した(※7)。

 研究グループは、古生代のトンボは、現在のトンボのような巨大な複眼を持ち、360度の視界を得て獲物を捕らえるための前足や顎も発達していることがわかったという。おそらく当時、最も大きな飛翔する生物であり、天空から舞い降りて獲物に襲いかかったようだ。

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絶滅した古生代(石炭紀)の巨大トンボの一種Namurotypusのオス。Via:G Bechly, et al., "New results concerning the morphology of the most ancient dragonflies (Insecta: Odonatoptera) from the Namurian of Hagen‐Vorhalle (Germany)." Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research, 2001:drawing by G. Bechly, based on a drawing of W. Sippel

 現在の最大のトンボで20センチ以上のものは確認されていないが、当時の地球は気温も酸素濃度も高く、昆虫が巨大化する環境にあったと考えられる。昆虫の天敵であるコウモリや鳥類などの脊椎動物もまだ出現しておらず、巨大トンボはまさに空中の覇者だったのだろう。

 現在のトンボは、一般的なトンボである不均翅亜目、イトトンボの均翅亜目、その中間の日本の固有種であるムカシトンボの均不均翅亜目(Anisozygoptera)になるが、これらのトンボがいつ分かれたのかについても議論がある(※8)。まして、絶滅してしまった古生代のトンボだ。謎の解明にはまだまだ研究が必要だろう。

※1:Nicholas H. Putnam, et al., "The amphioxus genome and the evolution of the chordate karyotype." nature, Vol.453, 1064-1071, 2008

※2:Roy J. Beckemeyer, et al., "The entomofauna of the Lower Permian fossil insect beds of Kansas and Oklahoma, USA." African Inbertebrates, Vol.48(1), 2007

※3:Frank M. Carpenter, "The Lower Permian Insects of Kansas. Part 8: Additional Megasecoptera, Protodonata, Odonata, Homoptera, Psocoptera, Protelytroptera, Plectoptera and Protoperlaria." Proceedings of the American Academy of Arts and Sciences, 73(3), 29-70, 1939

※4-1:Carsten Brauckmann, et al., "Neue Meganeuridae aus dem Namurium von Hagen‐Vorhalle (BRD) und die Phylogenie der Meganisoptera (Insecta, Odonata)." Deutsche Entomologische Zeitschrift Banner, Vol.36, Issue1-3, 177-215, 1989

※4-2:G Bechly, et al., "New results concerning the morphology of the most ancient dragonflies (Insecta: Odonatoptera) from the Namurian of Hagen‐Vorhalle (Germany)." Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research, Vol.39, 209-226, 2001

※5:James B. Whitfield, et al., "Ancient Rapid Radiations of Insects: Challenges for Phylogenetic Analysis." The Annual Review of Entomology, Vol.53, 449-472, 2008

※6:Jakub Prokop, et al., "Redefining the extinct orders Miomoptera and Hypoperlida as stem acercarian insects." BMC Evolutionary Biology, Vol.17:205, Doi 10.1186/s12862-017-1039-3, 2017

※7:Andre Nel, et al., "Palaeozoic giant dragonflies were hawker predators." Scientific Reports, Doi:10.1038/s41598-018-30629-w, 2018

※8:Sebastian Busse, et al., "Phylogeographic Analysis Elucidates the Influence of the Ice Ages on the Disjunct Distribution of Relict Dragonflies in Asia." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0038132, 2012

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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