3年目の覚醒―確かな力を備えた谷川昌希(阪神タイガース)は優勝するための欠かせないピースだ
■実戦すべて無失点、オープン戦2勝
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、プロ野球も3月20日開幕が延期となった。人命にも関わることで、致し方のない判断だ。
もちろん、そういう事情は十分に理解した上で、「すぐにでも開幕してほしい」と望んでいるのは、現在状態のいい選手だろう。
そんな1人であるのが阪神タイガースの谷川昌希投手だ。入団3年目の今季、これまでとは数段、グレードアップした姿を見せている。
春季キャンプ中の練習試合4試合で計4回を無失点。オープン戦に入っても3試合、2回1/3を無失点と、まったく点を許していない。結果だけではない。内容も伴っている。
3月15日のオリックス・バファローズ戦では六回二死一、二塁の場面で登板し、四球で満塁にしたものの、最後はフォークで空振り三振に仕留めてピンチを断った。
中継ぎでありながら、オープン戦で2勝を挙げる勝ち運も持っている。
飛躍には必ずわけがある。谷川投手にもいくつか、その要因になったものがある。
■頭と体の一致
まずは「やっぱ、まっすぐじゃないですか」という。
「キャッチボールのときから、ほぼほぼ思ったところに投げられているし、球の回転、ライン、キレ…そういった状態がいいと実感している。試合でもしっかり強い球が投げられている。押し込め方の感覚、リリースの強さが1、2年目と全然違う」。
強いストレートが投げられている秘訣について「これまで自主トレでやってきていることがやっと、しっかり自分のものになってきてるのかなって思う」と明かす。
頭ではわかっていながら体現できなかったことが今、しっかりできるようになった。とくに箇所でいうと「股関節と肩甲骨」だという。
「自主トレでずっと同じことをやってきて、頭ではわかっていた、こうしたらこうなるって。可動域が狭くなって動かなかったところが思ったように動くようになって、やっと形になってきたのかな」。
それがゲームでのパフォーマンスにしっかりと繋がっているのだ。
自主トレはいつも故郷・福岡にある「コビーズ」を訪れる。教わるのは小林亮寛さんだ。(文末参照)
元千葉ロッテマリーンズの投手で、アメリカ、台湾、メキシコ、韓国と海外の野球をプレーヤーとして経験し、現在は自身が経営する野球専門トレーニング施設「コビーズ」でプロ野球選手から子どもたちまで幅広い年代のコーチングを行っている。
小林さんとの出会いがおもしろい。九州三菱自動車時代、たまたま運転代行で来た運転手に「どこかいいジムないですか?」と尋ねたところ、紹介してくれたのだという。
以来、頼りにして通っている。プロ入りに向けて体を作ったのも、この「コビーズ」だった。体だけでなく、考え方などなどもサポートしてもらった。
■「コビーズ」で小林亮寛さんに教わったこと
小林さんは谷川投手の登板を必ず映像でチェックしている。しかし修正点に気づいても、すぐにそこだけを指摘することはない。
「僕が言って頭では理解できたとしても、自分が苦しまないとわからないから。経験が大事」。
本人が体で感じないと、本当の意味での修正はできない。
小林さんによると、昨年の谷川投手は頭と体にズレがあったのだという。
「投げ方より失投が多かった。空振りが取れるところで浮いたりファウルになったり。若さとボールの強さでファウルにはできても、それでは信頼は得られない」。
その失投がなぜ起きるのか。その修正点を自分で解決できないとダメだと、小林さんは谷川投手に説いた。
「基本であり究極は『体の使い方』。修正したいところが間違っていては修正できない」という。
それには選手自身が勉強し、知識を身につけないことには成し得ないというのが小林さんの持論だ。
「重心のコントロール、筋肉のつき方、骨について、など。疲労も理解して、自分でケアできるようにならないと。そうするとどういうトレーニングが必要かわかってくるし、その上でトレーナーに質問、相談すればいい」。
