「柴犬のアイコン」がウクライナ侵攻の最前線で飛び交う、その狙いとは?
「柴犬の画像」が、ウクライナ侵攻の最前線で飛び交っている――。
ウクライナ侵攻をめぐり、ロシア側が拡散するプロパガンダに、「ユーモア」で対抗するという動きが広がる。
使われているのは柴犬のミーム(キャラクター)だ。
迷彩服にベレー帽をかぶった柴犬の画像を、ツイッターのアイコンやツイートに使い、脱力するような「ユーモア」を交えながらロシアのプロパガンダに対抗して、さらにウクライナ軍への募金を呼びかける。
動物などのキャラクターを使ったミーム画像は、ソーシャルメディアでの拡散を後押しする手法として、主にフェイクニュースの発信側で使われてきた。
その手法を、逆手に取るような動きだ。
膠着するウクライナ情勢における、柴犬ミームの効果とは?
●「柴犬」になった国防相
ウクライナ国防相のオレクシー・レズニコフ氏は8月30日午後7時すぎ、ツイッターにそう投稿している。
右手にウクライナ国防相のエンブレムを描いた盾、左手にミサイル搭載車両を持ち、レズニコフ氏らしき眼鏡をかけたスーツ姿の柴犬のキャラクターが、燃え盛る橋の前に仁王立ちする――。
それまで自身のプロフィール写真だった同氏のツイッターアイコンは、ユーザーから送られたそんなコラージュ画像に差し替えられた。
柴犬の画像と、迷彩服の画像などを組み合わせたコラージュ画像のミームを、ツイッターなどで拡散させているのは、「北大西洋フェロー機構(NAFO)」と称するオンライングループだ。
9月1日付のワシントン・ポストや、8月31日付のポリティコなどが、相次いでこのグループの動きをまとめている。
柴犬の画像は、特にテスラCEOのイーロン・マスク氏がツイッターなどで頻繁に言及した暗号資産(仮想通貨)の「ドージコイン」のロゴとしても知られる、ネットに拡散するミーム(キャラクター)だ。
その柴犬の画像が、ウクライナ侵攻のただ中で広がっている。
レズニコフ氏だけでなく、エストニア元大統領のトーマス・ヘンドリク・イルヴェス氏や、米共和党下院議員のアダム・キンジンガー氏もこの動きに賛同している。
●ロシア大使のツイートを「笑い」に
きっかけになったのは、ポーランド人のユーザー「カミール」氏が5月下旬、北大西洋条約機構(NATO)のロゴを改変して「NAFO」を名乗り、柴犬の画像をコラージュしたツイートだ。
ウクライナ支援のために組織されたジョージアの志願兵グループへの寄付の呼びかけの一環だったという。それぞれ寄付者への返礼として作成したのが、柴犬をコラージュしたオリジナルのミームだった。
ポリティコによれば、「カミール」氏だけですでに500のミームを作成。ネット上に34人のミーム作成メンバーを擁するが、すでに1日1,000件を超す寄付者からの作成依頼が寄せられているという。
そしてこの「NAFO」のメンバーは、ロシアのプロパガンダも「笑い」に絡めて抑制を図る。
ジュネーブのロシア代表部の大使が6月半ば、ウクライナ侵攻は「2014年以来続くウクライナ軍による(親ロシアの東部地域)ドンバス地方への攻撃」が引きがねになっている、との趣旨の主張をするツイートを投稿。
「あなた『だからウクライナ全国民を爆撃する必要がある』」。柴犬アイコンの「NAFO」メンバーのアカウントがそう返信すると、大使は「それはあなたのたわごとだ、私ではない」とツイートで反論。
すると、このツイートとアニメ「スポンジ・ボブ」の画像を組み合わせたコラージュや、大使と迷彩服の柴犬のコラージュなど、大使のツイートを揶揄するツイートが殺到した。
さらにそのツイートの文言「それはあなたのたわごとだ、私ではない」と迷彩服姿の柴犬のキャラクターを組み合わせたステッカーやTシャツを作成。「笑い」を絡めて、ウクライナへの寄付のためのオンラインショップで売り出すという展開になった。
だがこのような戦略は「NAFO」が初めてというわけではない。ソーシャルメディアにグループで介入し、ユーザーを混乱させる行為は「トロール(荒らし)」と呼ばれる。
