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大井川鐵道連結器トラブルに関する同業者的考察

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
貨物列車の連結器(大井川鐡道使用車両とほぼ同型の自動連結器)

11月28日に静岡県の大井川鐵道で走行中の列車の連結器が外れ、機関車と客車が分離するというトラブルがありました。

このニュースを聞いて、「えぇ、そんなことがあるの?」というほど驚きました。

そして、この事故をヒヤリハットとしての教訓とすべく、弊社の社内で運輸部長と設備部長の2人と話し合いを持ちました。

今回の大井川の列車は、先頭の機関車が後ろの客車をけん引する動力集中方式の列車です。

こういう形で列車を運行しているのは現在では貨物列車が主で、旅客列車はほとんどが編成中それぞれの車両が動力を持っている動力分散方式と呼ばれる方式です。

先頭の機関車だけが動力を持ち、後ろの客車をけん引する動力集中方式の大井川鐵道の列車(イメージ)
先頭の機関車だけが動力を持ち、後ろの客車をけん引する動力集中方式の大井川鐵道の列車(イメージ)

動力分散方式は電車やディーゼルカーなどがそれで、各車両の床下にモーターやエンジンが取り付けられています。今回のトラブルは今の各社の列車運行方式とは異なる運行方式で発生したものですから、えちごトキめき鉄道を含め、すぐには同じようなことが発生するというものではありませんが、やはり、連結作業時には再度確認して慎重に行うという以外には対策がありません。

東武鉄道の連結作業。責任者が無線で合図を送りながら連結完了を確認し、さらに運転席からの電気指令で列車がきちんとつながったことを確認しています。
東武鉄道の連結作業。責任者が無線で合図を送りながら連結完了を確認し、さらに運転席からの電気指令で列車がきちんとつながったことを確認しています。

事故原因について

事故原因については現在国の運輸安全委員会が調査に入っていますので滅多なことは申し上げられませんが、調査結果が出るまでには相当な時間がかかります。輸送事業者としては毎日列車を走らせるわけですから、再発防止の観点から「どういうことが考えられるのか」ということを知る必要があります。

走行中の列車の機関車と客車が分離するということはどういうことなのか。

筆者は幹部職員である運輸部長と設備部長を呼んで話を聞きました。

まず運転業務の責任者である運輸部長的には「不完全連結」が疑われるとのことでした。

新潟県上越市の五智交通公園に保存されているD51の連結器
新潟県上越市の五智交通公園に保存されているD51の連結器

写真は保存されている蒸気機関車D51の連結器です。機関車や機関車と連結されて走る客車や貨車にはほぼこの形の自動連結器と呼ばれる連結器が取り付けられています。

この連結器は極めてシンプルな構造で、上側、または下側に付いているピンが、列車が連結した瞬間に作動してロックがかかるというものです。

ニュースでその連結シーンの動画が流れていましたが、機関車が客車に近づいてきて連結した瞬間に「カチャン!」とピンが落ちてロックがかかった音がしていますから不完全連結ではありません。

まして、不完全連結であれば機関車と客車が連結されていない状態ですから、列車が駅を発車して動き出した瞬間に分離してしまいます。

機関車が客車を置いていく形になるのですが、今回の場合は、機関車が客車をけん引して駅構内を出るまで走っていますから、連結はきちんとされていたということになります。

運輸部長的にもその点が疑問だとのことでした。

線路設備の維持管理の責任者である設備部長に話を聞くと、走行中の列車の上下の揺れによって連結器が外れる可能性も考えられるとのことでした。でも、外れるためには30センチ近くの上下動が必要です。列車が30センチも上下するということは、大きな軌道変異があるということになります。

「それだけの軌道変異があったら、連結器が外れる前に列車が脱線します。」

というのが線路の保守点検を管轄する設備部長の見解です。

次に考えられるのは、車両そのものの連結器の高さの違いです。

連結機の取り付け位置の高さが両方で異なれば当然上下動で外れやすくなりますが、ニュースの写真を見る限りでは連結器の高さに大きなズレは見られません。

過去の列車分離の事例

この列車分離というトラブルはJRや大手私鉄でも過去に何度も発生しています。

しかしながら前述のとおり、今の列車は電車にしろディーゼルカーにしろ各車両に動力を持っていますから、連結器の連結状態が不完全でも、同系列の車両であればそのまま前後の車両が協調して走ってしまいます。

運転中に乗務員が「何か変だな?」と気づいて次の駅に停車して車両を点検して調べると、幌が異常に伸びていたりして連結器がつながっていないことがわかるというものです。

過去には会社を問わず何度もこの手のトラブルは発生していますが、あまり大きなニュースにはなっていないようです。

その他の事例としては、国鉄時代に機関車けん引の急行列車が走行中に連結器が外れて、機関車と客車が分離して緊急停止したという事例が40年以上前にあったと記憶しています。(発生日時や場所ははっきりしていません。)

この時は乗客の一人が手を真っ黒にしていたので事情を聴いたところ、走行中の列車の連結器のピンをその乗客が抜いて連結器が外れたというもので、完全な故意によるものとして警察に逮捕されたという事件です。

いずれにしても走行中の列車の連結器が外れて列車が分離した場合には、その瞬間に非常ブレーキが作動し、列車が緊急停止するシステムが現在のどの車両にも備わっています。今回のようなトラブルが発生してもきちんとカバーできるフェールセーフ機構が備わっていますので、乗客の皆様方は安心してご乗車いただければと思います。

