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韓国が「金正恩の健康問題」を取り上げる理由 10年前から流布される「健康不安説」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
ダイエットしていた3年前と今の金正恩総書記(労働新聞から筆者キャプチャー)

 韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は7月29日に国会情報委員会全体会議での報告で金正恩(キム・ジョンウン)総書記の健康状態について「体重が140kgに達した過度な肥満状態であり、心疾患を発症するリスクが高い」と分析していた。

 報告書で「国情院」は「現在の健康状態を改善しない場合、家族歴のある心血管疾患が発症する可能性がある」とまで言い切っていた。「家族歴」というのは祖父の金日成(キム・イルソン)主席も父の金正日(キム・ジョンイル)前総書記が心筋梗塞で亡くなった事例を指している。

 韓国は金総書記の健康状態をまるで主治医のように毎年、周期的にチェックしている。他国の指導者の健康問題にここまで関心を払う国はおそらく韓国ぐらいであろう。

 当然である。北朝鮮とは敵対関係にあり、独裁者と目されている金総書記の一声でいつ交戦状態になるかもしれないからだ。その一方で、一転豹変して、いつまた対話が再開されるかもしれない相手でもあるからだ。但し、何も金総書記の健康を気遣っているからではない。健勝を願ってとか、死なれては困るとの意味合いからでもない。その逆である。

 韓国が後頭部に瘤ができた金日成(キム・イルソン)主席の時から「北朝鮮の有事」を待ち望んできたのは紛れもない事実である。それもこれも、待てどもクーデターによる政変も、東欧や中東で起きた民衆決起も起きないからである。

 結局のところ、口にこそ出さないが、韓国が望む北朝鮮の体制崩壊も、南北の統一も金総書記の「自然死」即ち、病死以外ないと思っているが故にこうした健康チェックを怠らないのであろう。また、韓国国民に「もう少し待てば、そのうちに」との「希望」を持たすことで絶望的な南北関係の現状を受け入れさせることにも狙いがあるようだ。はっきり言って、それ以外にこの類の「健康不安説」をほぼ毎年流す理由は見当たらない。

 昨年も確か、「国情院」は5月31日に国会情報委員会への報告で金総書記の健康状態について「肥満とアルコールとニコチン依存、さらには睡眠障害に悩まされている」と報告していた。昨年も体重は「AIの分析、140kg」と発表していた。AIの分析を待つまでもなく、外見からも肥満は推定できる。加えて、不健康の原因は「ストレスと喫煙、飲酒」と分析していた。

 金総書記の体重については後継者としてデビューした2009年が90kgと推定されていたが、2016年7月1日に李炳浩(イ・ビョンホ)「国情院」院長(当時)は国会情報委員会で「最近、体重は130kgに増え、不眠症で夜眠れないようだ。暴飲暴食により成人病を発症する可能性がある」と報告していた。

 激太りを気にしたのか、金総書記は2021年春頃にダイエットに取り組み、この年の6月4日に開催された労働党政治局拡大会議では痩せ、さらに3か月後の9月10日の建国73周年軍事パレートでは一段とスリムになっていた。

 しかし、長続きはしなかった。「国情院」は2022年9月の報告書で「一時、減量していたが、また太り出し、以前の130~140kgに戻ったことが確認された」と報告していた。この報告書どおりならば、要は金総書記の体重はこの2年間、ほとんど変化がないということだ。

 これまで「肥満に暴飲とニコチン依存と不眠症」による「金正恩健康不安説」は金正恩総書記在任11年で7回もあった。

 金総書記が長期間、姿を現さないと韓国のメディアは「身辺になにかあったのでは」と必ず記事が流れる。

 今から10年前、政権発足から2年目の2014年に金総書記が9月3日以来、1か月以上も公式の場に出なかった時に韓国で「もしかしたら」の声が広まったが、原因は痛風だった。金総書記はこの年の7月から8月にかけて足を引きずって歩き始め、しまいには杖までついていた。その場面が朝鮮中央テレビにも映し出され、「不便な体で精力的に視察している」とのナレーションが流れると、韓国では「高尿酸血症や高脂血症、肥満、糖尿、高血圧などを伴う痛風に苦しんでいる」と報道された。

 確か、2020年の時も金総書記が4月12日の最高人民会議を欠席し、さらには祖父の誕生日である4月15日の錦繍山太陽宮殿を参拝しなかったことから「異変説」が流れ、韓国のメディアだけでなく、米CNNやNBCまでが揃って「危篤」「脳死状態」と伝えていた。

 太り過ぎではなく、2021年には12月に父親の死去10周年の追慕式典に出席した際に激やせで登場したため韓国では一斉に「老けた」「やつれた」「病気を患っているのでは」と報じられていた。

 「金正恩健康異変説」を伝えた当時の各紙をみると、「ソウル新聞」は「1984年生の金正恩が瞬時に老いた!経済、健康のせいか?」、「ソウル経済」は「何が起きたのか・・・30代金正恩の急激な老化に『健康異常』』、「韓国経済」は「30代は本当か?金正恩が急激に老化」、「アジア経済」は「57歳だとしても信じられる・・30代の金正恩が急激に老化したことに話題集中」との見出しをそれぞれ掲げて、「健康不安説」を伝えていた。

 新聞だけでなく、「MBN(毎日放送)」も「金与正『権力序列上昇』…急激に老化した金正恩」、「テレビ朝鮮」も「金正恩急激に老化…1年でこんなことが」と金総書記のやつれぶりを伝えていた。

 こうした加熱ぶりをみると、太っても、痩せても金総書記の健康問題は韓国ではネタになるようだ。極論を言えば、韓国のメディアは一日も早く、訃報記事を載せたくて仕方がないようだ。

(「ニコチン中毒」の金正恩総書記はマナー違反の「常習犯」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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