世界各地で動く朝鮮半島情勢…文大統領は「6月南北首脳会談」呼びかけ
米朝シンガポール会談から1年となる6月12日は、ふたたび朝鮮半島情勢が動き始めることを予感させる一日だった。ワシントン、オスロ、そして板門店。3か所であった出来事の共通項は他でもない「平和」だった。
●金正恩→トランプ「すばらしい書簡」
米国のトランプ大統領は11日(現地時間)、ホワイトハウスで記者団に対し朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の金正恩委員長から前日に親書が届いたことを明らかにした。
同大統領は親書について「すばらしい(beautiful)」と表現。さらに、韓国の連合ニュースによると「とても個人的で、とても温かく、とても素晴らしい親書だった」とし、感謝の意を述べた。
また、トランプ大統領はこの場で金委員長との関係について「とても良い関係を築いている」とし、「とても肯定的な事が起こると思う」とも語った。一方、親書の内容については公開しなかった。
この日のトランプ大統領の会見では、上記のような一般論よりも立ち入った話は無かった。だが、北朝鮮による5月の2度にわたる弾道ミサイルの発射にも「信頼違反ではない」(米紙『ポリティコ』)としたことからも、米朝首脳の間に最低限のコミュニケーションは生きていると見てよい。
ただ、親書が届いたというニュースを耳にした韓国の文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐が「その間、まったく米朝の関係が無かった」と語ったように、今年2月末のハノイ会談以後、米朝対話はストップしていた。
その理由は「朝鮮半島の完全な非核化」内容での合意、その上で「非核化―米朝国交正常化―休戦協定の平和協定への移行―北朝鮮への経済制裁全解除」という「4つの同時ゴール」に向けたロードマップを描けていないという基本的な所にある。
なお、米朝合意が段階的なものになるのか、一括でビッグディールとなるのかという議論は本質的ではないと筆者は見る。上記の「同時ゴール」という合意(内容の明記)は一括で行い、その実践は当然、段階的にならざるを得ないだろう。
このように今後超えるべき壁は非常に高い。だが、この日トランプ大統領が「私が就任した時とは変わって、核実験も重大な実験も無かった」と語ったように、互いに軍事的挑発を最小化する中で「平和」に向けて合意し歩んでいく努力は欠かせない。米朝の目的は非核化だけでなく平和構築にあるという認識が肝要だ。
●文大統領、オスロフォーラムで「二つの平和」を演説
12日(現地時間)午前、文在寅大統領はノルウェーの首都・オスロで開かれた「オスロ・フォーラム」で基調演説を行った。同フォーラムは「平和」をテーマに毎年開かれている。
『国民のための平和』と名付けられた演説で文大統領は、ノルウェーの平和に向けた努力を支持しつつ、南北関係について多く言及した。
まず、昨年の一連の南北関係改善を取り上げ、「互いに軍事的な敵対行為を止めることに合意し(中略)開城に設置した共同連絡事務所でいつでも会って連絡を交わしている」と自賛した。
また、2月のハノイ会談以降、米朝対話が膠着状態に陥っている理由について「互いに深く理解する時間が必要で、過去70年間、敵対してきた心を溶かす過程」との見立てを示した。
そして「今わたし達に必要なものは新たなビジョンや宣言でなく、互いに対する理解や信頼を深くし、これを土台に対話の意志をより確固にすること」としつつ、「日常を変える積極的な平和」と「隣国の紛争と葛藤解決に寄与する平和」という二つの概念を提示した。
文大統領は「日常を変える積極的な平和」について、まず「南北の住民が分断により受ける構造的な暴力を平和的に解決すること」とし、「真の平和は互いに助けとなる平和で、そのためには平和が国民一人一人に利益と良いものになる必要がある」と主張した。
その一例として、南北接境(互いに国と認めていないので国境ではない)地域で起こりうる天災や環境汚染などに対する共同危機管理を訴えた。国民が利益を実感できる平和をもたらそうというアプローチは、これまでの概念的な統一論から脱却する実利的な考えといえる。文大統領はこれを「国民のための平和(Peace for people)」とも表現した。
また後者の「隣国の紛争と葛藤解決に寄与する平和」については1993年のイスラエル・パレスチナ間による「オスロ合意」を例に挙げた。文大統領はこれを「相手を憎しみと憎悪の対象ではない、対話と理解の対象として見る結果を生んだ」と評した。
今や有名無実となった合意であるため、スピーチライターのセンスを含めやや認識が問われる所だが、話を続ける。文大統領はさらに「全世界で冷戦が終息したが、朝鮮半島では依然として冷戦構造が存在している。南北は分断し北朝鮮は米国・日本と国交を結んでいない」と指摘した。
