「倒産する」「業務進まぬ」などで在宅勤務を拒否 従業員から不満の相談相次ぐ
東京を中心に、全国で新型コロナウイルスの感染が拡大している。休日には外出自粛が呼びかけられるなか、平日は通常出勤を求められ、多くの人が不安を抱えながら働いているのではないだろうか。
満員電車を利用せざるをえない人は、通勤時に感染のリスクを感じるだろうし、職場環境によっては、就業中にもその不安を抱えている人もいる。
私が代表を務めるNPO法人POSSEおよびその連携団体には、2月下旬から350件を超えるコロナ関連の相談が寄せられているが、職場のコロナ対策に不満・不安を感じている人からの相談も、日を追うごとに増えてきている(本記事の末尾に労働相談窓口の案内)。
表に見られるように、相談の多数は休業や解雇、雇止めに関するものだが、3月下旬には職場のコロナ対策への不満の相談が増加してきている。企業側の対策の不備はあまり社会にも注目されていないのだが、感染の拡大や労働者本人のお健康・命にかかわる問題だけに、こちらも深刻な問題である。
そこで、この記事では、コロナ関連でどのような労働相談が多いのかを紹介するとともに、企業のコロナ対策の不備をどのように解消できるのかを考えていきたい。とりわけ非正規労働者にたいしては、正社員と異なる対応がとられているが、こうした差別が法的に妥当なのかについても解説していく。
コロナ対策がなされないオフィス
企業のコロナ対策への不満は、(1)職場でコロナ対策が徹底されていない、(2)在宅勤務が認められない、に大別される。下記の表のように、圧倒的に多いのは(2)である。まず(1)から見ていこう。
これだけ感染が広がっているにもかかわらず、「会社がアルコール消毒などの対策をきちんとやってくれない」、「換気のできない場所で働かされている」といった、会社がコロナ対策に積極的でない事例である。
周知のとおり、新型コロナウイルスの感染防止には、3つの「密」を避けるよう呼びかけられている。換気の悪い「密室」空間、大勢のいる「密集」場所、間近で会話する「密接」場面、である。
職場によっては、この「密」を避けることが徹底されておらず、それに不安を感じる労働者からの悲痛な相談が寄せられている。
ある宿泊施設に勤務する方は、夜勤の従業員への引き継ぎを行う際に、それが「密室」かつ「密接」な場所で行われることに、大きな不安を抱いている。
その引き継ぎはの場は10人未満だが、2畳ほどのかなり狭い場所で会議が行われているという。客に配慮して、窓を閉めていることも多く、換気が悪い。会議の最後には、全員で「いらっしゃいませ」などの挨拶や社訓を言わされ、円陣も組む。こんな時期に、他の従業員と手が触れ合うのは避けたいが、上司は聞き入れてくれない。
この事例を見ると、大人数ではないが、狭い空間に複数人が集まっているため、「密集」も該当すると考えられる。そのため、換気がされない「密室」で、円陣を組むために他の従業員と手を合わせるという「密接」な場面は、3つの「密」を満たしてしまっているのである。
こうした環境のなかで、自身が感染してしまうのではないかと不安を覚えるだろうし、家族に高齢者等を抱えている場合にはなおさら、感染を避けたいと考えるのは当然のことだろう。
在宅勤務の拒否
次に、会社のコロナ対策についての不満の中で、最も多い相談を見ていこう。それは、(2)の「在宅勤務を認めてくれない」というものだ。
ここでも、「職場のコロナ対策」が不十分であることから、在宅勤務を希望する相談が見られる。例えば、あるIT企業で働く人は、「職場が高層ビルのなかにあり、窓が開かず、換気の悪い場所で働いている」という。他にも、「満員電車を避けたい」、「小さい子どももいて、通勤時に感染しないか心配」という声があがっている。
だが、「会社からそれを拒否されてしまった」という相談が後を絶たない。会社はなぜ、在宅勤務を拒否するのだろうか? いくつか会社側の言い分をみていこう。
前出のIT企業で働く人は、会社から、「貸し出し用のパソコンがない」、「回線がない」ために、在宅勤務はできないと言われたそうだ。だが、このIT企業は多くの人が知る大企業であり、本当に在宅勤務のためのシステムが構築されていないのか、会社側の回答には、大いに疑問が残る。
また、ある調査会社で働く人は、何度か在宅勤務を要請したが、次のように拒否されてしまったという。
会社から、「みんなが在宅勤務になると、業務が進まず、売り上げが下がり、しまいには会社は倒産してしまう」と言われてしまった。時差出勤は行っているが、マスクをしていない人も多く、安心して働ける環境ではないと思う。
会社は、「しまいには倒産してしまう」かもしれないと、ある種の脅しともいえるような理由を挙げて、在宅勤務を拒否している。多くの人は、会社からここまで言われてしまえば、諦めるしかないと思うにちがいない。
そのほかにも、「在宅だと、会社にいるときと同じパフォーマンスでないから」(出版社の事務)と在宅勤務を拒否され、それでも在宅を選択する場合は、「減給する」と言われたという相談も寄せられている。
仮に、実際に業務が進まなかったり、パフォーマンスが落ちてしまうとしても、それと感染防止や命を守る行動が、天秤にかけられてしまってよいものだろうか。
すでに別の記事で紹介したように、すべての会社は、労働者が安全に働けるよう配慮する義務を負っている(参考:自分の会社が「コロナ対策」をしてくれない時、どうすればいい?)。上記に紹介した会社の対応は、この安全配慮義務に違反している可能性が非常に高い。
何よりも、社会全体が感染拡大防止に取り組まなければならない中で、これらの企業も従業員の要望に耳を傾けると同時に、CSR(企業の社会的責任)を果たすべきである。
