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兵庫県、内部告発文書作成の職員が死亡 事実調査よりも犯人捜しと懲戒処分を優先した罪深き対応

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影(THE PAGE 2024年7月16日 斎藤元彦知事定例会見動画)

兵庫県の内部告発文書を作成した前西播磨県民局長(以下、前県民局長)が7月7日に「死をもって抗議する」との言葉を残し、自死したことが報じられました。前県民局長が7月19日出席予定だった百条委員会に、「音声テープ」などの証拠が遺族から提出されました。なぜこのような事態に至ってしまったのでしょうか。

■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供 RMCAチャンネルより)

初動の基本は犯人探しや処分ではなく事実の調査

問題発生時にやるべきことは事実の確認であることは基本中の基本。しかしながら、ありがちな対応は「誰がやったのか」と「犯人捜し」に奔走し、自分を守るために周囲の処分をしてしまいます。兵庫県はまさに典型的な失敗をしてしまいました。加えて、知事、副知事発言を追いかけると、公益通報者保護法の基本知識さえなかったとしか言いようがありません。もっとも、法律がなくても、保身に走らず、事実の確認をし、自らへの批判に対しては謙虚になり、反省すべきは反省し、改善してこそ真のリーダーといえます。

時系列で振り返ります。今回の内部告発文書は3月12日、報道機関、県警、県議に匿名で配布されました。告発内容は7項目です。要約すると次の通りです。

1.ひょうご震災記念21世紀研究機構の理事長死亡。前日に副知事が訪問して副理事長2名を解任したのはいやがらせ行為

2.知事選挙に際しての違反:2021年知事選、選挙期間以前から、県職員4人が投票を依頼

3.選挙投票依頼行脚:2024年2月、産業労働部長が商工会議所に次回知事選での投票を依頼

4.知事宅に贈答品が山積み(ロードバイク、ゴルフセット、スポーツウエア、コーヒーメーカー)

5.政治資金パーティー券を商工会議所に大量購入させている

6.阪神・オリックス優勝パレード、寄付が集まらず、県補助金を増額し、募金としてキックバック

7.知事のパワハラ(夜間、休日指示、激昂等)

(ニュースサイト「ハンター」 2024年4月2日の原本から要約)

内容が全く事実無根であれば、怪文書になってしまいますが、果たして全くの事実無根な内容なのでしょうか。その後の知事の会見や各種報道から現時点までをまとめると、1について知事は死亡との関連は科学的根拠がない誹謗中傷だとコメントしているものの、副知事は理事長を訪問したことは認めています。2は否定。3は予算説明だったとして否定。4について産業労働部長はコーヒーメーカー受領を認めて訓告処分(神戸新聞 2024年7月17日)。5について知事は「不当な圧力をかけていない。副知事に一任している」とし、副知事は「特別職だから問題ない行動」と回答。6は担当総務課長がうつ病となり、のち2024年4月20日に自殺(日刊ゲンダイ 7月12日)。7は「社会通念上の範囲」と知事が回答。つまり、全くの嘘とは言えない内容です。

知事「通報窓口受領以外の通報は公益ではない」は誤認

3月12日の告発文書は匿名でした。その後、3月25日に配布者の職員が西播磨県民局長であると特定され、パソコンを押収、県民局長は解任されました。この解任の報道を筆者が目にした時には、「通報者への不利益扱いを禁止している公益通報者保護法違反ではないか」と感じるとともに、今時このような報復人事を兵庫県が告発者に対してあからさまにしたことがにわかに信じがたく、目を皿のようにして何度も読み返したほどです。

その後、3月27日の知事会見で「職員は作成と配布を認めている」とした上で、内容は「事実無根」「嘘八百」「第三者による調査はしない」と発言。筆者はこの発言そのものが公に行われたパワハラだと感じました。これに対して、解任された県民局長は4月1日に「告発内容は事実である」と反論文書を配布。

さらに、斎藤元彦知事は4月2日の定例会見で「兵庫県に公益通報制度っていうものがあるんですけどそこでは受理はしてないということですので公益通報に該当してないということです(23:46あたり)」と発言。公益通報が窓口受理の案件のみと知事や兵庫県の担当者は誤解しています。

消費者庁の公益通報者保護法に関するQ&Aを確認してみましょう。

Q:まず事業者内部に公益通報をしてからでないと、外部公益通報をすることはできませんか。
A:本法では、通報先として、1事業者内部、2権限を有する行政機関等、3その他の外部通報先が規定されていますが、公益通報者は、順番を問わず、いずれの通報先に対しても公益通報をすることができます

なお、外部の通報先の例としては、「多数の者に対して事実を知らせる報道機関」「国政調査権を行使する国会の議員」「消費者利益の擁護のために活動する消費者団体」「加盟事業者の公正な活動を促進する事業者団体」「行政機関による不正行為等を監視する各種オンブズマン団体」「弁護士や公認会計士が運営する公益通報者支援団体」があげられています。前県民局長は、県警、議員、報道機関に通報しているので外部通報先として保護される機関といえます。

