「真実のサンドイッチ」と「スルー力」、フェイクを増幅しないための31のルール
メディアがフェイクニュースを増幅しないためのポイントは「真実のサンドイッチ」と「スルー力」――。
フェイクニュースの氾濫、そして広がるメディア攻撃と“メディア嫌い”。その中で、ニュースの信頼をどう確保すればいいか。
米メディア研究機関が12日、フェイクニュースとメディアをめぐるそんな問題について、31項目にのぼる処方箋を含む報告書を公開した。
フェイクニュースの氾濫とニュースの信頼は密接に絡み合う表裏一体の関係だ。
そして、時としてメディアがフェイクニュースの増幅を後押しする問題も指摘される。
メディアが取り組むべきアプローチとは何か。そのポイントをケースごとに具体的にまとめた報告書だ。
●「データの空白」
報告書をまとめたのは、米ニュースメディア連合(NMA、旧米国新聞協会)傘下の調査研修機関であるアメリカン・プレス研究所(API)のディレクター、スーザン・ベンケルマン氏。
フェイクニュースをめぐっては、大統領から右派サイトまで、ソーシャルメディアを通じ、メディアが不用意に取り上げることを織り込んだ情報戦が日々展開されている。
フェイクニュースの送信者が狙うのは、フェイクニュース対策のNPO「ファースト・ドラフト」事務局長のクレア・ワードル氏がいう「増幅のトランペット」の最終ゴール、マスメディアだ。
特に、マイクロソフトのマイケル・ゴルビエスキー氏とマイクロソフト・リサーチのダナ・ボイド氏が「データの空白」と呼ぶ大事件などの発生直後の、関連情報がほとんどないタイミングを目がけて、フェイクニュースが集中するという。
2017年11月に米テキサス州の教会で起きた26人死亡の乱射事件では、CNNの生放送のインタビューで、地元議員が、ソーシャルメディアで流布していたコメディアンの名前を容疑者として伝えてしまう、というトラブルもあった。
このようなフェイクニュースの氾濫を前提とした、メディアのルールについて、報告書は4つのポイントを提言する。
1:フェイクを特定するための基本的なスキルを身につける
2:フェイクの拡散経路を把握する
3:ソーシャルメディア上で行われるフェイクを理解する
4:銃乱射のような悲惨な事件は、それ自体がフェイクの標的となる
●「戦略的沈黙」と「戦略的増幅」
拡散する様々なフェイクニュースのうち、どの真偽を検証し、ニュースとして取り上げるか。
それを取り上げることによって、かえって社会の注目を集めてしまうデメリットをどう見積もるか。そして、正確なニュースを効果的に広めるには、どうしたらいいか。
メディアがフェイクニュースを扱う場合、その増幅の副作用を回避するために、十分な検討が必要になる。
ハーバード大学ケネディスクールのディレクター、ジョーン・ドノバン氏とダナ・ボイド氏は、「戦略的沈黙」と「戦略的増幅」というキーワードを使いながら、こう述べる。
フェイクニュースと分極化したレトリックがあふれるメディアのエコシステムの中で、メディアが何を報じないのか、という選択は、何を報じるかと同じくらい、重要な意味を持つことになる。
つまり戦略的な「スルー力」も、戦略的にニュースにする判断と同様に求められる、ということだ。
ファースト・ドラフトのワードル氏は、その分かれ目を「ティッピング・ポイント(転換点)」と表現。フェイクニュースの拡散の度合い、ユーザーの属性とその影響などをもとに、判断を行う必要がある、と述べる。
フェイクニュースについて報じる場合と報じない場合のメリット、デメリットの判断。報じる場合も、デメリットを抑えながら、フェイクの否定を効果的に広める戦略。
複雑なメディア環境の中で、ニュースにも「スルー」と「拡散」のバランスが求められている。
●「真実のサンドイッチ」
フェイクやヘイトは、繰り返されることで「事実」として定着していってしまう。
特に、大統領などの政治的指導者が繰り返す発言については、メディアはその影響を見極めた扱いの判断が求められる。
トランプ大統領が人種差別的な発言を行う。
ニュースにすれば、その発言に注目が集まる。ニュースにしなくても、さらに発言は繰り返され事態は悪化する。
対処法の一つが、カリフォルニア大学バークレー校教授で認知言語学者のジョージ・レイコフ氏がいう「真実のサンドイッチ」だ。
「トランプ氏はメディアを必要としている。そしてメディアは、彼の発言を繰り返すことで、その手助けをしている」というのがレイコフ氏の見立てだ。
その発言をニュースで取り上げ、見出しにし、ツイッターで拡散することで、その影響の増幅に貢献していることになる、と指摘する。
単に発言を繰り返し伝えるのではなく、(1)まず事実の全体像を提示する(2)その上でトランプ氏の発言を紹介(3)さらにトランプ氏の発言内容をファクトチェックする、という構成にすることをレイコフ氏は提案する。
「事実」「発言」「事実」というサンドイッチ型の構成だ。