トレーナーにメニューをもらって、そのとおりにただやっているだけでは身につかないということだ。
また、体だけでなく「自分の人生は自分で決めなきゃ。遠慮するなよ。キャッチャーのサインにただ頷いて打たれたら、後悔するのは自分」と海外で8年、“外国人選手”としてプレーしてきた小林さんならではの人生訓も授けた。
「チームに依存しちゃいけない。個人事業主だから。球団のせいにせず、チームの戦力として必要とされるよう勉強してほしい。自分で考えて自分で責任をとる。意見を持ってやっている選手は、誰かがちゃんと見ている」。
心身にわたる教えが実を結び、今の谷川投手の結果に顕れているのである。
■ブラッシュアップさせた“谷川フォーク”
もう一つの好調の要因はフォークだ。
これまで“持ち球”にはあった。しかし「自信がなかった。キャッチャーからも信頼がなかったから、サインもあまり出なかった」という。それが今年は使える球に成長した。
「今の握りがしっくりきてるし、落ちている。それも、まっすぐありきやとは思うけど」。
ここにたどり着くまでは試行錯誤した。まず自信のなさを克服しようと、昨年10月のフェニックス・リーグでは、投げる球はストレートとフォークだけに限定した。キャッチャーにもほかのサインは出さないよう要求した。
「それくらいしないと…。これまでは自信がないからフォークのサインが出たら首を振っちゃっていた。だからあえて、振れない状況にしようと。そんな思いきったことって、フェニックスしかできないし。しかも対バッターでできるわけだし」。
フォークを投げざるを得ない状況に自らを追い込んで、徹底的にフォークを鍛え上げることにしたというわけだ。
握りも「いろんなのやった。めっちゃ試した」が、しかしそれでもまだ、完成には至らなかった。
続いて秋季キャンプに入った。なんと安芸でのキャンプメンバーから漏れ、鳴尾浜での練習となった。少なからずショックはあった。
けれど「そこでモチベーションが下がったところでマイナスしか生まれない。逆になんかいろいろ考えて見つめ直す期間にしたいなと。やりたいこともできるし、プラスの方向に向かっていけるって思った」と、切り換えた。
そこでやはりフォークに特化して試行錯誤した。するとある夜、家でふと「あれ?これ、どうかな?」と閃いた。
「これ、キャッチボールで投げてみよって、翌日投げたら案の定、よくて…。キャンプに行ってなかったから、よかった。やりたいことができたから」。
この“谷川フォーク”は、「僕、手が小っちゃい。すごい可愛い手してるんですよ(笑)」という身体的特徴を生かしている。
しっかり挟むのではなく、スプリット的な浅い握りだ。人差し指がポイントだというが、これ以上は“企業秘密”だとニヤリと口を噤む。
これまで内外の横の変化で打ち取ってきた谷川投手にとって、フォークが加わることで縦も使えるようになり、ピッチングの幅が広がっている。
それによって「キャンプからオープン戦にかけて、自分でもビックリするくらい空振り三振が多い」という効果が生まれた。
必ずしもフォークが結果球になっているわけではないが、「ある」と思わせることで相手の意識の仕方が違ってきているようだ。一躍、頼りになる球になった。
体が充実し、ストレートもフォークも進化した谷川投手だが、実はそれを支えるメンタル面も大きく変化していた。
昨年出会ったメンタルトレーナーについて、さらに今年の甲子園球場での登場曲を歌ってくれる友だちの話を次回、紹介する。
(次回記事⇒昨年出会ったメンタルトレーナー・鈴木颯人氏と、今年の登場曲を歌ってくれる友だち「ザ・リメイン」のこと)
【コビーズ(KOBES)】
「ベースボール×フィットネスをデザインする」がコンセプトの野球専門トレーニング施設。
主宰は元千葉ロッテマリーンズの小林亮寛氏。
小林氏はマリーンズを退団後、中日ドラゴンズで打撃投手を務め、その後、アメリカ、台湾、メキシコ、韓国と海外でもプレーした。
2015年にコビーズをオープンし、今では日本のみならず海外のプロ野球選手も多く通ってくる。
詳細⇒KOBES(コビーズ)
(表記のない写真の撮影は筆者)