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残業が多い理由は基本給が低いから

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

先日、ネットで以下のアンケート結果が話題となりました。

【参考リンク】1万人に聞いた「残業する理由」、1位は「残業代がほしいから」

この結果からは「悪徳経営者に鎖につながれたような状態で長時間労働させられる憐れな労働者」なるステレオタイプとはだいぶ異なる印象を受けますね。なぜ日本人は残業せざるを得ないのか。そして、どこをどう変えれば残業依存体質は変革できるのか。それは現在議論中の働き方改革とも密接につながったテーマでもあります。

キャリアを考える上で非常に重要なテーマなので、今回は深く掘り下げておきましょう。

残業せざるを得ない日本人

なぜ日本人は残業せざるを得ないのか。それは単純に、基本給やボーナスが低く抑えられているためです。ではなぜ基本給やボーナスを低く抑えねばならないのか。それは、時給で払わないといけないからです。

販売員や飲食店の人は実際に働いた時間に応じて成果があがるので、時間に応じて時給で払って問題ありません。だからこういう案件は実際に払うべきです。

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ところがホワイトカラーの場合は少々話が違います。ホワイトカラーの成果は机に座っていた時間に応じて上がるわけではなく、だいたい一人当たりの人件費予算はあらかじめ決まっています。にもかかわらず「とにかく働いた分だけ時給で払え」と強制すると、基本給や成果分が抑えられ残業手当にまわり、トータルで帳じりが合うように賃金が組まれることになります。

たとえば、職場で大きなハムの塊を分配する姿を想像してください。半分くらいを(みんなの基本給やボーナスとして)取り分けて、残りの半分を「一時間残業するごとにスライス一枚配ります」というルールで分けたらどうなるでしょうか。当たり前ですが、席に長く残っていた人がトクをし、早く帰った人が損をします。元を取るには、職場の平均残業時間を越えて残業するしかありません。ではみんなで頑張って遅くまで席に残ったら?別にハムの総量が増えるわけではないので、どんどん極薄スライスになるだけの話です。

時給で払うため、基本給等が低く抑えられている→残業で取り返すしかない→みんなそうするとますます基本給等が昇給しにくくなる→生産性度外視で、ますます残業に精を出す

というスパイラルは大なり小なりどこの職場でも見られるものです。はっきり言って人生の無駄ですね。また、これは日本人の労働生産性が低い原因でもあります。ハムの総量を増やす工夫ではなく、薄くスライスすることに血道を上げているのだから、当然ですね。

働き方改革を巡っては、経済同友会は「残業上限ではなく割増し手当を引き上げるべき」と提言していますが、もっと基本給などの部分を減らして時間外手当のウェイトを増やすだけなので、単に「減った分を取り返さなきゃ」と考えた労働者の残業が増えるだけの話でしょう。

では、残業を減らし、ついでに生産性も向上させるには何をどう変えるべきでしょうか。答えは実にシンプルで、ハムをスライスせずに「はい、これ、君の分」といってブロック単位で配分してしまえばいいんです。要は時間ではなく成果を評価基準にすることですね。

そうすれば、誰も残業なんてしようとは思いません。もっとハムの欲しい人は、頭を使ってハムの総量が増える工夫をするでしょう。それこそ、本来のホワイトカラーがすべきことです。「オレさあ、先月150時間も残業しちゃったよ」と自慢するのはホワイトカラーでもブルーカラーでもなく単なる“おつむスッカラカラー”です。

「でも、成果が挙げられなかったら賃下げになっちゃうじゃないか」って?そんなの当たり前でしょう。成果がないのに長く席に残ってただけでいっぱいお金貰える仕組みの方が異常なんです。

時給管理は外し、成果を評価基準にする。その上で、労働時間そのものは管理して長時間労働チェック体制は残す。そう、それはそのままホワイトカラーエグゼンプション(以下WE)で議論されていることですね。WEは一部の野党の言うような“過労死促進法案”ではなく、逆に「残業依存体質を根底から改めるための法案」というのが正しい見方です。

これから最大の格差を生むもの

さて、これからの日本でもっとも重要な素養とはなんでしょうか。学歴でしょうか。教養でしょうか。もちろんそれらもある程度は重要ですが、筆者は全く別のものだと考えています。ちょっと長いですが、だいたいこんな感じのものになります。

「リスクや変化を恐れず、常に自身を成長させていける人」

これが出来る人とできない人の格差は、もうどうしようもないくらい拡大するだろうし、それは既に始まっているとみています。

これは“残業”についてもそうですね。上記のロジックをきちんと理解し、時間ではなく成果の質に軸足を置いて働けている人は、成長も昇給もするし、良好なワークライフバランスも実現できるでしょう。たとえ賃金横ばいだとしても、残業時間が半減したり有給休暇が欧米並みの9割つかえるようになるだけでもずいぶん充実した人生になると思いますね。

一方「成果で評価されるのはマイナス評価が怖いからイヤだ、これからも時給で払ってもらう方がいい」という人も、少なからずいると思います。そういう人はそれでいいです。ここから先は全部自己責任なので。

きっと共産党あたりが「痛みを伴う改革なんてしなくても、法律で厳しい残業上限を作り、企業の内部留保で賃上げさせれば、残業減と賃上げを両立できます」とかなんとか、都合のいい(けど実現可能性0%な)言い訳も考えてくれるでしょうから、そういうの読んでストレス発散しておいてください。

でも、その道の先に待っているのは、ますます極薄スライスになっていくハムを同僚たちと奪い合う日々だということ、そして、その結果をもたらしたのは自身の判断だということは覚えておいてくださいね。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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