「仮面ライダー」の東映から中小制作会社まで! 映像業界に蔓延する残業代未払い
日本を代表する人気シリーズの現場ですら、長時間労働・残業代未払いが横行
2021年末から今年4月にかけて、映画製作・配給・興行大手の東映株式会社が、テレビ番組「仮面ライダー」シリーズの制作現場において、長時間残業や残業代未払いなどを理由に、中央労働基準監督署から立て続けに是正勧告を受けていたことが報道された。
東映が製作する作品の中でも、「仮面ライダー」は50年以上の歴史を誇る人気コンテンツだ。いまでも毎年テレビシリーズの新作や、その映画版が放送・公開され、来年3月には、興収100億円を超えた映画『シン・エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏が監督を手掛ける『シン・仮面ライダー』の劇場公開も控えており、大ヒットが予想されている。
そんな日本を代表する映像製作会社の、人気コンテンツの撮影現場でも、残業代未払いと長時間残業が横行しているというニュースは、社会の関心を集めた。
だが、問題は東映だけではない。大手ですら改善されていない中で、他の中小の下請けの映像制作会社で、より過酷な働き方が蔓延していることは言うまでもない。
実際、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEには、映像制作会社からの労働相談が頻繁に寄せられる。特にまだ若いアシスタント・ディレクター(AD)やアシスタント・プロデューサー(AP)からの相談が顕著だ。今回の東映の事件も、APによる告発がきっかけである。業界全体で見れば、心身を消耗し使い潰されたまま、黙って業界を去るAD、APは数知れない。
AD、APに対する長時間残業・残業代未払いを法的な観点から注目すると、二つの「制度」を適用されているパターンに大きく分けられる。一つは固定残業代、もう一つは裁量労働制だ。しかし、厳密にみていくと、どちらもほとんど違法になるケースばかりだ。
そこで本記事では、東映の事件を踏まえつつ、映像業界の長時間労働・残業代未払いの法的な背景を焦点化し、働き方を改善するためのヒントを探ってみたい。
月110時間残業も? 「仮面ライダー」の製作現場の「正義」とは
まずは、今回問題となった東映の労働現場の実態について見ていこう。
Aさんが加盟する労働組合「総合サポートユニオン」 のブログ によると、2019年に東映に就職したAさんは、製作部や演出部などを経て、2020年11月から「仮面ライダーリバイス」(2021年放送開始)のアシスタント・プロデューサー(以下、AP)として勤務していた。
AさんはAPの業務として、出演者のスケジュール調整、ロケ中の雑用、現場での美術打ち合わせ、小道具の連絡、キャスティング等を担当していた。撮影日は朝の4時から23時まで働き、退勤後も休まず連絡などの業務に追われた。最長で月に113時間もの残業があったという。
やがてAさんは、出社する前に涙が止まらなくなり、ストレス性の胃腸炎になるなど、心身に影響が出てきたため、上司のプロデューサーにLINEで自ら改善案を提案し、それが難しい場合には別のドラマに配置換えを希望した。ところがプロデューサーは、「4〜5時間寝られるなら許容範囲だと思う」「大人番組を舐めすぎ。特撮よりも胃が痛くなる業務は多い」と返答したという。Aさんは失望し、それから1ヶ月も力が続かずに適応障害で休職することになった。
「固定残業代」でも、残業代の支払い義務は避けられない
なぜ「働き方改革」が叫ばれる中、業界大手の東映で過酷な労働環境がまかりとおっていたのだろうか。そこで「活用」されていたのが、固定残業代である。
Aさんには、仮面ライダーの新番組のAPに配属されたのち、固定残業代が適用されるようになった。労働条件を変更する際に、Aさんは説明をされていなかったと訴えているが、社内組合との労使協定によって平日55時間・休日15時間の、合わせて70時間分の固定残業代が定められていた。
固定残業代が適用されて以降は、同僚を含めタイムカードで勤怠記録をつける人はいなかった。東映側も固定残業制を導入した理由として、「プロデューサーの仕事上、時間を管理できないから」と説明したという。
しかし、固定残業代でも残業時間の管理は必要である。固定残業代は、単にあらかじめ一定の残業代を月給に組み込んで、毎月支払っておくというだけの制度だ。このため、実際の残業時間があらかじめ組み込まれた残業代の分を超えた場合には、企業はその超過分の残業代を労働者に支払わなければならない。当然、労働時間の記録は義務だ。
それにもかかわらず、固定残業代によって数十時間分の残業代を定額で払う中で、「残業時間をこの範囲内に収めているはず」として、企業が労働条件の記録をやめてしまうケースは非常に多い。
労働者の側も、その時間を超過した分の残業代を全く支払われていなくても、「うちの会社では、これ以上の残業代は払われない仕組みなんだな」「残業時間を正確に記録しても意味ないな」と思い込まされ、勤怠記録をつけないことに納得してしまったというケースが非常によくある。そして、そのまま長時間残業も残業代未払いも野放しになってしまうというわけだ。
だが、説明したように固定残業代は「定額働かせ放題」が認められる制度ではなく、単に誤魔化しているだけだ。Aさんの告発により、東映は長時間残業(労働基準法32条)、残業代未払い(労働基準法37条)、労働時間把握義務違反(労働安全衛生法66条8の3)で是正勧告を受けることになってしまった。
現在、Aさんと総合サポートユニオンは、固定残業代がそもそも残業代として無効であると計算したうえで、過去2年分に渡る未払残業代を支払うよう東映と交渉中だ。
一方、東映は是正勧告に関する共同通信の取材に対して、「労基署よりすでに公平な判断を頂いており、判断に基づき対応している」と回答している。なお、ユニオンとの交渉が始まって以降、東映は固定残業代の適用を廃止している。
AD、APに「裁量労働制」は適用できない
