サッカー北朝鮮代表で“唯一の海外組”J3岐阜MF文仁柱がチームにもたらすもの…在日コリアンの役割
その名前を聞いて少しホッとした、というのが正直なところだ。
2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選に挑む朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)代表にJ3のFC岐阜所属の文仁柱(ムン・インジュ)が選出された。
埼玉県出身の在日コリアンで24歳。東京朝鮮高を経て朝鮮大学校サッカー部から2022年にガイナーレ鳥取に加入してプロデビュー。今季から岐阜へ移籍した。ポジションは主に左サイドバックで、22、23年の2シーズンでリーグ戦49試合2得点という実績を持つ。大学時代にU-23北朝鮮代表を経験し、今年1月にはA代表にも選出。また、W杯予選に向けての代表合宿(1月29日~2月5日)にも参加しており、メンバー入りを勝ち取った形だ。
今回、来日する北朝鮮代表の中には欧州でプレー経験のある選手もいるが、いずれも国内に戻っていることから、日本生まれのJリーガーである文仁柱が唯一の“海外組”となる。
21日の国立競技場と26日の平壌・金日成競技場での試合を前に日本で育った在日コリアン選手の北朝鮮代表選手の選出の意義は大きい。
元北朝鮮代表・在日Jリーガーは意外と多い
これまで北朝鮮代表となった在日コリアンJリーガーは多い。2010年南アフリカW杯に出場したFW鄭大世(チョン・テセ)、MF安英学(アン・ヨンハ)のほか、チームにサポートメンバーとして帯同していたMF梁勇基(リャン・ヨンギ)、MF李漢宰(リ・ハンジェ)のことも知る日本のサッカーファンも多いだろう。いずれも引退した選手たちだが、日本代表とも戦った経験がある。
一方、現役で元北朝鮮代表の肩書きを持つのは、韓国Kリーグの釜山アイパークでプレーする元JリーガーのFW安柄俊(アン・ビョンジュン)、昨季までいわてグルージャ盛岡でプレーし、今季から韓国のFC安養に電撃加入したMF李栄直(リ・ヨンジ)だ。また、モンテディオ山形やブラウブリッツ秋田などでプレーしたDF韓浩康(ハン・ホガン)も、韓国の水原三星でプレーしているが、彼も北朝鮮代表入りを目指していると聞く。
また、去年の杭州アジア大会でU-23北朝鮮代表入りした李泰河(リ・テハ)、黄燦俊(ファン・チャンジュン)の2人は現在、朝鮮大4年のサッカー部所属で、いずれもA代表入りを夢見ている選手たちだ。
北朝鮮代表選出が期待された李栄直
今回、実はもっとも北朝鮮代表入りが濃厚と言われていたのは、これまで代表の中盤でアンカーとして主力で起用されていた李栄直。33歳の経験豊富なベテランでもあるが、2014年に開催された仁川アジア大会では、U-23北朝鮮代表として全6試合に出場して準優勝に貢献。韓国代表との決勝戦に敗れたが、北朝鮮選手やスタッフから信頼を勝ち取った。
その後、2015年からA代表に選出され、以降も毎回名を連ねていた。2019年には平壌でソン・フンミン率いる韓国代表とW杯アジア2次予選を戦っており、代表には欠かせない存在となっていた。だが、W杯アジア予選開催のタイミングに所属クラブが決まらなかったこと、さらには昨今の南北情勢の悪化が、韓国でプレーする在日コリアン選手の北朝鮮代表選出に影響を及ぼしている部分はあると感じている。
ただ、現役の在日コリアンJリーガーの中でも北朝鮮代表でプレーできる新たな戦力の発掘が必要となってきており、今回は文仁柱の選出に至ったわけだ。まだ実力的に先発出場を果たせるのかは未知数だが、在日選手が一人いるのといないのとでは、明らかにチームの雰囲気が変わってくる。
欲を言えば、かつて川崎フロンターレや清水エスパルスで躍動していた鄭大世のようにJ1で主力をはる在日選手の登場が待たれるところではある。
日本で生まれ育ったからこその“役割”
いずれにしても在日選手には、日本のサッカーで育ったからこその役割というものがある。プレースタイルの違いもあるが、日本と北朝鮮の試合で仮に激しい当たりで熱くなりそうな時でも、間に入って日本の選手とも会話ができるため、チーム全体を落ち着かせる役割を果たせる。
それはスタジアムに訪れるであろう在日コリアンの大応援団にとっても、在日選手が出ていれば力が入るだろうし、逆に文仁柱がJリーグデビューを果たしたガイナーレ鳥取や現在プレーするFC岐阜のサポーターたちも、北朝鮮が森保ジャパンの“敵”になるとはいえ、ピッチに立てばきっと声援を送ってくれることだろう。
両国にとっては負けられない戦い。少しは殺伐とした空気にもなるかもしれないが、日本で生まれたJリーガーが北朝鮮代表に1人いることで、試合の見え方も変わってくるはず。21日と26日の日朝戦には、プライドをかけた緊張感あふれる好ゲームを期待しつつ、“在日の代表”でもある文仁柱には今回の日本戦を機に大きな成長を期待したいところだ。