では、匿名の告発は公益通報にならないのでしょうか。消費者庁のQ&Aから再び引用します。

Q:匿名の通報でも本法の規定による保護の対象となりますか?
A:匿名の通報であれば、通報者本人が特定されず、解雇その他の不利益な取扱いを受けないのが通常ですが、本法は対象となる通報を顕名の通報に限定しておらず、匿名の通報であっても、本法に定める要件を満たせば「公益通報」(本法第2条第1項)に該当します。そのため、通報時には匿名でも、何らかの事情により、通報者本人が特定され、通報をしたことを理由として解雇その他の不利益な取扱いを受けた場合には、本法の規定による保護の対象になります

外部通報であっても匿名であっても公益通報となると記載されているのですから、4月2日の知事の会見での発言は明らかに誤認です。

前県民局長が望んだのは「調査」と「改善」

では、知事だけが誤認していたのでしょうか。片山安孝副知事が7月12日の会見で3月25日時点での認識を説明した発言があります。

「私は一番最初は人事管理上の事案であるというふうに考えておりました。一人の職員がいろんな文書を出したということです。・・・文書を職務上に作ってまいたとか、そういうのは一個一個の職務専念義務違反とか地方公務員法上違反とかいろいろですね、このライン上のものだと思っておりました」とこのように、公益通報だと認識していなかったかのように説明しています。しかし、片山副知事は、兵庫県内部通報委員会の構成委員でもあります。よって制度について詳しく知っていた筈です。自らへの告発が含まれた文書については、第三者による調査が不可欠とすぐに発想できた筈です。告発内容を調査せず前県民局長を懲戒処分としてしまい、追い込んでしまったのは、公益通報委員としても責任は重いと言わざるを得ません。

では、外部通報先に匿名で告発した前県民局長は、公益通報者として保護されるにもかかわらず、4月4日に県の公益通報窓口に通報したのはなぜなのでしょうか。この点はやや不思議でした。前県民局長は公益通報制度は調べた上で行動していた筈だからです。この行為によって、「内部の通報窓口に通報しないと保護されないのか」、あるいは「前県民局長は手順を間違えたから処分されたのか」といった誤解をした人もいるのではないでしょうか。この点は重要なのでさらに調べたところ、このいきさつを詳しく報道していた記事が見つかりました。

職員は「知事の違法行為等について」と題した文書の中で、知事によるパワハラ行為などがあったと主張。斎藤知事は2日の記者会見で、弁護士の助言を得ながら、自身の疑惑についても調査する考えを示したが、第三者による調査委員会の設置は否定した。職員はこの対応について「調査方法があまりに非常識・不適切で、真相究明を期待することは到底できない」と公益通報した理由を説明している。(読売新聞 大阪朝刊 2024年4月5日 )

つまり、知事が第三者による調査をしないと会見で発言したために、前県民局長は第三者による調査開始を期待して改めて県の通報窓口に通報したことになります。自分が公益通報者として保護されることを目的として内部通報したというよりも、兵庫県内部通報委員会による調査と改善を促すためだったのです。

では、兵庫県公益通報委員会は調査をしたのでしょうか。

兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを内部告発した前西播磨県民局長の文書を巡り、県の公益通報の担当部署が調査結果として、ハラスメント研修の充実や贈答品受領基準の明確化などの是正措置を講じるよう県側に求める方向であることが20日、わかった。
公益通報に基づく調査は県財務部が所管。県議会の調査特別委員会(百条委員会)、県の第三者機関とは別に調査を進めてきた。弁護士らで構成する「公益通報委員会」に意見を聴いたうえで、是正措置などの対応を決める。委員の一人だった片山安孝副知事は文書で疑惑が指摘されており、この件では外れている。(日経新聞 2024年7月20日)

この報道によると県の「公益通報委員会」は調査をしていたことになります。公益通報委員会が調査をしていたのであれば、県人事課による前県民局長の解任や5月7日の停職処分といった処分について「通報者への不利益行為は禁じられている」「外部通報でも保護される」と注意ができたはずです。処分の取り消しをすべきであるとする指摘をしなかったのでしょうか、ここは疑問です。もししていないのであれば、公益通報委員会そのものが機能していなかったことにもなります。この点の調査、検証も今後行う必要があるでしょう。

前県民局長が望んだのは、「調査」と「改善」です。彼が3月12日に配布した文書の最後は「議会関係者、警察、マスコミ等へも提供しています。しかし、関係者の名誉を毀損することが目的ではありませんので取扱いにはご配慮願います。兵庫県が少しでも良くなるように各自のご判断で活用いただければありがたいです」で締めくくられています。兵庫県は、第三者による「調査」と「改善」を確実に進めるべきです。

<参考>

兵庫県 公益通報委員会構成メンバー

https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk23/documents/r50526kouseiin.pdf

兵庫県知事定例会見(3月27日 ひょうごチャンネル)

https://www.youtube.com/watch?v=g_ys1ILMqAI

兵庫県知事定例会見(4月2日 ひょうごチャンネル)

https://www.youtube.com/watch?v=DsP2zlLjj9w

兵庫県を揺るがす「告発文書」を入手(ハンター 4月2日)

https://news-hunter.org/?p=21743

消費者庁 公益通報者保護制度 Q&A集

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/faq

新聞ではわからない疑惑の核心!「おねだり疑惑」兵庫県知事はどこで間違えたのか(スローニュース 7月17日)

https://slownews.com/n/n00fb7d3d551d

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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