大阪でカジノ誘致に賛否を問う住民投票を求める直接請求署名運動が始動。法定必要数は2カ月で15万人
■瀬戸際での無謀で壮大な挑戦
「市民の草の根パワーでカジノ誘致を止めよう」
カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致に向け、大阪府市両議会が計画を承認するのを目前に控えた大阪で、カジノに反対する市民らが「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」を設立した。2022年2月20日、大阪市内で行われたスタート集会では、大阪府の吉村洋文・知事にカジノ誘致の賛否を問う「住民投票条例」の制定を求めるため、地方自治法に基づく直接請求署名運動を展開することを申し合わせた。
法定の署名運動期間は62日間、必要署名数は府内有権者の1/50の約15万人。同会では20万人を目指して3月25日から署名集めを行い、7月初旬に吉村洋文・府知事に提出するのを目指す。有効署名が法定の必要数を上回っていれば、吉村知事は住民投票を実施する条例を議案として府議会に提出しなくてはならない。
大阪府市で作る「IR推進局」は、IR整備法に基づく「区域整備計画」(自治体とIR事業者が共同で作成する具体的な事業計画)を仕上げており、3月末の府市両議会で可決される見通しだ。同会の署名運動は5月25日までかかるため、府市両議会を通過した後に控えている今年夏ごろとみられる「国による計画の認定」に揺さぶりをかけ、その後の「大阪府とIR事業者との実施協定締結」を阻止するのが狙い。
同会共同代表の1人である作家の大垣さなゑさんは、「もう後がない状況での無謀で壮大なチャレンジ。手書きの署名を集めるという極めてアナログなところに最大の価値がある。カジノに反対でもその声を上げる場所がない人々の声を拾い上げ、大きな塊にして世の中に風を吹かせたい」と話している。
■大阪市の巨額公費投入に衝撃
カジノ誘致に反対する同様の署名運動は、横浜市と和歌山市で行われ、いずれも必要数を確保したが、住民投票条例は市議会で否決された。大阪でもこれまでにカジノ反対活動をする市民団体が検討したものの、議会で可決される見通しがないことなどから見送られてきた。ここに来て「やっぱりやろう」との動きが起こったのは、昨年末に大阪市がIR建設場の土壌改良に巨額の公金を投入することが分かったからだ。
大阪府市がIRを建設しようとしているのは、大阪市が廃棄物や浚渫土砂で埋め立てた湾岸の人工島「夢洲」だ。現在は一部がコンテナターミナルなどに使われているが、まだ埋め立て中である。大阪府市は昨年12月、「区域整備計画」公表した際に、IR事業者の調査で大地震が発生すると液状化する危険性が判明し、大阪市の調査でも基準値を超えるヒ素やフッ素が検出されたことから、大阪市は約790億円かけて土壌対策工事を行う方針も発表したのだ。
IR誘致を進めてきた吉村知事と松井一郎・大阪市長は「IR事業者が大阪に1兆円の投資をしてくれる」「IR、カジノに税金は使わない」などと民間企業による開発を強調してきただけに、「話が違う」と衝撃が走った。
大阪府市は今年、2022年1月7日から始めた区域整備計画の住民説明会では、参加者から「790億円問題」の指摘が相次ぎ、「巨額の公金を使うのなら住民投票するべき」という意見が多く出た。吉村知事と松井市長は住民説明会に姿を見せず、登壇したのは大阪府市で作る「IR推進局」の職員だけ。質疑応答の時間は30分しか設定されず、参加者は甚だしい消化不良に。しかも、回を追うごとにIR推進局は質問に真摯に答える姿勢がなくなり、会場では怒号が飛び交う事態になった。IR整備法では「都道府県は区域整備計画に住民意見を反映させるため必要な措置を講じなければならない」と定めているが、「住民意見の反映」などハナからやる気がなさそうな説明会だった。
当局のアリバイ作りのような説明会の状況を受け、大阪で夢洲へのカジノ誘致に反対運動を続けてきた市民団体9団体のうち一部のメンバーが、知り合いに声を掛けるかたちで「住民投票を求める直接請求署名運動ができないか」と約10人が集まったのは、1月23日のことだ。翌週には約20人が集まり、署名運動に向け具体的な作業に乗り出した。
■大阪市議会で自民党会派提出の住民投票議案は否決
評判の悪い住民説明会は、新型コロナウイルスのオミクロン株が感染拡大しているとして、開催予定だった11回のうち2月5日~14日までの4回は中止になった。
一方、大阪市議会では2月10日、本会議に、「大阪市におけるカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致についての住民投票に関する条例案」が提出された。大阪市民を対象にIR誘致の賛否を問う諮問型の住民投票の実施を求めるもので、市議会の自民党会派が議員提出した議案だ。国政において自民党はIR、カジノの導入を進めてきたが、自民党大阪市議団は大阪市がいつのまにか公金を大量投入する方向に舵を切ったことを問題視。10日の本会議で自民党市議団の川嶋広稔・市議は、夢洲の土壌改良を大阪市の責任で行えば「IR建設地に加えて、万博会場を万博終了後に国際観光拠点として整備する場合には、計1578億円を大阪市が負担することになる」と述べ、住民投票を実施して市議会はその結果を尊重するべきだとした。
大阪府市では、IRを推進する吉村知事、松井市長も府市両議会の最大会派も「大阪維新の会」。自民党は野党であり、IRに関する府市の方針決定や方針修正などについてIR推進局に問い合わせても、情報提供を拒まれてきた経緯がある。森山禎久・市議(自民党)は議案の提案理由の一つとして「住民投票することになれば、住民向けに資料開示が必要になる」と述べ、IR推進局の秘密主義に怒りをにじませた。
自民党会派提案の住民投票議案は、委員会付託も省略されて即日採決となり、「大阪維新の会」と公明党会派の反対であっけなく否決された。
■カジノだけでなく「場所」も大問題の大阪IR
そもそも夢洲は「ゴミの最終処分場」なので、土壌に問題があるのは当たり前だ。大阪市は2030年の前ごろまで最終処分場として使用する予定だったのが、2025年の関西万博やIR誘致が決まったため、埋め立てスケジュールは大きく狂った。土を有料で購入して急速埋め立てを行い、有害物質が出ないか点検したり地中の水分を抜く「養生」の期間も十分に取れないため、通常の工程を踏んだ埋め立て地より軟弱なのは間違いない。さらに夢洲は、粘土質の浚渫土砂の廃棄場所でもある。粘土質の地盤の上に重い建物が建つと、圧密沈下を起こすという。IRの高層ホテルが幾つも建てば、どうなるだろうか。
松井市長は「IR誘致を決めた以上は、IRが成り立つ土地を提供するのが土地所有者である大阪市の責務」と約790億円の土壌改良費の負担を正当化するが、この考え方では、IRができた後も大阪市は地盤沈下対策費などを際限なく負担しなければならない。区域整備計画では、カジノのもうけなどでIR事業者から大阪府市に年1060億円の納付金があり、それを住民の暮らしの充実のために使うとしている。しかし、カジノが繁盛する保証はないし、仮にまとまった納付金があったとしても、大阪市はそれを「市民の暮らし」ではなく夢洲の地盤対策に使うことになるのではないか。
住民投票を求めるための署名運動は、夢洲へのカジノ誘致が巨額の公金投入に見合う「投資案件」なのかを市民が考えるチャンスでもある。
「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」