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少年プロサーファーが演じるサーフィン映画「ブレス」が他の作品と少し違う理由

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 7月にしては肌寒い日が続く中、近く公開される1本のサーフィン映画が来たる夏の風景を満喫させてくれる。昨年の5月、地元のオーストラリアで公開されるや、5週連続で興収トップ10内に君臨し、インディーズ映画として2018年度の国内興収第1位に輝いた「ブレス あの波の向こうへ」だ。

オーストラリアに於けるサーフィンの歴史が土台に

 物語は、日本の直木賞にあたるオーストラリアで最も栄誉あるマイルズ・フランクリン文学賞を受賞したティム・ウィンストンの自伝的小説をベースにしている。1970年代のオーストラリア南西部の小さな町で、少年が謎めいたサーファーとの出会いをきっかけに、サーフィンの極意を習得し、大人の洗礼を受けることになる。と、こう書けば、かつて見てきた青春スポーツ映画の流れを汲む作品かと思うかもしれない。でも、「ブレス」は少し違う。まず、時代設定だ。1914年にハワイアン・サーファー、デューク・カハナモクがシドニーのビーチで波乗りを披露して以来、今やサーフィンはオーストラリアを代表する人気スポーツとなった。今日では300万人以上が波乗りに興じ(全人口は約2500万人/2018年調べ)、スポーツ参加人口の約13%が、平均して年間36回以上サーフィンを楽しんでいるという。まさに国民的スポーツと呼べるレベルだ。しかし、映画の舞台となる1970年代のオーストラリアでは、若者たちにとってサーフィンは危険に身を投じることで古い価値観を打破したいという、反抗のシンボルとしての役割を担っていた。

本作がいわゆるサーフィン映画とは一線を画す理由

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 主人公の少年、パイクレットは読書好きで内向的な性格の持ち主で、製材所で働く父親と心優しい母親の愛に包まれて暮らしている。一方、親友のルーニーは好奇心旺盛で負けず嫌い。暴力的な父親のせいでいつも生傷が絶えない。そんな正反対の性格を持つ2人が、ある日、ビーチでミステリアスなサーファー、サンドーと出会ったことで、彼への憧れからボードを手に入れ、まるで師に導かれるように波乗りのスリルに魅了されていく。実はサンドーは元プロサーファーであることが分かり、少年たちの彼へのリスペストは強くなるばかりだ。しかし、パイクレットは待ちに待ったビッグウェーブを前にした時、「自分が本物か凡人かを証明するチャンスだ」と言い放つサンドーの言葉に、心の底で怯む自分がいることを自覚する。映画は、サーフィンというスポーツのリスキーさに疑問を感じ始めるパイクレットと、反対に、さらに危険な波を求めてサンドーと行動を共にするルーニーとを対比させることで、1970年代を覆っていた空気の本質に迫っていく。サーフィンが反抗のツールだった時代の裏側と、スリルと危険が表裏一体のスポーツが持つそもそもの矛盾に切り込んでいく。

 だから「ブレス」は、ベトナム戦争を挟んで伝説の大波に挑戦する男たちの変わらぬ友情とこだわりを描いたこのジャンルのレジェンド的作品である「ビッグ・ウェンズテー」(78)とも、左腕を鮫に食い千切られても波乗りを止めなかった実在の女性サーファーを描いた「ソウル・サーファー」(11)とも違う。人生の深層に分け入り、生きることの大切さを若者たちに訴えかける、全く新しいサーフィン映画にして青春映画なのである。

演じるのは本物のサーファーで監督は元サーファー

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 注目すべきは、オーディションでパイクレット役を勝ち取った撮影当時15歳のサムソン・コールターも、同じくオーディションを勝ち抜いてルーニー役をゲットした当時16歳のベン・スペンスも、共に本物のサーファーである点。彼らがパドリングしてテイクオフしていくシーンの臨場感は、ほぼすべてスタントダブルでカバーする他作品とは違う。また、サンドー役を演じる傍ら、本作で監督デビューを果たしたTVシリーズ「メンタリスト」(08~15)でお馴染みのオーストラリア人俳優、サイモン・ベイカーも、10代の頃にサーフィンと水球で州レベルの大会にエントリーした実績を持つ。従って、本作のサーフィン・シーンは本物に近いと言って過言ではない。バックでは、撮影地となった西オーストラリア州政府から製作費として230万ドルの支援があり、同州の住民100人が製作スタッフに参加。さらに、150人がエキストラやサーフィン・シーンでのスタントダブルを受け持つという、手厚いサポートがあった。ロケ地に選ばれたグレートサザンと呼ばれる西オーストラリアの手つかずの大自然が、1970年代の風景を撮る上で絶好の効果を生んでもいる。つまり、「ブレス」は世界に名だたるサーフ天国、オーストラリアのサーフィン文化と地の利を結集した1作と言えるのだ。

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 サイモン・ベイカーの監督としてのスキルには舌を巻く。全編、パイクレットの目を通して描かれる、先が見えない物語の展開が、観客を終始不安にさせる演出は巧みだし、森のコテージに美しい妻のイーヴァ(フランス人女優、エリザベス・デビッキ)と愛の巣を構えるサンドーを、好奇心いっぱいで見つめるパイクレットの視線が徐々に変化していくプロセスを、とてもデリケートに掬い取っている。しかし、それ以上に、子供たちにとってのカリスマと、生活を二の次にして波ばかりを追いかけているサーファーの気ままさを併せ持つサンドーを演じる、俳優、サイモン・ベイカーが圧巻だ。自然に鍛え上げられた肉体と寡黙な演技は、恐らく、「メンタリスト」からのファンをも唸らせるはずだ。

主演の新人サムソン・コールターは、撮影後、再び海へ

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 さて、これが演技初体験とは到底思えない卓越した表現力を見せるサムソン・コールターは、当然、次回作が目白押しかと思いきや、今はプロサーファーとして世界を転戦する身。昨年はチリに遠征し、今年はハワイ、マウイでの大会に参戦している。もともとプロデビューは2015年。その後、「ブレス」の撮影に参加しているから、本業に戻ったと言うべきか。だが、本人はメディアの取材に対して、「サーフィンとカメラの両方に興味がある」とも。映画に戻るのはいつになるか分からないが、この名前、是非覚えておいて欲しい。

「ブレス あの波の向こうへ」

7月27日(土)より新宿シネマカリテ他全国順次公開

配給: アンプラグド

(C) 2017 Screen Australia, Screenwest and Breath Productions Pty Ltd 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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