海外では、職場の安全対策が徹底されていない場合、多くの人が出勤拒否(ストライキ)をして、こうした事態に対抗しているという実態もある(参考:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波)。
自分の職場が「クラスター」とならないために、またその被害に遭わないために、日本で働く労働者も、無理をして働き続けるべきではないだろう。
ここでも見られる「非正規差別」
最後に、(2)在宅勤務が認められないという相談のなかでもとくにひどいのが、正社員と非正社員とで会社の対応が異なる、ということである。
私たちのもとに寄せられるコロナ関連の相談の大半は、契約社員やパート等として働く非正規雇用者からのものである。そのため、非正規の方からも、「会社が在宅勤務を認めてくれない」という相談は多い。先の表にあるように、(2)在宅勤務が認められないという21件の相談のうち、半数を超える12件は、非正規労働者からの相談であった。
だが、このとき、「同じ職場の正社員の人は認められているのに」という不満がセットになっているのだ。
- 「正社員には在宅勤務が認められているのに、パートは認めてくれない」(調査会社、パート)
- 「派遣先の社員はテレワークに移行しているのに、派遣社員は出社させられ、時差出勤も認められていない」(デザイン会社、派遣)
- 「時差出勤、在宅勤務について通達があったが、派遣社員は対象にならないと言われた。時給制のため、休むと賃金がカットされ、生活が苦しくなってしまう」(業種不明、派遣)
- 「派遣先の上司・同僚は出社停止となった。自分も在宅勤務を希望したが、契約書にテレワークに関する記載がないことを理由に、出社を求められている」(IT、派遣)
正社員か非正社員という「雇用形態」によって、会社がその取り扱いを変えている。感染のリスクという点から考えて、このような差別がまかり通っていいのだろうか?
この4月1日からは、働き方改革関連法の一環で、「同一労働同一賃金」制度が、大企業に導入された(中小企業には、2021年4月から適用される)。
本制度は、同じ仕事をしていれば、正規・非正規かに関係なく、同じ賃金が支払われるというものだ。基本給などを中心に、すべての待遇について、不合理な格差を禁止することを目的としている。共同通信によると、全国の主要企業110社のうち72%は、本制度の導入によって、非正規の待遇改善が進むと回答しているという。
だが、コロナ対策で差別をしているようでは、とても非正規雇用者の待遇が改善され、不合理な格差がなくなっているとはいえない。
厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドラインには、「通常の労働者と同一の業務環境に置かれている短時間・有期雇用労働者には、通常の労働者と同一の安全管理に関する措置及び給付をしなければならない」と書かれている。
要するに、同じ職場環境で働く正規・非正規の間で、同じ安全管理に関する措置を取らなければならない、と言っているのである。これは、派遣労働者についても同様である。
また、労働契約法20条では、有期労働者(いわゆる非正規雇用者)と無期労働者(多くは正社員)の間で、労働条件に不合理な違いを設けることを禁止している(なお、この労契法20条は、2020年4月1日からパートタイム・有期雇用労働法第8条に統合されているが、趣旨としては同様である)。
こういった法律と照らし合わせてみても、雇用形態によってその取り扱いを変えるという会社の「コロナ対策」は不合理であり、到底認められないと考えられるのである。くり返しになるが、感染防止の必要性から考えれば、正社員か非正社員かどうかは、まったく問題にならないはずである。
企業はCSR(社会的責任)を果たすべきだ
相談者のなかには、会社のコロナ対策について、「不十分ではないか」や「もっとこうした方がいいのではないか」と自ら提案している人もいる。だが、1人でその交渉を行っても、簡単にあしらわれてしまうケースも少なくない。
しかし、このコロナ危機がいつまで続くか、先行きが見えない中で、安心して働くために、在宅勤務や出社拒否というかたちで、自分の身を守ることが、ますます必要になってくるだろう。
ここで有効なのが、労働組合法による「交渉」の力である。労働組合は法律に守られており、不合理な(ときには違法な)、安全配慮義務違反の働かせ方を是正させたり、非正規への差別をやめるように求めることができる。
企業に社会的責任(CSR)を果たしてもらうためには、労働者側からの積極的な働きかけが必要だということもできるのだ。
会社に労働組合がない場合や、社内労組があってもこうした問題に取り組んでくれない場合には、1人でも加入できる労働組合(ユニオン)に加入し、会社と「団体交渉」を行うことで、自分たちの要求をきちんと会社側に伝え、誠実に対応させることができる。
新型コロナへの感染対策不備、非正規差別に関する緊急労働相談ホットライン
日時:2020年4月4日(土)13~17時、4月5日(日)13~17時
主催:NPO法人POSSE
電話番号:0120-987-215
※相談料・通話料無料、秘密厳守
無料労働相談窓口
03-6699-9359
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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。
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