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『薄氷の殺人』の気鋭と再タッグのグイ・ルンメイ。逃亡犯と謎の女の思惑が絡み合う『鵞鳥湖の夜』。

杉谷伸子映画ライター

「ディアオ監督からのオファーは嬉しかったですが、緊張もしました。またご一緒させていただくということは、より大きな挑戦を意味しますし、失望させたくないという気持ちもありましたから。でも、女優なら誰もが演じてみたいと思うような役ですよね」

『薄氷の殺人』で連続殺人事件への関与が疑われる女ウーを演じたグイ・ルンメイが、『鵞鳥湖の夜』でディアオ・イーナン監督と再びタッグを組んだ。グイが演じるのは、水浴嬢、つまり水辺の娼婦であるリウ・アイアイ。

警官殺しで指名手配の身となった裏社会の男チョウ・ザーノン(フー・ゴー)が、自身にかけられた報奨金30万元を妻子に残そうとするのだが、そんな彼の前に妻の代わりに見知らぬ女アイアイが現れるのだ。警察のみならず、報奨金を狙う窃盗団にも追われるなか、リゾート地である鵞鳥湖に潜伏したチョウは、アイアイが敵か味方かわからぬまま、袋小路に追い込まれていく。そのサスペンスが、夜の妖しい空気のなかでジリジリと高まっていく。

警官殺しで追われる身となったチョウの前に現れたのは見知らぬ女。アイアイの服をはじめとした赤の使い方も効果的。
警官殺しで追われる身となったチョウの前に現れたのは見知らぬ女。アイアイの服をはじめとした赤の使い方も効果的。

映画デビュー作『藍色夏恋』でのショートヘアが印象的だったグイ。今作もほかの水浴嬢たちがロングヘアのなかで、ショートヘアがアイアイの存在を際立たせる。アイアイは、グイが演じることを想定して書かれた役なのでは?

「それは私からは監督に聞けません(苦笑)。ただ、初めから監督には、アイアイはショートカットという強い希望がありました。しかも、すごく短くしたいと。ショートで、彼女の率直さを出したかったのではないでしょうか。

ディアオ監督は、役者の動きからインスパイアを受けて、キャラクターをより豊かにしていくことが多いです。たとえば、序盤にアイアイと水浴嬢が喧嘩するシーン。そのシーンは自由にやらせてもらったのですが、そこでの演技は、監督に、私がアイアイを強い女性として演じたいのだと意識させることになったようです。初めてチョウと会うシーンのどこか儚い空気も、その後に繋がっていくもののひとつ。その空気感を、舟の中のシーンなど、チョウと二人のシーンでは意識していました」

『薄氷の殺人』といえば、事件を追う元刑事とウーの孤独や諦念を、性行為を通して浮かび上がらせる観覧車のシーンが秀逸だった。今作も鵞鳥湖に浮かぶ舟の中でチョウとアイアイが共有する時間が、彼らの心模様を映し出す。

「私もあのシーンは大好きです。チョウをめぐる激しいアクションを経て、物語的には感情が落ち着いてくるシーンで、舟の中で2人は水の揺らぎを感じている。舟は、ある意味ではメタファーですよね。アイアイとチョウには、おたがいしかいなくて、まるで停まれる港がない、孤独な舟のよう。このシーンの男女の気持ちはすごく好きです」

警察のみならず、報奨金を狙う窃盗団からも追われるチョウ。フィルム・ノワールな世界に、ハードなアクションもプラス。ディアオ・イーナン監督らしさはそのままにエンターテインメント性もアップ。
警察のみならず、報奨金を狙う窃盗団からも追われるチョウ。フィルム・ノワールな世界に、ハードなアクションもプラス。ディアオ・イーナン監督らしさはそのままにエンターテインメント性もアップ。

フィルム・ノワール的な世界を光と影のコントラストや鮮やかな色彩を用いて描き、ディアオ監督らしいスタイルと匂いを貫きつつ、今作はエンターテインメント性も格段にアップ。裏社会の男たちの抗争には、ハードなアクション描写も盛り込まれている。しかも、『薄氷の殺人』では原題の「白日焔火」(白日の花火)にちなんだエピソードが粋だったが、今作では思いがけない余韻を味わわせてくれるのだ。グイから見たディアオ・イーナンの魅力を聞いてみた。

「自分の伝えたいことをちゃんと持っていて、しかも自分らしさを諦めていないところです。監督が伝えたいことは何か? それは、どんなちっぽけな人間にも内面の優しさがあり、人としての輝きがあるということですかね」

そう、家族のために金を残そうとするチョウの思いが、物語を動かす。では、グイ・ルンメイにとって、人生を動かす力になっているものは?

グイ・ルンメイ●1983年、台湾生まれ。2002年、『藍色夏恋』で女優デビュー。
グイ・ルンメイ●1983年、台湾生まれ。2002年、『藍色夏恋』で女優デビュー。

「おそらく、一番大切なのは愛そのものでしょう。人に対する愛、仕事に対する愛、環境に対する愛。そうした愛があるからこそ、私は未来に向かって進むことができたと思います。

私自身は日常生活の中ですごく愛を表現したい人間なんですよね。普段でもハグをしたいときは、情熱を持ってハグしまくっていた。でも、今は、それができなくなってしまった。コロナウィルスによって、愛を伝えることの大切さを改めて認識させられました。

女優としては、今後は人々にもっと環境問題を意識してもらえるような映画にも関わりたいですね。メッセージを伝えられる作品なら、ナレーションのように声だけの出演でもいい。エンターテインメントとしてだけではなく、映画には人々に世界のことを理解してもらうメッセージを伝える力がありますから」

(c)2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(

SHANGHAI)CO.,LTD.,

『鵞鳥湖の夜』

9月25日より全国ロードショー中

配給:ブロードメディア・スタジオ

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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