大井川鐵道の対応について

今回の事例で特筆すべきは大井川鐵道の対応だと筆者は考えます。

11月28日の午後に発生したこの列車分離のトラブルは、国交省としては事故につながりかねない「重大インシデント」として調査対象となる事例です。つまり、すぐに「列車事故」として捉えられるものではありません。

しかしながら大井川鐵道ではこのトラブルを「重大事故」と位置付けて、翌日の午前中に社長が記者会見を開いて、謝罪とともに再発防止策を講じることや国交省の調査に全面的に協力するなどの真摯な態度を示しています。

次に、事故現場を含め、車両などの写真を翌日にはすべてホームページ上で公開していることです。また、現場見取り図などもイラストで解説しています。

現場の状況や、事故車両の状況などをきちんと公開することで、会社としての真摯な態度をはっきりと示すことができていますし、社会的な不安も払しょくできたと思います。

大井川鐵道のホームページ

さらに、週末のトーマス号やSL列車の運転計画を11月30日には発表しています。

観光列車でお客様にいらしていただいている鉄道会社は、地域外の皆様への情報発信が求められます。

ご予約されていらっしゃるお客様としては運転するのかどうか、いち早く知りたいところでしょう。

「もう運転再開して大丈夫か?」

というご意見もおありでしょうが、運転再開の可否は会社ではなく国交省からのOKが出るかどうかですから、会社が運転再開を発表したということは国がOKしたということになります。

しかしながら調査対象となっている機関車と客車は当分の間使用することができませんから、通常は前にSL、後ろに電気機関車という編成で運転しているSL列車が、後ろの電気機関車無しで運転となります。

通常の大井川鐵道のSL列車(イメージ) 行きはSLが先頭で帰りは電気機関車が先頭になります。ところが、今、その電気機関車が使用できない状況です。
通常の大井川鐵道のSL列車(イメージ) 行きはSLが先頭で帰りは電気機関車が先頭になります。ところが、今、その電気機関車が使用できない状況です。

そうなると、終点の川根温泉笹間渡駅では線路の構造上折り返しのために機関車の付け替えができませんので、SL列車は機関車付け替えができる家山駅で運転打ち切りとなり、そのため家山-川根温泉笹間渡駅間の電車を別手配して、家山駅でその電車に乗り換えていただくご案内や、SL列車と、折り返しの電気機関車の列車とでは料金設定が異なり、SL列車の方が高額なのですが、電気機関車の故障で代わりにSLがけん引する区間でも、料金は電気機関車の列車の金額でそのままご乗車できるなど、わずか2日の間にこれだけ細かな運用手配をして、それをホームページで発表するというのは並大抵ではありません。

EPとBCP

鉄道会社ばかりでなく、今の時代にはどの会社もEP(Emergency Planning)とBCP(Business Continuity Plan)が求められています。

各社ともに準備はされていると思いますが、特にBCPについて、日本の企業はぜい弱だと筆者は考えます。

悪天候や災害予測などの様々な要因で、予防的措置として列車の運行を取りやめるいわゆる計画運休というのが昨今では全国的に行われるようになりました。ところが、この計画運休というのは多くの場合いわゆるBCPではありません。

ただ、「列車の運転を休止します。代行輸送はありません。」と宣言しているだけです。

BCPというのはいくつかの段階(フェーズ)に分かれていて、列車を止めて終わりではありません。

きちんとしたBCPであれば、当然業務再開フェーズまで設定されているはずで、例えば鉄道の場合、運転再開といっても一度に全部の列車を動かすのは無理ですから、どうやって順番に運転再開していくかというのがあらかじめ設定されているべきで、そのためには運転中止を宣言する段階で、当然運転再開時のプランに従った位置に列車を停止させ、スムーズな運転再開を目指さなければなりません。

利用者の皆様方への情報発信も含めて日本ではどうもそれができていないようで、いつも運転再開時に大きなトラブルになっているという印象があります。

ところが、今回の大井川鐵道の場合、国交省の立ち入り検査が入って業務が混乱している中で、列車分離事故発生のわずか2日後に、運転再開のための手順、段取り、お客様へのご案内を含めたすべての点できちんと発表ができているというのが、同業者として筆者が一番驚いた部分です。

たくさんの家族連れでにぎわう大井川鐵道の機関車トーマス。
たくさんの家族連れでにぎわう大井川鐵道の機関車トーマス。

えちごトキめき鉄道もそうですが、全国的に地方鉄道というのは人口減少も含めて利用者の減少に悩まされています。その打開策として各社ともに観光列車を走らせています。これは国の方針でもあり、観光列車が走ることによって地域経済への波及効果も大きいことから、地方鉄道にとって観光列車や観光輸送というのは大切な一つの業務になっています。

だから余計に観光列車で事故などを起こしてはいけない。というのが各社共通の課題です。

今回の大井川鐵道の列車分離事故の原因究明はいずれ国により示されると思いますが、筆者は鉄道を預かる身として、今回の事象を「もし、自社で発生したら、自分だったらどのように対応するだろうか。」という観点から見つめなおしてみました。

大井川鐵道の鈴木社長さんとは面識はありませんが、きちんとしたリーダーシップを発揮されていると思いました。

報道ではいろいろと課題が取りざたされているようではありますが、筆者は同業者として、大井川鐵道を応援したいと考えます。

子供たちの夢を乗せて、トーマス列車が末永く安全に走ることができますように願いを込めて。

※本文中に使用した写真はすべて筆者が撮影したものです。

※一般の方にご理解いただきやすいように、専門用語を平易な言葉に置き換えている個所がございます。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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