どの政党もハッピーになれない総選挙結果
総選挙の結果、議席の増減だけで見ると、解散前の議席を増やしたのは立憲民主党だけ、解散前と同じが自民党と社民党、他はみな解散前の議席を減らす結果になった。
議席を減らした希望の党、公明党、共産党、日本維新の会にとってこの選挙結果はアンハッピーである。それぞれ7議席、5議席、9議席、3議席を減らしたが、何が議席を減らしたかについて各党は分析を始めることになる。
一方、減ることを覚悟して解散に踏み切った自民党の現状維持は予想外の結果である。しかも公明党と合わせ改憲発議に必要な3分の2以上の議席を得たことは憲法改正を掲げる安倍政権にとって大勝利と言える。
ところが自民党にとってそれがハッピーかと言えばもろ手を挙げて喜ぶ話にならない。二階幹事長が憲法改正に慎重姿勢を見せるように、選挙が追い風となり自民党内の意見調整が安倍総理ペースで進む保証はない。公明党の議席減が安倍政権との連立に対する批判という分析が出ればむしろ慎重姿勢は強まる。
選挙戦を戦った自民党候補者たちは「追い風をあまり感じなかった」と言う。この選挙勝利は安倍自民党に対する支持の強さではなく野党分裂によって選挙の構図が見えなくなった「敵失」によるものと受け止められている。
応援演説で全国を回った自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長は国民が安倍政権に対する「飽き」を感じていると言った。2012年の総選挙は民主党政権に対する批判が安倍自民党を勝利させ、その後の2度の参議院選挙と3年前の総選挙はアベノミクスの成果を訴えて安倍総理は選挙に勝利し続けた。
今度の選挙もそれしかないのかと言いたくなるほど国民はアベノミクス自画自賛を聞かされた。野党がそれに代わる経済政策を打ち出していないため黙って聞いているが、生活実感のない鼻先のニンジンにはさすがに「飽き」がきたのである。自民党にとって安倍総理の続投は必ずしもハッピーとは言えない状況が選挙戦から浮き彫りになった。
その小泉進次郎氏に「ボタンの掛け違えがなければ政権交代の可能性あった」と言わしめたのが希望の党である。希望の党の登場は政権交代の絶好のチャンスを思わせた。ところがチャンスを作った小池百合子氏がわずか4日でチャンスを自ら摘み取った。それがこの総選挙の全てである。
9月25日に「消費増税の使い道」と「北朝鮮危機から国を守る」を争点に臨時国会冒頭解散を宣言した安倍総理に対し、小池百合子東京都知事は希望の党立ち上げを発表し、選挙公約に「消費増税凍結」と「原発ゼロ」を掲げ、総選挙を「政権選択選挙」と位置付けた。
「消費増税凍結」、「原発ゼロ」、「政権選択選挙」、どれをとっても明確な安倍政権打倒の意思表示である。東京オリンピックを3年後に控え、総理と都知事は連携が必要な関係にある。にもかかわらず安倍政権打倒を表明することは、自らが都知事を辞めて総理を目指すか、あるいは安倍総理を退陣させ次の総理と手を組むことを意味する。
26日に小池代表と前原民進党代表が秘かに会談して合流に向けての調整が始まり、前原氏は冷戦後のイタリアで共産党も含めた野党共闘「オリーブの木」が政権交代を実現したように「1対1」の選挙構図を作ることを念頭に合流を決断する。だが小池氏の考えは異なっていた。
「消費増税凍結」や「原発ゼロ」の選挙公約は小池氏個人の考えと異なる。そこには細川護熙元総理や小泉純一郎元総理、さらに小沢一郎自由党代表らの影響を感じさせた。また突然の新党立ち上げは1993年に小沢一郎氏が主導した政権交代劇の日本新党を思わせる。そしてそこに小池氏の政治家としての原点がある。
一方、前原氏の考えは小沢氏の年来の主張である「オリーブの木」そのもので、当初は希望の党の立ち上げと民進党合流の背景に細川、小泉、小沢氏らの影響を感じた。希望の党と民進党が合流し小池氏が総理を目指す選挙にすれば、自公を過半数割れに追い込み安倍総理を退陣させることは可能であった。
