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シリアへの越境攻撃を再び頻発化させるイスラエルの狙いとは?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリアのハマー県とアレッポ県が4月29日午後10時半頃、「正体不明の敵」によるミサイル攻撃を受けた。ミサイル攻撃と言えば、米英仏がバッシャール・アサド政権による化学兵器使用を口実として14日に行った攻撃が記憶に新しい。だが、今回の攻撃は誰が行ったのか? その狙いは何か?

狙われたイラン

攻撃の主な標的となったのは、ハマー市の南東約15キロに位置するタクスィース村近郊にあるシリア軍第47旅団基地と、アレッポ市東部のアレッポ国際空港に近いナイラブ航空基地だったという。

ナイラブ航空基地(出所:Google Map)
ナイラブ航空基地(出所:Google Map)
第47旅団基地(出所:Google Map)
第47旅団基地(出所:Google Map)

被害状況に関して、ロイター通信は、複数の反体制消息筋の話として、イランが支援する諸派の指令拠点や武器弾薬庫が多数被弾し、イラン人ら多数が死傷したと伝えた。また、イラン学生通信(ISNA)によると、イラン人兵士18人を含む40人が死亡、60人が負傷したという。

ここで言う「イランが支援する諸派」とは、「シリア・イスラーム抵抗」や「同盟部隊」を指す。

「シリア・イスラーム抵抗」は、レバノンのヒズブッラーやシリア軍の指導のもとで、シリア人の12イマーム派(シーア派)宗徒を軸に結成された民兵の総称で、ガーリブーン(シリア愛国抵抗中隊)、ジャアファリー軍、シリア愛国教条抵抗、リダー部隊といった組織がこれに含まれる。一方、「同盟部隊」は外国人民兵を指し、イラン・イスラーム革命防衛隊のほか、イラク人民動員隊、アフガニスタン人を主体とするファーティミーユーン旅団などがその主体をなしている。彼らもまた12イマーム派の宗徒だ。

これらの組織はいずれも、各地でシリア軍とともに、イスラーム国、アル=カーイダ系のシャーム解放委員会やシャーム自由人イスラーム運動(シリア解放戦線)を中核とする反体制派と戦ってきたことで知られている。

シリア・イスラーム抵抗、同盟部隊を含む親政権民兵のエンブレム(出所:https://twitter.com/FSAPlatform)
シリア・イスラーム抵抗、同盟部隊を含む親政権民兵のエンブレム(出所:https://twitter.com/FSAPlatform)

米英の仕業か、イスラエルの犯行か?

国営紙『ティシュリーン』は、フェイスブックの公式アカウントを通じて、ヨルダン北部の米英軍の基地から弾道ミサイルが発射されたと伝え、その軌跡を示した地図を公開した。だが、CNNは米軍消息筋の話として、米軍の関与を否定した。

『ティシュリーン』が公開した地図(出所:https://www.facebook.com/tishreennews1/)
『ティシュリーン』が公開した地図(出所:https://www.facebook.com/tishreennews1/)

これに対して、英国で活動する反体制NGOシリア人権監視団のラーミー・アブドゥッラフマーン所長は、地対地ミサイルの倉庫が標的となったと指摘、「標的の性格から、イスラエル軍による攻撃と思われる」との見解を示した。「正体不明の敵」が誰なのか今のところ断定はできないが、今回の攻撃はイスラエルによる犯行との見方が強い。

既視感

イスラエルによるとされる今回の攻撃には既視感を覚える。

ダマスカス郊外県東グータ地方のドゥーマー市で化学兵器使用疑惑事件(4月7日)が発生し、ドナルド・トランプ米政権の対応に世界が注目していた4月9日、ロシア国防省は声明を出し、イスラエル軍の複数の戦闘機がレバノン領空を侵犯し、ヒムス県中部のT4(第4石油輸送ステーション)航空基地(別名タイフール航空基地、ティヤース航空基地)に向けてミサイル8発を発射、シリア軍防空部隊がうち5発を撃破したが、3発が基地の西側に着弾したと発表した。

攻撃は、シリア国営テレビ(シリア・アラブ・テレビ)が「米軍によると思われる」と速報で伝えていたが、米国防総省はこれをただちに否定、ロシアがイスラエルの攻撃と断定した。

