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NHKのトライ、本邦初の「テレワークドラマ」を見てみたら・・・

碓井広義メディア文化評論家
心はホノルル(筆者撮影)

見てみました、NHKによる本邦初の「テレワークドラマ」。パソコンのカメラとマイクで、テレビ電話みたいな感じで相手と話をする、あのシステムを使って作られたドラマです。

『今だから、新作ドラマ作ってみました』という深夜の特別枠を設け、30分で完結する形式のドラマを、3夜で3本。5月4日(月)の23時40分から放送された第1夜が、「心はホノルル、彼にはピーナツバター」でした。

ちなみに画面を見る限りでは、 Zoom(ズーム)ではなく、Microsoft Teams(チームス)を使用しているみたいですね。

登場したのは、千明(前田亜季)と五郎(満島真之介)のカップルで、2人は別々の部屋にいます。途中で、千明は東京にいて、五郎は異動先の福岡にいることがわかりました。

この2人、本当は今ごろハワイにいて、結婚式を挙げる予定でした。それが新型コロナウイルスの影響で出来なくなってしまい、また直接会うこともままならず、あちらとこちらでPC越しの会話が続く日々、らしい。

視聴者は、PCのカメラに映る2人を眺め、2人の会話を聞いているわけで、友人でも知り合いでもないカップルの内輪の話に、聞き耳を立てるというか、のぞき見というか(笑)。

肝心の中身は・・・

まず、千明が仕掛けた「結婚式ごっこ」に、五郎があまりノッてこなかったので、千明は不満気味。「ハワイでの式の後に話そうと思っていたけんだけど」と断ったうえで、「(結婚しても)急いで子どもを作らなくてもいいかな」と思っていることを告白します。

パンには「いちごジャム」が定番だったのに、「子種を増やすにはピーナツ!(タイトルの意味ですね)」と千明に言われて、「ピーナツバター」を食べるようにしていた五郎が、「なぜ、突然そんなことを!」と異議を唱えます。そして、「もしかして、浮気してる?」

このあたりの会話、ちょっと面白くなってきたのですが、千明の部屋で「ピンポン!」とチャイムの音が。よもや男が来たのでは、とアセる五郎ですが、宅配業者さんでした。って、予想通りのオチ。

今度は五郎が「オレたちがHしなくなったの、いつから?」と、千明に尋ねます。五郎が東京を離れてからか。夏休みの海外旅行でもそうだった。たまに会っても同様と、レスをめぐるやりとりが続きます。

そこから、なぜ子どもを欲しがるのかを問われた五郎が、「結婚したら、子どもを持つのが普通」と答え、千明がむっとする。

「産むの、私だよ。ゴロちゃん、あまりに無責任だよ」

そう言われた五郎は少し我にかえり、また千明も言い過ぎたかもしれないと冷静になります。

「なんか、初めてだね、ここまで言い合ったの」と千明。続けて「一緒にいたら、ここまで話せなかった」

「会いたい人に会えない。外に出られない。辛抱ばかりだけど、いいこともあるもんだね」と千明。

五郎が「さっき(結婚式ごっこ)のベール、似合ってた。早くウエディングドレス姿、見たい」とPC越しに言ったりして、徐々に仲直りしていく2人。ここでドラマは終りです。

見終って・・・

「面白かったですか?」と聞かれたら、「面白くないことはなかったですよ」などと答えてしまいそうです。

通常の番組作り、ドラマ作りが困難であることを逆手にとって、つまり不自由を武器にして新たなモノ作りの形に挑戦したこと。まず、その意気に拍手です。

じゃあ、十分に楽しめたかと言えば、この第1夜に関しては、残念ながら今一歩でした。

終始、「リアルだなあ」「確かに、今って、こんな感じだよね」と、現実の再現映像を眺めるような感覚であり、ドラマを見る時の、「気持ちが揺り動かされる快感」みたいなものには至らなかったからです。

かなりの制約の中で作られた、一種の会話劇。しかも出てくるのは2人だけ。これを作るのは、決して簡単ではありません。

登場人物たちが「どんな人」なのか。「どんな関係」なのか。そして、「どんな話」をするのかに成否がかかっている。通常のドラマ以上に「設定」や「せりふ」が重要で、つまり脚本の力が問われる作品なのです。

第1夜の脚本は、矢島弘一さんでした。これまでの作品の中では、『毒島ゆり子のせきらら日記』(TBS)が忘れられません。前田敦子さんが演じたヒロインも、新井浩文さんの新聞記者も、先が読めない行動と言葉で、見る側をドキドキさせてくれたからです。

今回は、ドラマ全体が実際の社会状況に対して、やけに従順というか、いわば「ステイホーム啓発ドラマ」とでも言うべき内容になっていた。もっと矢島さんならではの「暴れ方」をしてもよかったんじゃないか、と惜しい気がしました。

しかし、再度言いますが、トライとしてはとても興味深く見ましたし、もちろん5日(火)の第2夜、8日(金)の第3夜も視聴するつもりです。なんてったって、貴重な「新作ドラマ」ですから。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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