ウクライナ警察がハルキウで「撃墜」されたKh-32超音速巡航ミサイルの残骸を報告、実際は「墜落」か
2024年2月2日、ウクライナ国家警察はハルキウ州で撃墜されたロシア軍のKh-32超音速巡航ミサイルとゲラン2(シャヘド136)自爆無人機の残骸を発見、解体処分したと発表しました。発見した時期など詳細は不明です。
「我が国の防衛部隊はハルキウ州でKh-32対艦ミサイルを撃墜した。」
ウクライナ国家警察はこのように説明しています。
↓ハルキウ警察の捜査部長セルヒー・ボロヴィノフ氏のSNS投稿
※ロシア側に情報を与えないようにミサイルの製造番号は隠している。
Kh-22/Kh-32超音速巡航対艦ミサイル
Kh-32超音速巡航ミサイルはTu-22M3爆撃機から発射される重量6トン近い大型の空対艦ミサイルで、対地攻撃に使うとINS(慣性誘導)しか使えず、命中精度は著しく悪くなります。Kh-22の改良型で、弾頭重量を減らした(1000kg→500kg)代わりに射程を伸ばした(600km→1000km)もので、外観はほぼ変わりませんが、ノーズコーンの範囲が異なっている点(Kh-22の方がノーズコーン部分が大きい)で見分けが付きます。
Kh-22/Kh-32の基本設計は古く、1960年代に実用化された兵器で、今となっては完全に廃れた液体燃料ロケットエンジン(加速用の大きな燃焼室と巡航用の小さな燃焼室を持つ)を搭載した有翼の滑空型の巡航ミサイルです。巡航ミサイルというよりは滑空ミサイルと呼ぶべき兵器で、短距離弾道ミサイルに匹敵するマッハ4以上を発揮可能です。高速で迎撃を突破しやすい代わりに、巨大で重く高価な兵器システムです。
このため、Kh-22/Kh-32の迎撃には弾道ミサイル防衛システムかそれに準じた性能の大型防空システムが必要となります。西側から供与されたパトリオット、SAMP/T、あるいは旧ソ連製のS-300Vならば迎撃が可能です。ただしそれ以下の防空システムであっても、条件が良ければ(うまく待ち構えられる位置に配置されていたなら)、撃墜は不可能ではありません。
Kh-22/Kh-32撃墜を報告した後に撃墜不可能と主張する謎
なおウクライナ軍参謀本部は2022年5月31日に「オデーサ州で弾頭重量約1トンのKh-22巡航ミサイルを破壊した」と報告しています。ところがこの後にウクライナ軍は「高速のKh-22巡航ミサイルは撃墜不可能」という説明を多用し始めます。
おそらくは「Kh-22を撃墜できるパトリオットを供与して欲しい」という意味だったのだと思いますが、開戦初期の参謀本部のKh-22撃墜戦果(証拠の残骸の写真付き)の報告がまるで無かったかのように扱われてしまいました。
- 2022年05月31日報告「オデーサでKh-22を撃墜」、ウクライナ軍参謀本部
- 「Kh-22は撃墜できない(だからパトリオットが欲しい)」キャンペーン開始
- 2024年02月02日報告「ハルキウでKh-32を撃墜」、ウクライナ国家警察
2年近い戦いの中でウクライナが公的にKh-22/Kh-32撃墜を主張したのは、実はこの2回だけになります。1回目の2022年5月31日報告時にはパトリオットはまだ供与されていませんでした。2回目の2024年2月2日報告時の撃墜戦果はパトリオットによるものだったのでしょうか? しかしハルキウにパトリオットが前進配備されたという話は聞きません。なお撃墜ではなく「Kh-32の不発弾の回収」ならば先月の2024年1月8日にもスーミ州で報告されたばかりです。
2023-2024冬季のKh-22/Kh-32飛来30発、空軍に撃墜記録無し
2023-2024冬季のKh-22/Kh-32飛来のウクライナ空軍司令部の報告の記録は以下の通りです。なお飛行中のKh-22とKh-32をレーダーで見分けることは困難なので、空軍の報告でKh-22とあるのはKh-32である可能性があります。
- 2023年12月29日:Kh-22×8飛来、撃墜無し
- 2024年01月08日:Kh-22×8飛来、撃墜無し
- 2024年01月13日:Kh-22×6飛来、撃墜無し
- 2024年01月23日:Kh-22×8飛来、撃墜無し
この冬の現時点(2月6日)までにKh-22/Kh-32は30発飛来しましたが、空軍の報告では撃墜はありません。では2024年2月2日にウクライナ国家警察が「我が国の防衛部隊はハルキウでKh-32を撃墜した」とは、一体何時の話をしているのでしょうか? いえ、過去に遡ってもハルキウ方面では空軍はKh-22/Kh-32を撃墜したとは一度も報告したことがありません。参謀本部もオデーサ方面でのKh-22撃墜報告を一度しただけです。
ということは2月2日のウクライナ国家警察の報告にあるハルキウの畑で発見されたKh-32の残骸は、対地攻撃での命中精度が著しく悪いKh-32が目標から大きく逸れて着弾しただけで、別に撃墜ではなかった可能性が高いだろうと考えられます。