Yahoo!ニュース

ルポ「ガザは今・2019年夏」・6「急増する自殺」

土井敏邦ジャーナリスト
焼身自殺未遂で重傷を負った青年(家族提供)

――急増する自殺―― 

【出産間近の妻を残して焼身自殺】

 2018年5月、ガザ市内で一人の青年が夜中に近くの公園で、身体にガソリンを被り、自ら火を付けた。重度の火傷を負った青年は病院に運ばれたが、4日後、息を引き取った。

 それから3ヵ月後の8月初旬、私はその青年の家族を訪ねた。父親はその衝撃から立ち直れず、取材には応じられないと言ったが、同居する青年の祖父がインタビューに応じた。

「ファトヒはよく歌を唄い、隣人とふざけ合っていました。とても陽気で、いい青年でした」

 祖父サイード・ハルブ(73)は生前の孫ファトヒ(享年22)をそう語った。

孫ファトヒの焼身自殺を語る祖父サイード(2018年8月/筆者撮影)
孫ファトヒの焼身自殺を語る祖父サイード(2018年8月/筆者撮影)

 ファトヒはガザ市内の大学卒業後、仕事を探したが見つからず、近所で理髪店を始めた。しかし客が少なく、すぐに廃業した。肉体労働の仕事もやったが、「1日仕事をすれば、10日はない状態」だった。

「私は結婚するように説得しました。エネルギーが有り余って、解消したいだろうと思ったからです。悪い仲間に引き込まれないように、結婚した方がいいとファトヒを説得しました」とサイードが言う。

 ファトヒの両親も祖母も同意した。サイードの従兄弟にいい娘がいたので、その娘と結婚するように説得したら、ファトヒは受け入れた。問題は結婚のための費用だった。ファトヒの父親は、2007年の内戦でガザを追われた自治政府の警官だったため、十分な収入はない。サイードは「自分が負担するから」と自ら申し出た。

 ファトヒは結婚し、やがて妻は妊娠した。

生前のファトヒ(遺族提供)
生前のファトヒ(遺族提供)

 生まれてくる子を養うためにも、収入を得なければと焦ったファトヒは、必死に仕事を探した。しかし、どうしても見つからない。妻の出産が迫っていた。

「ガザには大学卒業生が15万人もいます。ファトヒもその一人でした。(収入を得られる)ハマスのメンバーでもありませんでした」

 

 5月のある日、夜中の1時ごろ、突然、警官がハルブ家のドアをたたいた。ドアを開けた家族に、警官はファトヒが焼身自殺を図ったことを伝えた。

「叔父たちが病院に行ったとき、ファトヒは重体でした。2~3日は持ち直したように見えましたが、4日目に死にました」

 警察の事情聴取を受けたファトヒの友人たちの話では、彼らと一緒にいたファトヒが突然その場から立ち去り、ガソリンを持って戻ってきて、それを被って火を付けたということだった。

 ファトヒが死んだ3日後に妻が出産した。その子は「ワタン(祖国)」と名付けられた。

父親の死から3日後に生まれた「ワタン」(遺族提供)
父親の死から3日後に生まれた「ワタン」(遺族提供)

【家族を養えない焦りと絶望】

「自殺の理由は何だったのか」と問う私に、祖父サイードはこう答えた。

「ガザの若者には仕事も将来もないんです。妻が出産しようとしているのに、1シェケル(30円)の金もないんです。子どものミルクを自分の父親が買ってくれるのを待てというんですか?孫が焼身自殺したのは、仕事もなく父親になるプレッシャーのためですよ。

 孫だけではありません。私たち全てが、ガザで生きる苦しみで爆発しようとしているんです。封鎖、ハマス、国境、停電、断水・・・ガザの住民みんなが苦しんでいます」

「アジアやアフリカの僻地にさえ電気があるのに、ガザには4時間しかないんです」とサイードは訴えた。

「パンを焼いたり、水を階上に汲み上げるのに4時間では足りません。私たちの生活は地獄です。しかし世界の他の国の人たちは、このガザの現状など全く知らないし、気にもかけません。私たちはあなたたちと同じ人間ではないんですか!」

「ファトヒの焼身自殺の後、ガザでは数十人の自殺が記録されています。3階から飛び降りた人もいれば、ジャバリア難民キャンプでは2人が焼身自殺しました、2人の子どもを殺した人、妻と2人の子を殺した人もいます。それがガザの現状です。私自身も焼身自殺できればと思っています」とサイードが言った。

【ガザに出現した“売春”】

 ジャーナリスト、ムハマド・アルハダアードはガザの貧困の実例をこう語る。

「私たちは『生きている』けど、死んでいます。今日、若者たちが追い込まれている悲劇的な状況は、家族に人間らしい生活をさせてやれないことです。若者が子どもを育てられず、その子どもを売るため、ロシアのテレビで子どもを紹介しました。子どもを『売り』に出すなんて、どれほど深刻な犯罪か想像できないでしょう。そんな悲劇がたくさんあるんです」

ジャーナリスト、ムハマド・アルハダアード(2018年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト、ムハマド・アルハダアード(2018年8月/筆者撮影)

