「ウチが開発しなければ!」とろみコーヒーを生んだコメダ珈琲店のブレない喫茶店魂
新しいデザート系ドリンクと思いきや・・・?
名古屋発の喫茶店チェーン「コメダ珈琲店」(以下、コメダ)が新メニュー「とろみコーヒー」を販売。2024年5月29日から一部店舗で売り出しています。
とろみコーヒーとは、その名の通りとろみのついたコーヒー。ポタージュスープほどではありませんが、スプーンですくうとぽたりぽたりとゆっくりしずくが落ちる、やや粘度をつけたドリンクです。
かわいらしい印象を受けるネーミングから、「新しいデザート系ドリンク?」と思った人もいらっしゃるかもしれませんが、開発の理由はまったく別のところにあります。
「飲み込む力が弱くなってコーヒーを飲めなくなってしまった方にも、おいしいコーヒーを味わっていただきたい、と考えたのです」とは(株)コメダ・マーケティング本部の伊藤弥生さん。きっかけはコロナ禍が始まった2020年春のこと。介護職につく友人からこんな相談を受けたといいます。
飲み込む力が低下した高齢者のために「ウチがつくるべき!」
「高齢者に多い嚥下(えんげ)障害の患者さんは飲み物にむせてしまうことが多く、それが肺炎の原因にもなる。料理や飲料にとろみをつけて飲み込みやすくするとろみ剤が効果的なのですが、味が変わってしまうため、好きだったコーヒーを飲めなくなってしまう方もいらっしゃるというんです」と伊藤さん。雑談の中でのちょっとした話題でしたが、「コメダさんでとろみがあっておいしいコーヒーができないかな」という友人の言葉に、店に通うお客さんたちの姿が重なりました。「コロナ禍になって、お店から年配の常連さんの姿が減ってしまっていました。嚥下の悩みを持つ方も、コーヒーが飲めなくなることで外出の機会が減ってしまうかもしれない。誰もが安心していつまでもおいしく飲めるコーヒー。これはウチがつくるべき商品だ!と思ったのです」(コメントは以下、すべて伊藤さん)
医療の専門家やコーヒーの商社とタッグを組んで開発
開発に取りかかると、課題、難題が次々と現れました。まずとろみ剤の選択。業務用のとろみ剤は何十種類とあり、混ぜる食べ物の形状や温度、とろみの強さなど特徴がそれぞれ異なります。続いてコーヒーの味わい。とろみ剤を加えると酸味が立ちやすくなるため、コメダブレンドと同じアラビカ種の豆を濃く抽出し、コメダらしいボディ感やコクと苦味を再現することを目指しました。さらには取り扱いやすさ。物販商品の購入者が自宅で簡単にコーヒーをつくれるよう、とけやすさやとろみにブレが出にくいことなども重視しました。
医療の分野にも関連する商品開発だったため、これまでにない知見や技術も不可欠でした。
「嚥下リハビリの専門家である朝日大学(岐阜県瑞穂市)歯学部の谷口裕重教授に監修していただき、コーヒーを中心とした飲料・食品商社で社会貢献事業にも取り組んでいる石光商事(兵庫県神戸市)と共同で商品開発しました。各分野で知見をお持ちの方々にご協力いただけたのでつくることができた商品です」
物販品の「とろみコーヒー」を商品化したのは2022年11月。コメダのオンラインショップをはじめ、医療現場やドラッグストアなどで販売を始めました。そこから1年半を経て、この度店舗のメニューとしても導入することになりました。
「嚥下に不安のある方からの“喫茶店でコーヒーを飲みたい”という声もあり、当社としても外食するきっかけにしてもらいたい、との思いが当初からありました。店舗のメニュー化するにあたっては、スタッフ1人1人が商品の目的などを説明できるよう情報共有することを心がけました」
嚥下に不安のある人以外にも飲んでほしい
ただし、物販用のパッケージやメニューには、嚥下障害の人向けの商品だとはあえて強くアピールしていません。
「とろみという食感に興味を持った方にも飲んでいただきたいし、それをきっかけに飲み込みにくい悩みを持つ方がいることを知ってもらえればと思っています。それに、とろみがあると冷めにくいのでアウトドア用としてもお薦めできます」。
さて、筆者も実際に試飲。口をつけてカップを傾けると、コーヒーがゆっくりと口まで運ばれ、力強いコクと苦味は確かにコメダブレンドのもの。口の中にとどまる時間が長くなるせいか、苦味をしっかりと感じられます。とろみ加減は思ったよりは強く、しかしポタージュスープのようにどろりとしているほどではありません。砂糖を入れて飲む人は、よりまろやかさを感じられるかも。またシェイクなどとろみのあるドリンクに日ごろから親しんでいる若い人ほど食感に違和感はないかもしれません。いずれにしても、誤嚥の不安からコーヒーを控えるようになってしまった人にとっては、再びコーヒーを飲む喜びを感じさせてくれる一杯になるのではないでしょうか。
「のんびり行こうよ」に込められたメッセージ
とろみコーヒーのキャッチフレーズは「のんびり行こうよ」。嚥下の力が衰えて時間をかけて飲食するようになった人にとっては、とても温かく、救われるひと言です。そして、もともと店内でゆっくりくつろいでもらうことを重視しているコメダだからこそ、このフレーズはしっくり来ます。
シニアから若者、ビジネスマン、主婦まで幅広い世代が普段使いできるのがコメダの魅力。とろみコーヒーは、ここに集う人の幅をさらに広げる・・・というよりも、いつも来ている人がいつまでも来られるようにするメニューといえます。回転率を高めるよりも、過ごす時間の満足度を高めて来店頻度を高めるという従来の方向性をいっそう強化するという点でも、企業の姿勢としてブレがありません。もはや町のインフラともいうべきコメダの存在価値をさらに高めるこの一杯。今は必要ない・・・と思っている人も、いつか必要となる日のために一度味わってみる価値はありそうです。
(写真撮影/筆者 ※店内メニュー、とろみコーヒーメニュー写真はコメダ提供)