あえて「ど真ん中」を狙わず裾野を広げる戦略も必要に
ロングトレイルは、登山のように必ずしも頂上を目指すことを目的としない歩く文化で、特に北米で盛んに行われている。「ハイカーがトレイル(道)に残して良いのは足跡だけ」とするこの文化は、自然保護の考え方が根底にある。長い距離を歩くので、自然だけではなく、土地の人や歴史、文化にも触れることができるのも醍醐味である。
本場・米国では、3大ロングトレイルと呼ばれるルートがあり、その距離3500~5000kmを超える。2013年にこれらの3大トレイルを踏破し、「プロハイカー」としてロングトレイルの魅力を伝える活動をしている山形県上山市在住の斉藤正史さんが、22年10月に山形市売上増進支援センターY-biz(ワイビズ)に相談に来た。
自身が代表を務めるNPO法人YLTクラブで10年かけ整備してきたトレイルが開通するので、地域内でもっと認知度をあげ、観光需要も取り込みたいという。ロングトレイルを通した地域の観光資源化や、ロングトレイルの価値の理解と利用促進などを進めるには、地域の人達にトレイルを大切に思ってもらえなければ、維持管理はもとより整備が進まないからだ。
「白鷹丘陵トレイル」(23年5月開通)は山形市内からのアクセスもよく、キャンプ場や山形市少年自然の家もあり、手軽に利用できる。「北の関ケ原」と呼ばれる慶長出羽合戦(1600年に行われた上杉景勝と最上義光・伊達政宗の戦い)の地で、城址や空堀、土塁といった遺構が残る。また水が豊かで水芭蕉や雪椿の群生地があるほか、良質なソバやわさびも採れるが、残念な事に過疎化が急速に進んでいる。
斉藤氏の話を聞いたワイビズの富松希センター長は、ロングトレイルになじみがない人達に知ってもらうため、幅広い層が参加できる企画が必要と考え、白鷹丘陵トレイルの開通イベントは、参加のハードルをぐんと下げた企画を盛り込む事を提案した。半日、日帰りといった企画の準備や、各コースの魅力がわかりやすく伝わる案内資料の作成を支援した。また、キャンプを含む本格的なロングトレイル文化も気軽に楽しめるよう地域のキッチンカー事業者との連携も支援した。
さらに斉藤氏を山形市の健康増進施設を運営する事業者に引き合わせた。同市は市民の健康増進を目指し、歩数や健康関連講座参加、健診受診等をポイント化する「スクスク」という事業を行っている。ロングトレイルもこうした事業と方向性が合う事から、複合型イベントを企画、提案した。23年9月のスクスクフェアでは、地域の人達がトレイルを体験するきっかけを作った。
様々な団体との連携を軸に今も支援を継続している。こうした中で、YLTクラブが開催するイベントに、山形市と隣接する仙台市からの参加者が増えているという。
全国的に認知度が高まっている取り組みでも、その地域ではなかなか浸透しないという事はよくある。それを克服するためには、あえてど真ん中の層を狙わず、参加のハードルを下げてでも、広く関心を喚起させるような仕掛けが必要だ。YLTクラブのケースでもワイビズがそうした方針の支援を行い課題解決に挑戦している。さらなる成果を期待できそうだ。