「ボタンの掛け違い」はそもそも小池氏が希望の党の候補者を既にある程度決めていて民進党全員の合流を受け入れられない事情があったことから始まる。その一方で、米国との関係を考えた場合、安倍政権の安保法制強行採決に反対であっても、政権を奪った後に直ちに安保法制を廃止できない現実的な事情もある。それが「安保法制の容認」を条件とする「排除の論理」となった。
もう一つ小池氏には「郵政解散」で小泉元総理が徹底した「排除の論理」を振りかざし選挙に勝利した記憶があり、それを真似しようとしたのではないかと思う。しかし小池氏が出馬せずすぐに政権を奪わないなら選挙前に安保法制を条件に「排除」する必要はない。なるべく幅を広げて基盤を築き、自分が総理を目指す選挙で現実路線に切り替えればよい。
この「出馬せず」と「排除の論理」のちぐはぐさが疑心暗鬼を生み、希望の党は安倍政権の補完勢力と思われ、安倍政権を打倒する勢力と看做されなくなった。補完勢力と思われたら野党第一党にはなれない。国民の意識の中で受け皿は希望の党から排除された立憲民主党に移った。
それでは唯一議席を40も増やし野党第一党になった立憲民主党はハッピーなのだろうか。今はハッピーな顔をするしかないが、しかしこれから先を考えると必ずしもハッピーとは言えない。野党第一党であるから「政権交代を目指す」ことが期待される。立憲民主党にそれができるだろうか。申し訳ないがはなはだ悲観的にならざるを得ない。
票数ではなく議席数で比較するので民意と少しずれるかもしれないが、正しい政策を掲げているかどうかは別にして現実的な政治を目指している政党は自民党、公明党、希望の党、日本維新の会などである。今回の選挙で得た議席数は374議席ある。
一方、リベラルと言われる政党には立憲民主党、共産党、社民党などがある。今回の総選挙ではお互いに選挙協力を行った。それらの議席数は合わせて69議席。現実派の5分1である。その主張には正しいことが多く、国民も耳を傾けエールを送るが、しかし政権を任せるかとなれば国民はそれほど信頼を寄せない。
官僚機構をコントロールする力と知恵を信用できないからだ。民主党政権時代の記憶がそれを蘇らせる。前にも書いたが、安倍政権の安保法制強行採決は立憲主義を否定するもので許されないと私は考えている。しかし政権を奪ったその日から米国と立ち向かわなければならない政権が直ちに安保法制を廃止すれば大混乱に陥る。
できることは安倍政権のように米国の言いなりになるのではなく国益を第一に米国の言いなりにはならない政治を行うことである。それは廃止して混乱するのを避け限定的な運用で事実上の廃止に近づけることである。そのため政権を取ろうとする政党が政略的に安保法制を認めることはありうる。
しかし立憲民主党はそう考える政党ではない。原理原則にこだわる政党である。それはかつての社会党や現在の共産党と同じで一定の支持は得られるが権力を奪うところまではいけない。さらに心配なのはこれから憲法論議が高まる中で立憲民主党の代表である枝野幸男氏は「9条改憲」を唱えており、必ずしも「護憲」の共産党や社民党と同じでない。それをどうするかが問われると思う。
民進党の問題は現実派とリベラル派が共存しそれが足を引っ張り合う関係にあったことだ。自民党にも右派、現実派、リベラ派が存在するが足の引っ張り合いが民進党より少ない。イデオロギーや原理原則を重視する政党とそれより現実と利益を重視する政党の違いが民進党と自民党の間にはあった。
その民進党が分裂して現実派とリベラル派に別れリベラル派が野党第一党になった。その陰には共産党の選挙協力がある。その分共産党は議席を減らしたということかもしれないが、今後も共産党は立憲民主党に協力し政権を担える政党に育てようとしているのか。
それとも希望の党に結集した現実派が自民党の補完勢力としてではなく、自民党の反安倍勢力と手を組んで政界再編を仕掛け、政権交代可能な政治体制を構築する方に向かうのか、どの政党もこの選挙でハッピーになれなかったことが政治の先行きを面白くする方向に向かうことを私は期待する。