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「水が飲めない」のは子どもだけじゃない?――大人にも広がる現実と年間10万円の家計負担

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
都内の公立小学校の学校通信を筆者が撮影

味のない水が飲めない原因は?

 東京都内の公立小学校の学校通信(写真)にこんな記述を見つけた。

「1学期に熱中症疑いで保健室を利用した児童の様子を見ていると、「水を飲めない」児童が目につく、という観察結果があります。

 自分の判断で水分を飲もうとしないこともですが、症状が出ている子にコップにくんだ水を渡して飲むように促しても"飲めない"例もあるそうです。

「味のない水」「冷え冷えではない水」は飲み慣れていない様子で、唇をぬらす程度しか飲まず、コップの水が減っていかないようなのです。」

 実態を把握しようと、筆者は首都圏の小学校教諭や幼稚園教諭50名にヒアリングを行ったところ、クラスに2、3名ほど「味のない水(水道水、ミネラルウォーター)が飲めない子ども」がいることがわかった。

 その原因について、以下の3つの仮説を立てた。

1)家庭での水飲み習慣の変化
 普段から水ではなく、ジュースや炭酸飲料を飲む家庭が増えているのではないか。特に冷蔵庫に水ではなく、麦茶や牛乳、炭酸飲料が常備されているケースも多い。

2)新型コロナ禍の学校での指導
 民間企業の調査(サーモス株式会社)によると、全国の小中高生を持つ親1321人のうち43%が、「学校で水道や給水機から直接水を飲まないよう指導された」と回答している。

3)熱中症対策の影響
 文部科学省と環境省が2021年5月に作成した「学校における熱中症対策ガイドライン」には、経口補水液やスポーツドリンクの利用が推奨されている。これにより、スポーツドリンクの方が体に良いと考え、水よりも選ばれる傾向が見られる。

水が飲めないことへの反響

 さらにヒアリングを続けると以下の意見が寄せられた。

1)水が飲めないのは子どもだけではなかった

「子どもの頃から水を飲むという選択肢がなかった。冷蔵庫にはコーヒー飲料と炭酸飲料と牛乳しか入っていなかった。日常的にコーヒー飲料を飲んでいて水は飲めない。医師からは慢性的な脱水症状と言われて、経口補水液を飲んでいる」(30代女性)


「少し上の世代に話を聞くと、冷蔵庫のクーラーポットに水が入っていたというが、私の場合、入っていなかった。入っていたのは、麦茶と炭酸飲料です。いまでも水は飲まない」(30代男性)


「実家の冷蔵庫には水は置いていなかったので、水が飲み物だと思ったことがない」(30代男性)

「25歳のわが子は味のない水が飲めない。小さい頃から飲み物はお茶か牛乳を与えていた。水が飲めなくなったのは、私のせいだ。反省。」(50代女性)

 子どもの頃の飲料習慣は、大人になっても続き、体質的に水を飲めなくなるケースもあるようだ。

2)その他の意見

「水道水とミネラルウォーターでは基準が異なるが、水道水は厳しい基準をクリアしているので安全だ」(50代男性)

「開発途上国の水事情や被災地を思えば贅沢な悩みではないか」(70代女性)

「自分のお金で選んだ飲み物を飲むのは自由だ」(20代女性)

「自分たちは生まれた頃から飲料水を買っていた」(30代女性)


「飲料水の選択肢が増えたことは良いことだ」(30代男性)

などの声もあった。

 こうした意見の背景には、1960年代半ばから日本各地に水道が敷設される、1980年代半ばからミネラルウォーターが普及するなどの影響があると考えられる。

水が飲めないことの健康と生活への影響

 調査をしていくうちに一部に「どうしても味のない水が飲めない人」がいることもわかった。そうした人には強制すべきではないが、味のない水が飲めないことは、健康面や生活コストにも深刻な影響を与えるは共有すべきだろう。

1)健康への懸念と海外での取り組み
 糖分の多い飲料を常飲すれば、虫歯や肥満、糖尿病のリスクが高まる。WHOが定める1日の糖分摂取量(子ども16g、大人25g)を超えるケースも多く、将来的な健康被害も懸念される。
 また、冬場は空気の乾燥や暖房による発汗が多く、脱水症状を引き起こしやすい。気づかないうちに水分不足に陥るため、季節を問わずこまめな水分補給が重要である。


 欧米では、ソフトドリンクやジュースの過剰摂取が子どもの健康問題を引き起こしていることから、政府や教育機関が対策を進めている。具体的には、学校での水道水や飲料水の無料提供を義務化し、甘い飲料に対する課税措置(ソーダ税)により消費を抑制水の摂取を推奨する教育プログラムが導入されている。これらの政策は子どもたちの健康を守るだけでなく、水を飲む習慣を根付かせる効果があるとされている。

2)生活コストの差は10万円以上

 水が飲めないことで、日常生活にも経済的負担が生じる。1日2Lの水を水道水で補った場合、1年間のコストは約175円で済むが、市販の飲料水では約11万円かかる。また、災害時には市販の飲料が手に入りにくくなるため、水道水を日常的に飲む習慣が災害への備えにもなる。

3)水を飲むための工夫で解消されることも

 東京の水道水は、1980年代に「まずい」と言われていたが、現在では水源の改善と浄水技術の向上により安全でおいしい水が提供されている。具体的には、活性炭やオゾン殺菌を活用した高度浄水処理が導入され、水質が飛躍的に改善された。

 しかし、当時の「水道水はまずい」という印象は未だに根強く残っている。これは行動経済学の「アンカリング効果」で説明される。アンカリング効果とは、最初に与えられた情報や経験が強く記憶に残り、その後の意思決定に影響を与える現象だ。1980年代は工場排水の問題やペットボトル水の登場により、「水道水はまずい」「危険だ」というイメージが定着した。その後、技術革新によって味や安全性が改善されたものの、多くの人は当時の印象に引きずられている。

 水が飲めないという思い込みは、少しの工夫で解消されることもある。たとえば、

・水を冷やす(10~15度が最適)ことで、二酸化炭素が溶け込みおいしく感じる。

・レモンスライスなどで風味を加える。

・朝の目覚め時、風呂上がり、運動後など、体が水分を欲しているタイミングで飲むと自然と水を受け入れやすくなる。

 水が飲めることの大切さを共有し、冬場も含めてこまめな水分補給を意識することで、健康的な生活習慣を育んでいきたい。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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