「一昨日には、道路を走る車の中から、小さな女の子が投げ出されました。ガザがどんなひどい状況まで追い込まれているか想像してください。

 最近、女性の中には家族を養う金を得るために、売春に走る者がいます。ガザに売春宿やバーがあるんです。これは全くメディアでは報じられません」

【修士号を持つ青年の自殺】

 ジャーナリスト、ハッサン・マンスールは昨年、新聞でガザでの自殺問題を特集した。

「その取材中、一人の自殺未遂者と話をしました。彼は自殺の動機を語ってくれました。まず驚いたのは、これが彼にとって3回目の自殺未遂だったことです。

 彼はガザ市の海岸近くで露天商をやっていました。家族を養う収入は日に20~30シェケル(600~900円)しかない。税金を払っているのに、毎日、市役所の役人が立ち退きを命じました。『仕事を与えないのなら、ここで働くことを許可すべきだ』とその役人に訴えました。市役所は仕事の機会も与えてくれないし、自分で探しても、その機会もない」

ジャーナリスト、ハッサン・マンスール(2018年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト、ハッサン・マンスール(2018年8月/筆者撮影)

「ハンユニス市東部の青年は焼身自殺しました。父親に息子の自殺の理由を聞きました。息子は大学を卒業した後、修士号を持っていたが、ガザで仕事を探しても全く見つからなかった。彼の専門は覚えていませんが、よく求められる専門でした。しかし仕事はありませんでした。しばらくエジプトとの国境でトンネルを掘る仕事をやったが、問題が起こり辞めました。

 彼はたくさんの人から借金をしていました。その借金を催促する電話がいつもかかっていました。息子は解決の道がなく焼身したというのです。

 父親がその1時間前に息子といたとき、息子は精神的に行き詰まっていることに気づきました。その直後に、息子が街の中心街で焼身自殺をしたことを知らされたのです」

【日に2~3件の自殺】

 貧困家庭の救援活動をする慈善組織のスタッフ、アンマール・アルヘルーが、2018年夏、最近ガザ地区で自殺が急増する背景を解説した。

「ガザでの自殺と未遂の件数が上昇してきたことを実感したのは2015年からです。つまり2014年のイスラエルによるガザ攻撃以降からです。封鎖の継続、失業状態や劣悪な生活状況によって、自殺率は確実に、そして飛躍的に悪化してきました。とくに2018年からは日毎に自殺のニュースが飛び込んできます」

自殺の急増を語るNGO職員アンマール・アルヘルー(2018年8月/筆者撮影)
自殺の急増を語るNGO職員アンマール・アルヘルー(2018年8月/筆者撮影)

「1日当たり2~3件です。その数字は増えています。実際に死んだ人のほか、まだ救命できた人もいます。長期入院で助かる人もいますが、身体的・精神的な障害が残る人もいます」

「最近は女性の間に自殺や未遂が見られます。主要な原因はやはり貧困や生活苦です。例えば、妻にとって夫が家族や子どもの最低限の生活需要さえ満たすことができない状態は辛いものです」

【自殺の原因は貧困】

「昨日、ある家族と電話で話しました。昨日はイスラム教徒の休日である金曜日で、その日の昼食は大切なものです。

 彼は電話口で泣いていました。『今日は自分も子どもも妻もまだ飯を食えていない。トマト1個でさえ手に入らない』というのです。こんな最低限のものさえ食べられない。

 彼は親戚の家と行き来することさえ、行きの交通費で精いっぱいで、帰りの運賃が足りずに帰ることが出来なかったこともありました。

 ある人はSNSで自分の腎臓を売ろうとまでしていました。その後、家族を養えない彼は、国境デモに参加して、殉教したそうです。

 ガザでの自殺の第一の原因は貧困です。失業状態で家族が養えないことが自殺の要因となっています。ある閾値(いきち)を超えると、急激に水が溢れ出すように、現在のガザの貧困の度合いは人びとの限界を超えています。こうした人間としての基本的な人権さえ失われているのが、ガザの現実です」

【曖昧な「生」と「死」の境】

「若者が精神面で抱えている問題は数多くあります。うつ、不安、ストレス、将来についての恐怖、日常生活の現実から沸き起こってくる恐怖です。

 ガザ地区で若者は人口の多数を占めます。若者はどの社会にとっても大黒柱です。しかしガザの若者は心理面で苦しんでいます。

 第一は人生で機会を得られないこと。ますます悪化する社会的な圧力や絶望―そうした中で、「生」と「死」の境は曖昧になってきます。

 ガザでは人が死んだニュースも、普通になってしまっています。『いつものニュースを聞いた』と言わんばかりです。以前は誰かが死んだという報せがあれば、皆ショックを受けていました。しかし今や少年や青年、女性が死んでも平然としています。

 私は大学で社会学を専攻し、ガザの若者の現状を観察してきました。その私が考える自殺の理由は、第一に若者が社会の現状と自身に満足感を抱けず、自分は社会にとって『何者でもない』と感じてしまうことです。自分には何の価値も役割も居場所もないと感じています。だからどんな手段でもいいから、自分の生を終わりにしたいと願う。そうして何度も国境デモへ戻っていくのです」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

土井敏邦の最近の記事