中谷美紀、圧巻の女優力。今再びの『猟銃』
フランソワ・ジラールが演出する中谷美紀主演舞台『猟銃』が4月2日、パルコ劇場で幕を開けた。モントリオールでプレミアが行われた2011年の初演では、中谷は初舞台ながらも読売演劇大賞優秀女優賞、紀伊国屋演劇賞個人賞を受賞。今回が5年ぶりの再演となる。1日には初日前会見と公開ゲネプロが行われた。
一人三役で映し出す、女たちの想い
『猟銃』は、三杉穣介という男に宛てられた三人の女性手紙によって解き明かされる彼女たちの想いを、中谷が三人の女を一人で演じ分け、フィジカル・アクターのロドリーグ・プロトーが台詞なしで三杉を演じる意欲作。
三人の女性とは、三杉の妻のみどり、不倫相手の彩子、その娘・薔子。中谷は舞台に出ずっぱりで、膨大な量の台詞を一人で語り続ける。1人称の書簡を書き手が語るというスタイルだけに、中谷も会見で話していたが、情景的な描写や説明的な台詞も多く、覚えづらいのは想像に難くない。初演では台詞を覚えるのに1ヶ月かかったというが、今回は約10日という。その台詞量、舞台で目の当たりにすれば驚かずにいられないが、その台詞と向き合う大変さを、舞台上では微塵も感じさせない中谷の凄さには素直に感嘆せずにいられないのだ。
だが、中谷の凄さはもちろん、それだけではない。
薔子からみどりへ、みどりから彩子へと、衣装を脱ぎ、纏う過程で、一人の女からまた別の女へと変貌を遂げていく中谷の、その変身の鮮やかさ。薔子からみどりへと変わるなかで、薔子のなかに絶妙のバランスで覗くみどりの情念にははっとせずにいられない。
舞台装置もいつの間にか音も立てずに変わっているかと思えば、また別の変身の際には、慟哭する女の感情さながらに激しく音を立てて変化していく。母を亡くした薔子が不安げに佇む蓮の池、自分を裏切ってきた夫を挑発するようかのように感情をほとばしらせるみどりが立つ、石の川原。死を意識した彩子が静かに身支度を整える板ばりの床。それぞれの心情を映し出す舞台美術や音響も大胆にして緻密なら、彩子が纏う着物の前合わせから観客が抱き、やがて確信に変わっていく予感が正しかったことを鮮烈に印象づけるラストに象徴されるように、照明もまた繊細にして美しい。そして、女たちの手紙が投影されたスクリーンの奥で、三人の女の意識の中にある三杉という存在を絶えず意識させるロドリーグ・プロトー。とにかく、すべてが『猟銃』という舞台の世界観を完璧なものにしているのだ。
緻密にして大胆な舞台の中心に
その世界の中心に存在する中谷美希という女優の力。中谷は、三人の違う女の心を映し出す演技はもちろん、90分間その言葉に聴き入らせ、視線を釘付けにする存在としての力をまざまざと見せつけて、90分間すべてが圧巻と言いたくなるほど。
会見でジラールは中谷について「この三人に変身する姿、三人の魂のあり方を受け入れて、その人たちになるという姿、その技術は本当に素晴らしい。三人の女性の肌の中に入っていく美紀さんを是非見ていただきたい」と評したが、演技を支える技術の高さは、儀式のように装束を着付けていく所作の美しさひとつとっても一目瞭然。演技には、日頃から日舞も嗜んでいるからこそ可能なものも多々あることに改めて気付かせるのだ。
「体力に自信がありませんでしたし、演技の力という意味でも自信がありませんでしたし、大きな劇場に声を響かせるだけの技量もないと思っておりました」とかつて舞台を避けていた理由を話していた中谷だが、『猟銃』が見せるのは、そのどれもが素晴らしい女優・中谷美紀。再演を決めた理由についてセットや衣装の保管料を回収しなくてはならないからと冗談を交えながら、「5年も経つと、私も人間的に色々な成長を少しぐらいはしたかなと思いますし、人生の中でたくさんの経験をしたり、また周囲にいる方々からたくさんのお話をうかがうなかで、この『猟銃』という物語、三人の女性の悲しい人生をより深く味わえるようになってまいりました」と答えていたが、観客にとっても重ねてきた人生と共に深みが増す作品でもある。彼女の舞台女優としての技術の高さと、観客の視線を釘付けにできる存在としての強さに感服する90分は、観客にとってはとてつもなく幸せな時間だ。
『猟銃』上演スケジュール
4月2日〜24日 パルコ劇場
5月4日 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
5月7日〜9日 ロームシアター京都 サウスホール
5月14日〜15日 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
5月21日〜22日 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
5月27日〜29日 北九州芸術劇場中劇場