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シリア北部を占領するトルコとシリア政府・クルド民族主義勢力の間で水と電気をめぐる戦いが激化

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2020年8月20日

トルコが「平和の泉」作戦と称して、シリア北部のハサカ県ラアス・アイン市一帯とラッカ県タッル・アブヤド市一帯に侵攻し、占領下に置いてから10ヶ月が経った。同地では、8月に入ってから、このトルコと、シリア政府、そしてクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局との間で、水と電気をめぐる戦いが激しさを増している。

現在のシリアの勢力図(筆者作成)
現在のシリアの勢力図(筆者作成)

トルコはアルーク揚水場の水道水供給を停止

国営のシリア・アラブ通信(SANA)、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)、そして英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団などは8月20日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下に置かれているハサカ市と周辺の農村地域で水不足が深刻化し、100人の住民が乾きと新型コロナウイルス感染症拡大の二重苦に晒されていると一斉に伝えた。

シリア政府と北・東シリア自治局は、後者の支配下にあるダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸でのアラブ人部族の蜂起をめぐって鋭く対立している。だが、北部および北東部の国境地帯では、トルコの軍事的脅威に対抗するため、シリア軍がロシア軍とともに最前線に展開し、北・東シリア自治局の武装部隊であるシリア民主軍(クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)主体)が後方の防衛を担っている。自治をめぐっては、ハサカ市の中心部をシリア政府が支配する一方、それ以外の地域は北・東シリア自治局が実効支配している。

ハサカ市とその周辺の農村地域での水不足は、トルコ軍とその支援を受ける国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)が8月13日に、ラアス・アイン市近郊のアルーク村にある揚水所からの水道水の供給を、保守点検を口実に停止したことが原因。

トルコ軍とTFSAは、今年3月から断続的にアルーク揚水所からの水道供給を停止しており(「UNICEFはトルコ軍による水道水供給停止でシリアの子どもが新型コロナ感染の脅威に晒されていると非難」を参照)、シリア人権監視団によると、今回で停止措置がとられるのは8度目となる。

シリア政府と北・東シリア自治局の対応

ANHAによると、これに対して、北・東シリア自治局は、ハサカ県の自治を担当するジャズィーラ地域ハサカ地区水道局が、アルーク揚水所の代替施設として、ハサカ市の西に位置するハンマ村で50本の井戸を新たに掘削することで、対応しようとした。

8月初めに着工した工事により、現在までに25本の井戸が掘削され、水を供給しているという。

一方、シリア政府も対応に尽力している。

ハサカ県水道局のマフムード・アクラ局長がSANAに対して明らかにしたところによると、緊急対策として、ハサカ市の西に位置するカンシャーファ村、タッル・ブラーク町、ハンマ村で表層取水を行い、政府や関連機関のタンクローリーで水道水を運搬しているという。

また、住民が新たな井戸を掘り、水の確保に努めているが、井戸水は飲料には適していないため、苦慮しているという。

アクラ局長は「アルーク村の揚水所での復旧作業は未だに行われていない」とトルコを非難したうえで、次のように述べ、危機感を露わにした。

住民の苦難は、気温が上昇しているなかで続いている。現時点でアルーク揚水所以外に水の供給源がないなかで、より多くの水が必要になっている。

占領国のトルコがアルーク村の揚水所を水道局の労働者に引き渡すのが唯一の解決策だ。それ以外の方法で一時的に解決したとしても、問題は続くことになる。

増幅する混乱

シリア人権監視団によると、トルコは、北・東シリア自治局に対して、自らが占領するラアス・アイン市一帯地域にこれまで以上の電力を供給するよう要求している。だが、北・東シリア自治局がこれを拒否しているために、アルーク揚水所を止水したという。

なお、同監視団によると、北・東シリア自治局もこれに対する対抗措置として、これまで行ってきたラアス・アイン市への電力の供給を停止しているという。

そのラアス・アイン市では、混乱が増幅している。8月17日、住民数十人が国境通行所前で抗議行動を行い、TFSAによって繰り返される横暴に抗議するとともに、断続的な水不足と停電に対応するようトルコ側に迫ったのである。

また、TFSAを主導する武装集団の一つで、アレッポ県北部や北西部を主要な活動地とするハムザ師団の司令官の兄弟にあたるアフマド・ブーラートが8月20日に同国境通行所の局長に任命されると、混乱はさらに激化した。

地元の名士らによって構成され、ラアス・アイン市の自治を担う地元評議会は、ブーラートの任命に抗議するとして業務を停止した。また、活動家らは住民に抗議デモを呼びかけた。

さらに、この人事の是非をめぐって市内でTFSAに所属する戦闘員どうしが交戦するという事態も発生した。

戦火を交えたのは、地元住民からなるハサカの盾旅団と、ハムザ師団の支援を受ける部族の民兵。戦闘の末、双方合わせて3人が死亡、5人が負傷した。

侵攻作戦の名前にちなんで、トルコが「平和の泉」地域と呼ぶ地域では、「平和」がもたらされるどころか、占領による不正と紛争の「泉」と化している。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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