よく知られるのが、2016年の米大統領選にロシアがフェイクニュースを絡めて介入したとされる事例だ。介入工作を担ったサンクトペテルブルクの業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー」は「トロール工場」とも呼ばれた。
介入工作では、大統領選候補だったヒラリー・クリントン氏の画像を改ざんするなど、「笑い」を絡めたミームの手法も取られていた。
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的)
中央ヨーロッパ大学助教のチャールズ・ショー氏は「スレート」への寄稿で、ロシアの「笑い」を絡めた情報戦は、ナチス・ドイツとの独ソ戦にさかのぼるとしている。
「NAFO」がロシアのプロパガンダに対抗するスタイルは、そのロシア流の手法を逆手に取った戦略ともいえる。
NAFOによる募金はこのほかに、ウクライナ軍の武器に寄付者のメッセージを書き込むというものもあり、 自走カノン砲に柴犬のミームをペイントした画像も公開されている。
●「デマよりユーモア」
ミーム(キャラクター)の画像は、ソーシャルメディアにおいて、やや皮肉な「笑い」を含んだ拡散促進のツールとして使われることが多い。
米国の前大統領、ドナルド・トランプ氏の支持者グループは、マンガのキャラクター「カエルのペペ」をソーシャルメディアの投稿などで共有することが知られている。
「笑い」「ユーモア」は、米大統領選のケースのように、フェイクニュースの拡散でも利用される。その一方で、フェイクニュースの解毒剤としての「ユーモア」の効用も指摘されている。
フェイクニュースに対するファクトチェックを、理屈で伝えるだけでなく、「ユーモア」を絡めることで、より広くユーザーに届きやすくする、という試みだ。
よく知られているのは、中国からのフェイクニュースの脅威にさらされる台湾で、新設されたデジタル発展省の初代大臣、唐鳳(オードリー・タン)氏が提唱してきた「デマよりユーモア」戦略だ。
台湾ではウクライナに先立ち、柴犬「総柴(ゾンチャイ)」のミームが衛生福利部(省)のマスコット「スポークスドッグ(広報犬)」として、新型コロナにまつわるデマ防止の呼びかけに活用されてきた。
この柴犬は実在する衛生福利部参与の実際の飼い犬だという。
●「ユーモア」の効果
フェイクニュース(偽情報・誤情報)に対する、「ユーモア」の効果についての研究も進む。
ミネソタ大学准教授のエミリー・K・ブラガ氏、ジョージ・メイソン大学助教のソジョン・クレア・キム氏、ジョン・クック氏の2019年の研究では、気候変動、HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)、銃規制に関する誤情報について、論理的な訂正と「ユーモア」を含めた訂正の効果を比較。HPVワクチンのケースのみで、誤情報による誤解の軽減につながった、としている。
ユタ大学助教のサラ・K・ヨー氏とユタバレー大学助教のメーガン・マッケイジー氏が2021年4月に学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」でまとめた先行研究のレビュー「誤情報の解毒剤としての感情とユーモア」によると、なお決定的な研究は存在しないものの、特にミームなどの視覚的な「ユーモア」や感情を喚起するコミュニケーションは、誤情報への「解毒」効果が期待できるとしている。
ただ、前述の通り、ミームなどの「ユーモア」がユーザーの関心を引き、情報への心理的ハードルを下げ、拡散の後押しとなる点では、フェイクニュースの拡散とも同じ特徴を持つ。
効果を見極めながら、使っていく必要がありそうだ。
(※2022年9月2日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)