T4航空基地は、2月10日にイスラエル領内に侵入したイランの無人航空機(UAV)が発進したとされる基地で、シリア軍、同盟部隊だけでなく、ロシア軍部隊も進駐するシリア中部の重要拠点だ。このとき、イスラエルは、イランの無人航空機を撃墜するだけでなく、T4航空基地を含むシリア領内の複数カ所が爆撃した。だが、シリア軍はS-200防空システムなどでこれに反撃、イスラエル軍のF-16戦闘機1機を撃墜したのである。

イスラエル軍報道官が発表した2月10日の戦闘の経緯(出所:https://twitter.com/LTCJonathan)
イスラエル軍報道官が発表した2月10日の戦闘の経緯(出所:https://twitter.com/LTCJonathan)

シリア内戦以降、イスラエルはシリア領内への侵犯を頻発化させていた。2000年から2011年にかけて、その侵犯行為は(筆者が調査した限り)4件だった。だが、2011年から2016年までの6年間でその数は15回に急増、2017年になると22回とさらに増加した(拙稿「反体制派を盾としたイスラエル/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(15 最終回)」を参照)。

これらの攻撃は、シリア軍と対峙する反体制派の援護や、イランとヒズブッラーの軍事的プレゼンス増大の阻止を主目的としていた。なかでも、イランとヒズブッラーに対する攻撃は、2017年に入ると激しさを増していた。

イスラエル軍は4月27日、ダマスカス国際空港南西部のシリア軍陣地、燃料倉庫、貯蔵施設、さらにはヒズブッラーの武器弾薬庫を爆撃した。また9月7日には、ハマー県ミスヤーフ市東部にある軍事基地(ガドバーン野営キャンプ)を爆撃した。イスラエル側の発表によると、この基地には、過去に化学兵器やミサイルなどを製造していた施設があり、イランやヒズブッラーがこれに関与していたとされた。同様の爆撃は、ヒムス県ハスヤー町の工業地区(11月1日)、ダマスカス郊外県キスワ市郊外の軍事拠点(12月2日)に対しても行われた。

欧米とロシアの「火遊び」がもたらした悲劇か?

2月10日の交戦で36年ぶりに戦闘機を撃墜されたイスラエルは、越境攻撃を控えるようになっていた。自国軍の被害を回避するため、戦略を立て直す必要に迫られていたからだと思われる。だが、14日の米英仏によるミサイル攻撃に伴うシリアでの軍事的緊張の高まりは、イスラエルの越境攻撃を再び頻発化させる触媒の役割を果たした。

むろん、4月9日の越境爆撃についても、そして今回のミサイル攻撃についても、イスラエルは公式に関与を認めてはいない(2月10日の攻撃については認めている)。アヴィグドール・リーベルマン外務大臣は訪問先の米国で27日、「イランがシリア国内に基地を建設しようものなら、空軍基地であれ、海軍基地であれ、地上作戦用の基地であれ、我々はそれを破壊する」と意気込んではいた。だが、今回の攻撃に関して、イスラエル・カッツ諜報大臣は「承知していない」と発言、イスラエル軍もコメントを控えている。

とはいえ、攻撃がイスラエルによるものだとすれば、そこには同国の明確なメッセージを読み取ることができる。そのメッセージとは、戦闘機による爆撃や迫撃砲による砲撃を常としてきたそれまでの侵犯行為に加えて、弾道ミサイルをも投入して、シリア国内でのイランの増長を阻止するという意思表明だ。それはまた、UAVによる強行偵察を行い、挑発姿勢を見せていたイランへの対抗措置でもある。

米英仏軍ミサイル攻撃を受け、ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外務大臣は20日、「シリアにS-300防空システムを供与しないという道義的義務はなくなった」との強硬な立場を示した。シリアをめぐる欧米諸国とロシアの対立は一時的なもので、最悪の事態に発展しないというのが大方の見方だ。だが、両陣営のこうした「火遊び」によって、シリア情勢が自国の安全保障に及ぼす影響に常に神経をとがらせてきたイスラエルと、シリア内戦を「生存のための戦い」と位置づけてきたとされるイランの衝突の危機が高まるとすれば、悲劇だとしか言いようがない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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