その上で「恒久的な朝鮮半島での平和定着は、東北アジアに最後に残った冷戦構造の完全な解体を意味する。歴史と理念による長い葛藤を経てきた東北アジアの国家に、未来志向的な協力へと進める機会がもたらされた」と昨今の朝鮮半島情勢の動きを位置づけた。
こうした文大統領の発言は、前項で述べた4つの「同時ゴール」が朝鮮半島での冷戦解体をもたらし、東北アジアの秩序再編につながるという韓国政府の認識と、進むべき平和の道をはっきりと示している。この日の演説に「統一」という言葉は一度も登場しなかった。
●板門店に金与正あらわる
10日、李姫鎬(イ・ヒホ)女史が死去した。故金大中(キム・デジュン)大統領夫人として、そして韓国における女性運動家の草分け的存在として民主化にも大きく寄与した同氏の死は、韓国メディアを中心に大きく報じられた。
97歳と高齢であり、体調悪化が今年に入り断続的に伝えられていたため、大きな驚きよりも静かな悲しみが広まる中、昨今の女性の権利を回復する運動をいち早く始めた李女史の足跡に関心が集まった。筆者がソウル市内の葬儀場を訪れた12日夜も、弔問に訪れた数百人の市民が同氏を偲んでいた。
同時に、北朝鮮の出方も注目された。それは10年前の8月に金大中大統領が亡くなった際、北朝鮮の「特使弔意訪問団」がソウルを訪れ、前年08年7月に金剛山で起きた観光客射殺事件により硬直していた南北関係を動かそうとした例があったからだ。訪問団は当時、李明博(イ・ミョンバク)大統領への面談まで行った。
現在、南北関係は09年当時ほど冷え込んでいないが、北朝鮮側が南北対話に消極的な態度をとっているのは事実であるため、いわゆる「弔問外交」が期待されたのだった。李姫鎬女史が11年12月、金正恩委員長の父・金正日総書記が亡くなった際に平壌を弔問に訪れていた事からも、その可能性は高まっていた。
11日朝、故金大中大統領の側近・朴智元(パク・チウォン)議員は、09年と同じように、北朝鮮側に訃告を送った。そして一晩明けた12日午前、北朝鮮は返信を韓国に送る。
協議の結果、同日17時に板門店北側にある『統一閣』で葬儀委員会を代表し朴議員、さらに鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長、徐虎(ソ・ホ)統一部次官が、北朝鮮の金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第一副部長が会うこととなった。
金与正氏はこの席で金正恩委員長による弔意文と弔花を韓国代表団に手渡し、双方は15分ほど言葉を交わした。この際、朴議員は金与正氏に対し10年前の例を挙げつつ、弔問団が来なかったことに対する残念な想いを伝えたという。
一方、金与正氏は「金正恩委員長が李姫鎬女史に対する格別な感情を抱いており、自身(金与正)が直接、韓国の責任ある人士に弔意を伝える方がよい」と面会の背景を説明した。さらに「遺族たちが悲しみを乗り越え、金大中大統領と李姫鎬女史の意志を支えていくことを望む」とも語った。
なお、この時の会話内容に関し、一部の韓国メディアが「鄭義溶室長が金与正氏に対し対話再開を望む発言をした」と伝えたが、青瓦台側は返答を避けている。
今回の弔問外交において、終始目立ったのは朴智元議員だ。
77歳の同議員は、金大中元大統領と共に北朝鮮を包容し変化に導く「太陽政策」を進めてきた一人だ。李姫鎬女史の死去後すぐに「金正恩委員長は人の道理として弔問団を送るべき」と強く主張する姿からは、朝鮮半島平和プロセスを何としても進ませたい老兵の執念を見た思いがした。
「金正恩氏は非核化する」「安倍首相がどうやってもダメ」…韓国のベテラン議員が解説する朝鮮半島の今(2018年8月)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180820-00093806/
●自主と国際のあいだで
世界3か所で起きた出来事からは、朝鮮半島の平和に向けた動きが南北間の「自主的」と定義される関係と、米国をはじめとする国際社会との「国際的」関係の双方に影響を受けていることが浮き彫りとなった。
そしてその複雑な歴史的背景や、問題解決の困難さをどの国よりも正確に理解している韓国政府にとっては、ネジを巻き直す良い契機になったのではないか。筆者は今なお韓国がもっと動くべきと考えている。
文在寅大統領はオスロでの演説後に行われた質疑応答の場で、北朝鮮の金正恩委員長に対し「いつでも会う準備ができている」としつつ「トランプ大統領が6月末に訪韓するが、可能ならばその前に会うのが望ましい」と呼びかけた。
その上で「これは金正恩委員長の選択にかかっている」との苦しいひと言も忘れなかった。こうした「公開アプローチ」を考えれば、板門店で金与正氏を通じ何らかの意思伝達が行われた可能性もある。
この日、ノルウェーのソーライデ外相は「紛争を解決する際には、当事者たちがその紛争と結果に対する主人意識を持つ必要がある」と文大統領にアドバイスした。
韓国政府はふたたび与えられたチャンスを、より積極的かつ多角的な動きにつなげていけるのか。停滞期の今、真の実力が問われている。