東映のAPのAさんは固定残業代だったが、映像業界で残業代未払いを「正当化」するためにAD、APに対して濫用されているもう一つの手法が、裁量労働制である。
裁量労働制は、1日に何時間労働したとしても、1日7時間、10時間など、労使で決めた一定のみなし労働時間分だけを働いたものとみなす制度である(深夜割増や休日割増の支払いは必要となる)。短時間の勤務しかしていなくても、毎日みなし労働時間分の賃金が払われるが、実態としてはそれよりも、長時間働いても残業代が一向に増えない「定額働かせ放題」に陥るリスクが高い。
こうしたリスクのある制度だけに、労働基準法は、対象となる労働者が働き方に大きな裁量をもつことを前提とし、「その遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこと」と条件を課している。
特に専門業務型裁量労働制においては、その条件を満たすと厚労省が定めた具体的な業務のみが対象になるとして、19の業務が限定列挙されている。そのうちの一つが映像業界で乱用されている「放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務」である。厚労省の通達は、その定義について、下記のように定めている。
「プロデューサーの業務」とは、制作全般について責任を持ち、企画の決定、対外折衝、スタッフの選定、予算の管理等を総括して行うことをいうものであること。
「ディレクターの業務」とは、スタッフを統率し、指揮し、現場の制作作業の統括を行うことをいうものであること。
肩書きが「ディレクター」や「プロデューサー」であるとしても、この条件に当てはまらないケースもありうるだろう。さらに問題は、「アシスタント・ディレクター」や「アシスタント・プロデューサー」が含まれるかどうかである。しかし、「アシスタント」では、「制作全般について責任を持ち」「総括する」権限も、制作作業を「統括」する権限も、一般的にあるとは到底言えないのが現実だろう。
「アシスタント・ディレクター」を「ヤング・ディレクター」に変更する本当の理由?
ADに関しては、今年初旬ごろ、テレビ局など映像業界で名称を変更するという動きが話題を集めた。日本テレビでは「アシスタント・ディレクター」の代わりに、「ヤング・ディレクター」という名称に変更するというニュースがインターネットで注目された。その背景としては、「AD」につきまとう過酷な労働環境のイメージを変えることが狙いであると指摘されている。
しかし、本記事で説明してきた経緯を踏まえると、「アシスタント」・ディレクターや「アシスタント」・プロデューサーと呼ばれる職種について、裁量労働制の適用が問題になりやすいという懸念が広がってきたのではないかという見方ができる。裁量労働制を適用するにあたって、「アシスタント」だと、労基署や裁判でも違法と判断されやすいようだから、名称だけでも曖昧にしようという狙いが疑われるのである。
実際に、「プロデューサー又はディレクターの業務」として、裁量労働制の適用の手続きを労基署にしていたが、後から問題になり、「アシスタント」であるために裁量労働制を認められなくなった事例が、近年でも相次いでいる。明らかになっているものとして、裁量労働制ユニオンを通じて解決された芸能マネージャーの事件と、アニメ業界の事件の二つの事例が挙げられる(詳しくは下記記事)。
参考:芸能マネージャーの「やりがい搾取」 裁量労働制の悪用が「違法行為」と認定
参考:「働かせ放題」のアニメ業界に分岐点? 『海獣の子供』制作会社の訴訟が意味するもの
いずれもAD、APそのものではないが、かなり近い状況にあった。前者は「アシスタント・マネージャー」という肩書きであり、後者の肩書きは「制作進行」であったが、英語では「プロダクション・アシスタント」などと訳される職種だ。
雑用を含む業務全般に幅広く関わっていながら、働き方に裁量があるとは言い難く、「総括」や「統括」とは程遠い権限しか与えられていなかった。結局、前者は過去の裁量労働制を無効として残業代支払いを指導する労基署の是正勧告が出ており、後者は裁量労働制が無効だとされた場合の全額を会社が労働者に一方的に振り込んで、裁判が終了している。
これらの事例からも「プロデューサ―」「ディレクター」の「アシスタント」の裁量が認められる可能性は非常に低いということが窺い知れよう。
映像業界の労働環境改善のために
一見「合法」に見える方法で残業代を支払わなくて良いようにしたり、役職の名前を変えたりすることでは、過酷な働き方の実態は改善されるはずがない。むしろ、こうした手法を用いられると、労働基準監督署も実態を調べづらくなり、ますます現場の実態が覆い隠され、悪化してしまうことが懸念される。
もちろん背景には労働基準法だけでなく、局の予算削減などの事情もあるだろう。しかし、現場にきちんとお金をかけさせるためにも、労働者の権利行使が重要だ。本記事で紹介してきた事例がそうであるように、実際に現場で勤務しているアシスタント・ディレクター、アシスタント・プロデューサーたちが、ユニオンなどを通じて声をあげ、違法状態を告発していくことでしか、映像業界が働きやすく変わっていく道は開けていかないのではないだろうか。
映像業界で働く若者たちの中には、視聴者を感動させたり、まだ知られていない重要な情報を伝えたりと、映像の持つ力で社会を動かしたいという思いを持って就職した人も多いはずだ。
そうした志を持つ若者たちが、現場の理不尽な長時間労働と残業代未払いなどによって、使い潰され、業界をあきらめてしまうことは、若者たち自身の生き方にとっても、また日本社会にとっても多大な「損失」である。
だが、それを変える最も強い潜在力をもつのは、現場で働き、現場のことを誰よりもよく知っている労働者自身である。過去の未払い残業代を請求するという目的はもちろんだが、映像業界を変えていくためにも、ぜひ「権利行使」をしてみてほしい。
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