※参照:ニュースが「トランプショー」から抜け出すための5つの方法(08/01/2019)
このようなニュースの構成は、速報などよりも解説などのスタイルになじむ。
●「中立」の弊害
賛成と反対の双方の意見をまとめる「中立」のニュースが、フェイクの拡散に加担するケースもある。
例えば、「三種混合ワクチンが自閉症を引き起こす」など科学的根拠のない根強い陰謀論。
報告書は、NBC「トゥデイショー」が、「ワクチンは危険?」などの見出しでツイートを行い、専門家からの批判を受けて削除に追い込まれた騒動を紹介する。
5月にネット上に拡散して政治問題化した米下院議長、ナンシー・ペロシ氏が「酩酊」しているように見える改ざん動画のようなケースの取り扱いはどうか。
報告書はワシントン・ポストのケースを紹介する。
ポストはオリジナルの動画と改ざん動画を、それぞれ「検証済み動画」「改ざん動画」と表示してセットで掲載。見出しも「フェイクのペロシ動画」と「フェイク」を強調する構成にした。
フェイクニュースを扱う際に、「増幅」に加担しないメディアのルールについて、報告書はポイントを提言する。
1:「ティッピング・ポイント」を特定する
2:「真実のサンドイッチ」
3:フェイクニュースにはその明示を
4:フェイクを「発言」として報じるべきではない。その拡散に加担することに
●「フェイクニュース」攻撃への対処
トランプ大統領は就任以来、自らに批判的なメディアに対して「フェイクニュース」「人民の敵」などの表現で攻撃を繰り返している。
また、同様の手法でメディア攻撃を行う政治家もいる。
これらの背景には、メディアに対する信頼の長期的な低落傾向もある。
米ギャラップの調査では、1976年には72%だったマスメディアへの信頼度は、米大統領選のあった2016年には32%と過去最低を記録。2019年も41%にとどまっている。
このような攻撃に対して、メディアはどう対処するか。
報告書は、特にトランプ政権批判の最前線に立つワシントン・ポストの編集主幹、マーティ・バロン氏の2017年の発言を紹介する。
私たちは政権と戦争をしているわけではない。私たちは仕事をしているまでだ。
権力からの攻撃に対して、同じ土俵での反撃には踏み込まない。「独立」と「冷静」を保つことの必要性を指摘する。
そして報告書は、攻撃への対処法としての「信頼構築」の戦略を指摘する。
編集長たちは、このような攻撃に対するニュースメディアの防御策として、“信頼構築”の戦略を取るようになっている。
フェイクニュース拡散とメディア攻撃をめぐり、メディアの「信頼」が大きなキーワードとして注目されている。そして、その取り組みも始まっている。
※参照:“メディア嫌い”とフェイクニュース:「信頼」をデータ化し、グーグル・フェイスブックに組み込む(10/10/2019)
※参照:“メディア嫌い”がフェイクを支える、その処方箋と2029年の「人工メディア」:#ONA19 報告(09/14/2019)
報告書では、カリフォルニア州のマクラッチ―傘下のローカル紙、フレズノ・ビーのケースを取り上げている。
フレズノ・ビーは、地元選出の下院議員、デビン・ニューンズ氏への批判報道に対して、同氏からの訴訟を含む攻撃が続く緊張関係にある。
その中で、同紙はアリゾナ州立大学ジャーナリズムスクールのプロジェクト「ニュースコラボ」と協働し、地元読者との対話を通じてニュースのプロセスをオープン化・透明化し、その声をニュースに反映するという取り組みを実施した。
読者の信頼構築によって、攻撃への「耐性」をつける戦略だ。
読者への説明責任を果たし、攻撃に対しても説明によって対処する。報告書はそんな九つのルールを提示する。
1:説明によって武装する
2:透明性を通じて信頼を構築する
3:「参戦」を避ける
4:攻撃への対処は報道局全体で取り組む
5:細部に気を配る
6:訂正をきちんと
7:公開の批判には公開で返答を
8:危機的な状況においてはコミュニティの反応を配慮する
9:長期的な展望を持つ
●分断されたユーザーに向き合う
分極化し、分断されたユーザーにメディアはどう向き合うか。
一方的なフェイクの指摘では、逆に確信を強める「バックファイヤー効果」につながってしまう危険もある。
そこで、新たなコミュニケーションのチャンネルをつくり、これまで聞き届けられなかった声を聞く、という取り組みも紹介されている。
報告書では4つのポイントを提言している。
1:新たなニュースの枠組みを提示する
2:より深いインタビューを行う
3:コミュニティに耳を傾ける
4:より包括的な視点のニュースを
●環境変化に対応したメディア
メディアの視点だけでは予測もコントロールもできない、新たなメディア環境。
その中で、いかにフェイクの拡散に加担せず、フェイクを排除できるか。
まさに今、取り組むべきアプローチだ。
(※2019年12月13日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)